第117話 マジック・スミス

「ここにも精霊の魔力の残滓が……」


 何もない空間。しかし、そこには確かに魔力が残されていた。

 ローブの中から光る金色の目で、ジルドはかつての精霊の魔法の痕跡を観察する。


「ふむ、やはり魔力の量だけはすさまじいな。私が有効活用するに値する」


 その力の一端を感じ取り、珍しいことに上機嫌にそう呟いた。

 周囲の者たちは、それに反応を示すことはない。

 ジルドを称賛する声も、自分たち以上の道具と判断された精霊を嫉妬する声も、ジルドを不快にさせるだけだと理解しているからだった。


「あんたたち、道の真ん中で立ち止まってたら危ないわよ」


 しかし、そんな配慮を壊すかのような、人間の声が聞こえた。

 せっかくの気分の良いところを、たかだか人間ごときに水を差された。

 ジルドにとって、相手を処罰するには十分すぎる理由だった。


「おい」


 命じるでもなく、ただそれだけを言葉にする。

 しかし、その言葉の前からすでに準備をしていた周囲の者たちは、その合図だけで即座に行動を開始した。


「は?」


 リーダー格の者以外が自分めがけて魔法を放とうとしている。

 リティアは瞬時にそれを理解し、結界魔法によりそれらを防いだ。


 結界を張ったと同時に放たれた魔法は、ずいぶんと風変わりなものだった。

 魔力の量と威力が釣り合っていない。

 魔力を感知させない何かがあるのか、あるいは少量の魔力を自分たちよりはるかに効率よく使用しているのか、いずれにせよリティアの警戒心を高めるには十分であった。


「ふざけたやつらね……いますぐ騎士団に引き渡してやるわ」


「まったくもってそのとおりだ。まさか、これだけの人数で、たかだか人間一人すら始末できないとはな」


「お、お待ちください! この人間、思ったよりも強い魔力を持っていまして……」


「そんなもの見ればわかるだろう。それすら一目で見抜けない、お前たちの役に立たなさに辟易しているんだ。私は」


 つくづく自分を見ていない。

 人間と呼ばれた時点で他の種族であることは明白だが、自分たち以外を見下すどころか、まるでいない者として扱う傲慢さが、リティアの怒りにふれた。


 これ以上時間をかけると、ジルドの怒りを買うことになる。

 その焦りからか、ローブの集団は先ほど以上の威力の各属性の魔法を準備した。

 先の魔法と違い、即座に発動とはいかないが、各自の前に火や風や氷の力が収束し高密度に圧縮される。

 それが却ってこれから起こる魔法の強大さを想像させた。


「さっさと死ね! 人間!」


「私のこと、点数稼ぎの道具程度としか見てないじゃない……むかつく……」


 しかし、魔法の発動を準備していたのは、彼女たちだけではない。

 彼女たちが魔法を解き放とうとした瞬間、リティアも再び結界魔法を発動する。

 ただし、今度は敵であるはずの女性たち一人一人を囲むように。


「ばかな……人間ごときがこれほどの」


 驚愕の声は最後まで続かなかった。

 周囲を結界に囲まれたことで、彼女たちが放った魔法は行き場を失い、術者であるはずの彼女たち自身に襲いかかる。


「最後まで私を見ずに、自分たちのことばかりだったあんたたちには、ちょうどいいやられ方でしょ」


「人間め……」


 まだ意識がある。それも全員。

 あれだけの威力の魔法が至近距離で暴発したのに、いまだ健在という事実に、リティアは相手の実力を上方修正した。

 魔力の量だけなら、自分のほうが上回っている。

 だけど、こいつらは魔力の使い方が自分よりもはるかに上だ。


 魔法の衝撃でローブで隠れていた顔が見えたことで、その事実にも納得する。

 ローブで隠していた長い耳、金の糸のような美しい髪、自分を睨んだ顔すら美麗と思わせる整った顔立ち。

 装具への魔力の付与に長けたドワーフと長年の因縁がある、魔力の探求と技術に長けた種族。


「エルフ……」


「無様だな。もういい、そこの二人。貴様らはもう不要だ。せめてこの人間ごとき始末しておけ」


「ちょっと! 待ちなさい!」


 その言葉に逃亡を危惧するリティアだったが、意外にもその者は逃げるではなく、魔力を集中させ始めた。

 チャンスだ。リティアは先刻と同じく、自らの魔法で倒してやろうと結界を準備する。


「愚かな。その魔法ならば先ほど見た」


 結界は健在。しかし、その魔法は結界をすり抜けるようにしてから、結界の外で構築された。

 それだけで理解する。さっきまでのエルフたちも十分に卓越した技術の持ち主だったが、こいつはそれさえも凌駕している。

 リティアは自身を襲う魔法にそなえて、再び結界を張ろうとするが、その魔法はリティアを通り過ぎて、仲間であるはずの二人のエルフに直撃した。


「ジルド……さま……」


 様子がおかしい。

 いや、これに似た状態を見たことがある。

 その姿は、奇しくもジルドがつぶやいていた精霊を彷彿させた。


「まさか、魔力を暴走させたの!?」


「やはり人間には理解できないようだな。魔力の暴走などと一緒にするな」


 明らかに先ほどまでとは違う。

 本来行使できる魔力の量を超えた状態。魔力があふれ出ているかのようなその姿は、やはり以前見た精霊と同じく魔力が暴走した姿にしか見えなかった。


「消えろ人間!!」


 自身に向けられる炎の玉。込められた魔力は、精霊とは比べ物にならないし、自身の魔力よりも下回る。

 だけど、あれはどう見ても、込められた魔力以上の破壊をもたらす魔法だ。

 なんとか結界を張ることに間に合ったが、先ほどと違いたやすく破壊されてしまう。


「それもふせぐか。やはり二人使い捨てて正解だったな」


 強大な魔法をふせいだ余波は、ジルドにも届いたらしく顔を隠していたフードが外れる。


「うそっ、まさか男……?」


 中性的にも見えるが、たしかに男だ。

 いくらなんでも男と女を見間違えたりはしない。

 リティアのつぶやきは男の耳にも届いたらしく、目に見えて不快そうな表情に変わった。


「男だったらなんだ? 虫のように群がられるのにはうんざりだ」


「はっ、見くびるんじゃないわよ! あんたみたいな性格の悪い男なんて、こっちからお断りよ! 私はもっといい人を知っているんだから!」


「それはあのくだらない森に住んでいるという男か? 男というだけでもてはやされ、さぞ良い気なものだろうな」


「あんたなんかにアキトのことはわからないわ」


「精霊の魔力を、あのようなくだらない剣に付与する愚か者だろう。私ならもっと有効活用ができる。だからこそ破壊し、魔力だけを吸収してやったのだ」


 意外にもエルフの男はアキトという存在を認識しているようだった。

 だけど、やっぱりなにもわかっていない。アキトと精霊のことを見下した様子にリティアはなおも反論する。


「なんだ知っているんじゃない。アキトは精霊たちの力を宿す剣を作れるほどの男よ。ただ、もてはやされてるだけのやつなんかじゃないわ」


「くだらん。せいぜい魔力が尽きるまで、その結界に引きこもるがいい」


 ジルドは興味をなくしたように、あるいは初めから興味がなかったのか、リティアを見ることもせずに立ち去っていった。

 背後で二人のエルフの苛烈な魔法が絶え間なくリティアに襲いかかる。

 結界を破壊されるも即座に張りなおすが、リティアはその場から一歩も動くことはできなかった。

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