第118話 抗い難い魔の魅惑
「あんたたちの王おかしいわよ。大体他人の魔力なんて吸収したら暴走するだけじゃない。精霊の魔力だってそれは同じはずよ」
「愚かな、ジルド様が暴走などするものか。あの方はエルフの王にして魔力の探究者。貴様らのような拙い技術でものを言うな」
一方的に会話は打ち切られ、再び魔法の集中砲火を浴びせかけられる。
「なんなのよ! そのバカみたいな魔力量は!」
さっきまでは技術はともかく、魔力量自体は私よりも少なかったはず。
それなのに、あのむかつくエルフになにかされた後、魔力の暴走のような反応が収まったと思ったら急に魔法の威力が上がった。
もしかして、今のこいつらの魔力量は私を上回っている?
いや、違うわね……魔力の総量は変わらず私のほうが上だ。
変わったのは一度の魔法に使用する魔力の量。魔法の一つ一つに自らの魔力のすべてを注ぎ込んでいる。
当然、そんな魔法は一発撃ったら魔力が枯渇する。そして、そんな無茶な出力をしてしまうと、魔力が回復するまでに途方もない時間を要するはず……
あまりにも無茶な魔法の行使だというのに、なんでこんなにばかすかと撃ってきているのよ!
「諦めなさい小娘。その結界を解除したら楽に殺してあげるわよ」
何重にも展開した結界魔法も、向こうの攻撃一発で簡単に破壊される。
そのたびに結界を再び張るけど間に合わない。
それなのに私が無事でいられるのは、いたぶられているというだけだ。
ほんっとうに! 性格悪いやつらね!
力尽きて結界魔法を使えなくなってから殺そうって腹積もりなんでしょ。
いいわよ。つきあってやるわ。あんたたちの思いどおりになんてならないから。
「不快だ。まだ諦めないのか。貴様のせいで私たちはジルド様に捨てられた。せめて、怯えて泣き叫ぶくらいしてもらわんと溜飲が下がらん」
「あいにくだったわね。あんたたち程度じゃ、足元にも及ばない相手をいくらでも知ってるのよ。こっちは」
癪に障ったのか、魔法を撃ちこまれる頻度が上がった気がする。
ジルドとかいったわね。あのむかつくエルフ。
さっさとこんなやつらどうにかして、あいつのことを知らせないと。
まずはフィルかしら。あんなのでも王女だし、自分の国に不審者が侵入したとなったらまじめに働くでしょうね。
それにアリシアにも一応知らせるべきかしら。こんなのが何人もいたら、私たちだけじゃ対処できないかもしれない。
「あら、もう殺しちゃうの?」
「反応が変わらん。こんなものに時間をかけても無駄だ」
炎の魔法で結界が破壊される。その隙を縫うように、もう一人が風の魔法を準備している。
結界は……間に合わないわね。
しかたないわ。私はがんばったもの。
「私のせいで捨てられたって言ってたけど、あんたたちが役立たずなうえ、性格も最悪だから捨てられただけじゃない?」
「貴様っ!!」
怒りによって多少の乱れはあるものの、相変わらず大した技術で魔法を構築していく。
風の魔法の準備は整ったみたい。
そう……なら、もう終わりね。
【味方のエルフを攻撃しなさい】
あのときの精霊ほどじゃないにしても、そこそこの威力の風の塊が地面を抉って発射される。
無防備な味方は、なにが起こったかわからない様子で魔法の直撃を受けた。
【自滅しろ】
残ったエルフはきっと最後までなにをされたかわかっていなかった。
彼女が自身に向けて魔法を放ったところで、二人のエルフたちは意識を失った。
「しかたないわね。せっかく洗脳魔法を使わないようにがんばってたのに、あんたたちが悪いのよ」
せっかくアキトに会ってからは使わずにいたっていうのに、嫌になるわね。
でも、ちゃんと私のことを嫌っているみたいでよかったわ。
◇
「そんなことがあったのですね……無事で何よりです」
「逃がしちゃったけどね」
「ですが、敵がわかっただけでも前に進めました。エルフの王が……いったいなにを企んでいるのでしょうか」
「なんか精霊がどうとか言ってたわよ。詳しいことは捕まえたエルフたちに聞いてみましょう」
私の言うことはなんでも聞くようになったとはいえ、一応牢に入れてある。
フィルを連れて、捕らえた二人の元に向かおうとすると、エセルが慌てた様子で走ってきた。
「聖女様! 捕らえていたエルフたちが!」
「落ち着きなさい。まさか逃げたの?」
「いえ……死んでいます」
そんなはずは……気絶した二人には、目を覚ましたら動かずにいろと命令した。
逃げることも、勝手に死ぬことさえできないはずだ。
「フィル、エセル、行くわよ。まずはエルフたちを見てみないと」
エセルには悪いけど、私たちは牢まで急ぎ走った。
そこにはたしかにエルフの死体が二つ並んで倒れている。
「なにこれ……」
「これが、あなたが戦ったエルフなんですか……?」
私はフィルの質問にすぐには答えられなかった。
二人のエルフは、私が戦ったときとはまるで見た目が変貌してしまっていたからだ。
美しかった見た目は、もはや見る影も残っていない。
まるで枯れ木のように、骨と皮だけのようになった死体。
「老衰している……?」
長寿のはずのエルフが、寿命によって死んでいた。
さっきまで戦っていたあのエルフが? エルフはそんなにすぐに老化するというのだろうか。
それとも、私が見ていた二人は魔法かなにかで見た目を若くしていた?
