第120話 まこと高慢なる男

「ソラ?」


 いち早くそれに気がついたのはソラだった。

 俺になにかを知らせようとしてくれているが、当然言葉はわからない。


「もしかして、ジルドってやつが森に入ってきたのか?」


 だけど、さすがに何を言いたいかは、ある程度理解できるようになってきた。

 俺の言葉にうなずく姿を見て、内容に間違いはないと判断する。


「たしかに、この森には精霊たちが何回もきているから、その魔力を集めにきたのかな」


 いまいち対処に困る。

 別に本人たちも気にしていない魔力の痕跡なんて、いくら集めようと罪というわけではないし。

 いや、森に不法侵入したらソラが怒るのか?


「どうやら、早々に襲われておるのう」


 ソラが動くまでもなく、森に住む人たちが襲いかかっているらしい。

 まあ、今回だけにかぎった話ではなく、今までも人間の冒険者たちを追い返したりしていたからな。

 となると、俺たちは下手に動かないほうがいいのかもしれない。

 ソラとシルビアも様子を見ているようで、特に動こうとしていないからな。


「しかし、そこまでの脅威とは思えん魔力量じゃのう。オーガやハーピー相手だと勝てぬのではないか?」


「魔力の量だけならそう思うけど、あいつら魔力以上の魔法をバンバン使ってくるから、実際に戦うまではわからないと思うわよ」


「ほう……」


 リティアの忠告にシルビアが獰猛な笑みを浮かべる。

 彼女にしては珍しく、竜の本能のままといった様子の好戦的な表情だ。


「なるほどのう……たしかに貴様の言うとおりじゃな。しかし、ジルドとかいうやつ以外はまるで相手になっておらん」


「つまりジルドって人は、それなりに戦えているってことですか?」


「むう、ようわからぬ。最低限しか戦いに参加しておらんからな。じゃが、ラミアやオーガから逃げきれるところを見るに、そこそこは戦えておるといえるか」


 アリシアの質問にシルビアは判断に困りながらも答えた。

 積極的に戦いに参加しないってことは、別に争う気はないのだろうか?


「……どうやら魔力を温存したいようじゃな。しかしいけ好かん。消費した魔力を補充するためか、配下のエルフどもの魔力を枯渇するほどに奪っておる」


「それって大丈夫なの? さっき、魔力が枯渇したら回復に何年か必要って言ってなかった?」


「大丈夫じゃありませんね。普通はそんな無茶なことはしません。それにこの森で魔力を失ったエルフなんて、ただの獲物にすぎませんから……」


 おいおい……仲間じゃないのかよ。


「私と戦ったときと似たようなものね。あの男、自分以外は都合のいい道具みたいに見ているのよ」


 リティアが忌々し気にそう言った。

 じゃあなにか、仲間のエルフたちはジルドのための予備のバッテリー扱いってことか。


「もしかして、魔力を失ったら動けなくなるの?」


「いえ、あくまでも回復するまで魔力が使えなくなるだけです。私だったら、とっても強いアリシアから普通の女の子のアリシアになりますね」


「でも、ここで戦えなくなったら、イノシシさんとかヘビさんに食べられちゃうです」


「それに、エルフの連中は魔力で身体能力を強化しているようじゃな。主様が言うとおり魔力が切れたら反動で動けなくなるやもしれん」


 じゃあ、やっぱり魔力が奪われたエルフたちは危険な状況ってことか。

 俺がお願いする前に、すでにソラは俺が背に乗りやすいように伏せてくれていた。


「ありがとう。それじゃあ、お願いできる?」


 こんなときになんだが少し嬉しい。

 俺がソラの考えを理解しているように、ソラも俺が言葉を発する前に考えを理解してくれている。


「シルビアとアリシアは、念のためにこの村を守ってくれる?」


「うむ、主様は思うままに行動するがよい」


「任せてください。今の私はとっても強いアリシアですから」


 一応、目的不明の敵らしき集団が侵入しているっていうのに、緊迫感がないなあ。

 まあ、そのほうが頼りになるし、特に問題じゃないってことか。

 ソラの背に乗ると、エルフの村はみるみるうちに小さくなっていった。


    ◇


「なんだというのだ。この森は」


 野蛮な鬼の群れに襲われ、それなりに強かったあの人間のときと同じく配下たちに任せた。

 だが、蛮族程度に手こずっていたので、寿命と引き換えに強化をしてやるも足止めにすらならない。

 しかたがなく私が自ら相手をするが、こんなところで無駄に魔力を消耗するつもりはない。


 広範囲への魔法による攻撃を行うと、案の定さしたる怪我も負っていない蛮族どもが追いかけてくる。

 先ほど寿命を消費させたエルフどもに今度こそ足止めをさせて、蛮族どもから離れる。

 まったくもって面倒なことだ。


 あの程度の蛮族など、精霊の力を有した私であればどうとでもなる。

 しかし、私はあんな連中と戦うためにこの森にきたわけではない。

 私の目的はあくまでも森の王を名乗る者だ。


「ちっ、いい加減にしろ」


 それでも、力の差をわきまえぬ愚か者どもは次々と襲撃してくる。

 わずらわしさのあまり天から襲いかかる鳥どもを暴風で追い返す。

 しまった。今ので随分と魔力を消耗したようだな。


「無駄に消耗した。お前の魔力をよこせ」


 許可など求めてはいない。

 反応を待つまでもなく、近くにいた配下の魔力を吸収する。

 念には念を入れ、魔力を枯渇するまで奪い取る。

 先の戦闘で疲弊しきっていたこともあってか、その場に倒れるが消耗品のことなど気にとめるつもりはない。

 動けないというのであれば、この森で死ぬがいい。


「ジルド様……このままでは我々がもちません……」


 何を言っているんだこいつは。

 自身の役割さえ理解できていないとは、本当に頭が悪くて嫌になる。


「貴様らの役目は私の目的を果たすことだ。私が無事であればそれでいい」


 なぜ、この期に及んでこのような当たり前のことを伝えねばならない。

 私が王となり貴様らを統治してやってから決まりきったことではないか。

 だが、たしかにずいぶんと配下の数が減っている。


 足止めに使った者どもは、次々と寿命を迎えている。

 魔力を奪った者は、魔力による強化が消えたことにより倒れ伏す。じきに蛮族どもか醜い獣どもに殺されるだろう。


 目的である森の王にも会えず、どうしたものかと考えていると、覚えのある魔力を感知した。

 ……これは、そうだ。ずいぶんと昔に私の統治を拒否して、国から去った愚か者どもの魔力だ。

 そうか、野垂れ死んだと思っていたが、まさかこんな場所に移住しているとはな。

 それに、どのような手段を使ったかはわからぬが、どうやらあの頃よりも魔力の量がずいぶんと増えているようだ。


「いい物を見つけた。ついてこい。昔失くした物を拾いに行く」


 言葉の意味を理解できない様子の愚図ども。

 いちいち説明するのも面倒なので、そのまま先を行くと黙って後ろをついてきた。

 多少はまともな者たちを連れてきたはずなのだが、ここにきて配下が存外使えぬことが浮き彫りになる。

 この森を統治したら用済みか。やはり、国から連れてきた者たちはここで使い捨てるべきだな……

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