第119話 走馬灯のような時の速さで

「む? お主の後継が来たようじゃぞ。アリシア」


 リティアのことか。

 なんだろう、まさかまた若返ったとか?


「ルピナスが案内するです?」


「いや、妾が迎えに行こう。何やら急ぎの用向きみたいじゃからな」


 そう言って飛んでいったシルビアは、リティアを背に乗せてすぐに戻ってきた。

 たしかにリティアは急いでいたらしく、肩で息をして疲れているようだ。

 そしてなんだかとても怯えている。


「お疲れ様シルビア。ひさしぶりだねリティア。なにかあったの?」


「ちょ、ちょっと待って……こんな竜に乗って飛ぶとか……心臓に悪すぎるわ」


 どうやらシルビアに乗って空を飛ぶことが怖かっただけみたいだ。

 一拍置いて落ち着きを取り戻したらしく、リティアがこちらを向く。


「エルフの村にいたのね。ちょうどよかったわ」


 その言葉からすると、俺だけじゃなくルチアさんたちにも用があるようだ。

 ルチアさんもそれを察したようで、真剣な面持ちでリティアさんの話を聞いている。


「まず、あんたの剣を壊したやつが見つかったわよ」


 その言葉にみんなの怒りの感情を感じたので、落ち着いてもらう。

 それにしても、もう見つけたのか。ずいぶんと早かったな。


「そうなんだ。誰がというか、なんのために壊したのかが気になるかな」


「壊したのはジルドとかいうエルフの王よ。精霊の魔力を吸収するとか言っていたから、アキトが作った剣を壊して魔力を奪ったんでしょうね」


 精霊の魔力を吸収。そんなことできるのか。

 それにしても、エルフの王ね。前にルチアさんたちから話を聞いたけど、正直印象がよくないんだよなあ……

 でも、前評判が悪かったアルドルもあんな感じだったし、案外話してみたら平気だったりするのか?


 横目でルチアさんを見てみる。

 すると、彼女は怯えたように震えていた。


「大丈夫? ルチアさん。話は俺たちが聞いておこうか?」


「い、いえ、ありがとうございます。ですが大丈夫です。おそらく私も聞くべきことですから」


 リティアに大丈夫なの? と聞かれるが、ルチアさんの意思を尊重して続きを話してもらうことにする。


「私たちの町にも、わずかに残っていた精霊の魔力が目的で来ていたみたいだし。多分あいつは精霊の魔力を吸収して、なにかしようとしているんじゃないかしら?」


 リティアの町は前にフウカが暴走していたときに、何度も襲撃していたらしいからな。

 そんな前の魔力すら集めて吸収するなんて、もしかして魔力の操作とやらに長けているんじゃないだろうか。


「なにかってなんですか?」


「わからないわ。でも、ろくでもないことだけはたしかね。なまじ知識と技術があるだけに厄介そうよ。今でさえ私じゃ勝てないほどの相手だったし」


 アリシアの問いにリティアは肩をすくめて返す。


「前にも話しましたが、ジルドは傲慢で自己中心的なエルフです。ですが、リティアさんの言うとおり、魔法の探求と操作はエルフの中でも随一でした」


 まあ、随分前の魔力を集めたり、剣に宿っていた魔力を取り出して吸収したりと、聞いただけでもすごいことをしているみたいだからな。


「ジルドは、私たちエルフがこの世界では力が劣っていると理解していて、それをよしとはしていませんでした。ですから長年魔法の探求を続けていましたが、そんなジルドが直接動いたということは、何らかの勝算があるのかもしれません」


「それが精霊の魔力による強化ということかのう?」


 ルチアさんがうなずく。

 俺は暴走したフウカや、アルドルの攻撃をこともなげに防いでいたミズキを思い出す。

 なるほど、たしかに精霊の力というものは、この世界でもかなりのもののようだ。

 そんな力を得ることができるのなら、十分な勝算として考えられるだろう。

 それも魔力の操作が随一となると、下手したら精霊以上の脅威になるんじゃないだろうか。


「おそらくジルドはシルビアさんの言うとおり、精霊の魔力により自身の力を高め、エルフたちの支配地の拡大を考えているのかもしれません」


 なんかどこかで聞いたことがあるぞ。やっぱりアルドルじゃん。

 引きこもりか魔王しかいないのか。この世界の男。

 だけど納得もいった。普通の男は女と関わりたくないからと引きこもる。だから引きこもらずに行動している男って、アルドルやジルドみたいに変に行動力があるタイプなんだ。


「精霊の魔力だけじゃないかもね」


 ぽつりとリティアがそんな言葉をこぼした。

 その表情はどこか暗い。


「ジルドの部下のエルフたちと戦ったけれど、そいつらはジルドになにかをされた直後に、魔力が枯渇するほどの魔法をひっきりなしに使ってきたわ」


 ん? 魔力が枯渇するほどの魔法なら一度使ったらそれでおしまいじゃないか?

 それとも魔法の探求とやらで、低燃費な魔法でも編み出したのか?


「……それは、それほどの威力だったけど、消費する魔力量はわずかである魔法を編み出したということでしょうか?」


 ルチアさんも俺と同じ意見だったらしくリティアに確認するが、リティアは首を振った。


「たしかに初めのうちはそんな魔法だった。私よりもはるかに魔力の操作に長けている相手だと思ったけど、ジルドのやつがなにかしたときは違うわ。あれは、正真正銘すべての魔力を込めた魔法の連発だったわ」


「じゃあ、魔法を撃つたびに魔力を回復していたってこと?」


 例の果実みたいに、飲食することで魔力が回復するような薬とか食べ物でもあったのだろうか。


「ええ、回復していたわ。それもなにもせずに一瞬でね。そいつらは最後には老衰して死んだわ」


 死んだ……

 この世界にきても幸いなことに人の生き死にには関わらなかった。

 それでも、やはり元の世界よりも死は身近にあるのだと思い知らされる。


「老衰って……長寿のはずのエルフがですか?」


 たしかに、アリシアの言うとおりだ。

 ルチアさんやミーナさんのように、エルフの寿命は人間よりもはるかに長い。

 そんなエルフたちが、戦いの最中で急に寿命を迎えた? そんな余命いくばくもない状態で戦えるのだろうか。


 リティアの表情は暗い。いや、よく見るとルチアさんも同じような表情だ。

 もしかして、なにかを察している?


「……その魔力の異常な回復速度は、自身に流れる時を急速に消耗したものだったのではないでしょうか?」


 寿命と引き換えに魔力を補充してたってことか?


「ええ、フィルもそう言ってたわ。枯渇してしまった魔力を回復させるなんて、本来何年もかかってしまう。それを、老化するほど急速に年齢を重ねることによって、一瞬で回復するようにしていたんじゃないかって」


「やはり、その研究が完了していたのですね……自分以外を道具としか見ていないジルドらしいやり方です」


 つまり、仲間の命を消費して戦わせたってことか。

 アルドルみたいと言ったが全然違う。そんなやつは王じゃない。


「気分の悪くなる話じゃのう」


 その言葉は、ここにいるすべての者を代弁するかのようだった。

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