「リティア。二人のエルフは魔力が枯渇するほどの魔法を何度も使用したと言っていましたね」
「ええ、まるで一瞬で魔力が回復していたみたいだったけれど……」
さっきまで話していた内容をあらためて確認される。
私の答えに沈痛な面持ちをしたかと思うと、フィルはしばし沈黙した後に重々しげに口を開いた。
「もしかしてですが……強制的に肉体に流れる時間を早めたのではないでしょうか。それこそ一瞬で枯渇した魔力が回復し、老衰するほどの」
……ああそう、だから不要だとか捨て石みたいな扱いだったのね。
感情の整理がつかない。
たしかにこいつらはムカつくやつだった。だけど、あんたにはこれまで従ってきたんでしょ。
なんで、そんなに簡単に仲間を殺せるのよ。
「エセル。その二人を埋葬しておいて」
「かしこまりました」
「どこに行くんですか?」
フィルに呼び止められる。
大丈夫。私は冷静だ。
「禁域の森よ。あそこにはたしかエルフもいたし、アキトは精霊と仲が良かった。あのエルフの王のことを話しておいたほうがいいでしょ」
「一人で行くつもりですか?」
「大勢で行ったほうが迷惑になるでしょうからね」
「くれぐれもお気をつけてください……」
なんだかこの前と逆になってしまったなと、思わず笑いそうになる。
「平気よ。これくらい。あんたこそ、またあの連中が変なことしないように、私たちの国を頼むわよ」
◇
「死んだようだな」
「そうですか。ではあの人間も」
「いや、あれだけのことをしても人間一人殺せない役立たずだったようだ」
リティアにも死んだ仲間にも、もはや興味がないとばかりにジルドは目の前を見据えた。
「……」
「ジルド様? どうされましたか?」
「なるほど、恐れられるだけのことはある」
森と外界の境界線。その少し外側で足を止めたジルドは一人そうつぶやく。
それと同時に、周囲のエルフたちが誰一人その理由を理解していない様子に呆れていた。
これだけの魔力を理解できていない。これ以上不用意に足を踏み入れると、その魔力の主に認識されてしまうというのに、そんなことさえわからないほど無能だったか。
ジルドの胸中にあきらめにも似た感情が芽生える。
「今のままでは太刀打ちできないようだな」
「ジルド様なら、こんな森どうとでもなるんじゃないですか?」
言い終わると同時、そのエルフはジルドの魔法により作られた氷塊で頭上から叩きのめされる。
這いつくばるエルフに、ジルドは蔑むような目線と口調で叱責した。
「理解もできていない無能め。なんの根拠があってそんな発言をした」
「す、すみません。ジルド様であれば、問題ないかと思いまして……」
「貴様は馬鹿か。この森に住まう者たちの強大な魔力がわからないのか」
事実、配下のエルフたちには魔力の知覚はできていない。
しかし、それを素直に答えてもジルドの機嫌を損なうのみなので、エルフたちは押し黙ってしまった。
「あの……それでは、この森は諦めるということでしょうか?」
「後回しにするというだけだ。まずは精霊の力の残滓を集め、利用する」
あの剣から吸収したときほどは望めないが、各地に点在する精霊の力を集めてしまえばこの森もどうにでもできよう。
そのためにジルドは森を離れていくのだった。
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