第116話 彼方から続く犬と猿の関係

「これが……伝説の剣」


 普通の剣です。なんなら普通の剣より粗悪な剣です。

 一応精霊たちの魔力も込みで考えても、ようやく普通より少し上の剣って感じだから、そんなにキラキラした目で見ないでくれ。


「どうですか? 伝説の剣ですよ。伝説の」


「ええ、すごいですね……残念ながら私は剣を使えないので、羨ましいです」


 うちのアリシアがすみません。

 真面目にアリシアの相手をしてくれるルチアさんには感謝しかない。


「アリシアに話を合わせなくていいからね」


「いえ、でも本当にすごいと思いますよ? 四人もの精霊たちの魔力が込められているなんて、普通の職人たちでは到底なしえない芸当ですから」


「みんなのおかげだね。感謝しておかないと」


「たしかに精霊たちの力によるところが大きいですが、普通は精霊の魔力を剣に込めるなんて、かなり高度な魔力操作が必要なんですよ? 気ままな精霊たちに長時間作業を協力してもらうなんて、本当に大変なことですから」


 じゃあ、一応俺の手柄もほんの少しはあると思っていいんだろうか。

 でも精霊のみんなは、けっこう飽きずに作業を手伝ってくれているよ?

 ヒナタとか絶対すぐに飽きると思ってたけど、最近では作業中は一言もしゃべらずに集中してくれてるし。


「四つの属性が込められた伝説のアリシアソード。これは神話に刻まれますね」


「女神様に怒られるぞ、きっと」


 そういえば、アルドルも魔剣を喜んでいたし、あれには出力は及ばないけど、四属性ってけっこうすごいのかもしれない。

 だけど、その辺で楽しそうに剣を振るのはやめてもらいたい。

 おもちゃみたいに扱ってるけど、それ一応真剣だからね。


 あ……ソラに渡してる。

 ソラはソラで器用に口に咥えて剣を使っている。

 仲いいなあこの二人。


「魔力を込めるといえば、ルチアさんやミーナさんみたいなエルフって、そういうのが得意そうな印象なんだけど、先生と協力したら俺と精霊の剣よりすごいのができるんじゃない?」


 何気ない発言に、ルチアさんは目を丸くして驚いた。

 やっぱり、エルフってドワーフ嫌いなのかな?


「そんな発想自体がありませんでした。たしかにアキトさんに紹介いただけたら、それも可能かもしれませんね」


 俺を経由する必要があるってことは、やっぱりそういうことなんだろな。

 その推測が正しいものであると証明するかのように、ルチアさんは説明をしてくれた。


「以前お話したかもしれませんが、私たちが国を捨てることになった原因であるエルフの王が、それはもうひどい暴君でして……ドワーフたちから得るものはないと、一方的に昔からの交流を断ち切ってしまったのです」


 そりゃあ仲が悪くもなるよ。

 俺があった王様たちって、いまのところルメイさんくらいしか悪人はいなかったけど、その手の王様もまだまだいるのかもしれないな。


「初めこそ、ドワーフを嫌う者はエルフの王だけでしたが、長い年月が種族間の確執を深めていき、今では種族同士の対立となってしまっているのです」


 そうなると、ルチアさんたちと先生は下手に会わせない方がいいか。

 長年続いている二種族の争いに、俺みたいなのが下手に首を突っ込むべきじゃない。


「ごめん。さっきの話なかったことにするね」


「すみません。気を遣わせてしまい」


 なんだか暗くなってしまった。

 そばで剣の素振りというか、剣を振り回して遊んでいるアリシアが、いやに対照的だ。


「世界中のみんながアリシアみたいだったらいいのにねえ……」


「ええ!? 世界規模のアリシアハーレムをご所望ですか!? オリジナルアリシアなら、今すぐにお手軽に手に入りますけど」


 世界中がそんなことになったら、まじで俺が疲れるからやめてほしい。

 しかし、親しい人同士が仲違いしているってのも、なんかやり切れないなあ。

 いつかはルチアさんと先生も仲良くしてもらいたいものだ。


    ◇


「はあ……」


「なんだよ。ずいぶんと疲れてるじゃねえか、珍しい」


 珍しく町から離れていたプリシラは、帰ってくるなり疲れ果てた様子を見せた。


「王城仕えになるって張り切ってたのに」


「なんなら、もうこの町に戻らないかと思ってたわ」


 突如、勇者を引き連れて自身を訪ねてきたフィル王女を、プリシラは緊張とともにもてなした。

 優秀な魔法の研究者を集めてなにかを調査したいという話に迷わず喰いつき、気の知れた友人たちに自身の栄転を伝え、王都に向かったのが一ヶ月前。


「いやあ……私は自分のペースで研究するのが性に合ってると、よくわかったよ」


 元々王城に勤めていた魔法研究者、自分と同じく集められた魔法使いたち。

 それらが一丸となり、とある事件で使われたと思える魔法の調査を行うこととなった。

 当事者たちからも有力な発言は得られず、現場に残った魔法の痕跡をひたすら解き明かすだけの地道な作業。

 王女に能力を買われたというのは、非常に光栄なことではあるのだが、その作業はとことん自分には向いていないとプリシラはすぐに理解した。


「そもそも、私みたいなのが何人も集められたところで、チームとして協力しながら働けるはずないじゃないか……」


「そりゃあそうだ。プリシラだらけの集団とか、たまたまそこに集まったってだけで、全員が個人として行動してるだけだろ」


「そうさ……しかし、だからといって王城の研究者まで、そんな個人主義だとは思わないじゃないか。結局、私がまとめ役になるあたりどうかしているよ、本当に」


 その偏屈な集団で運悪く、チームをまとめることになってしまったのは、他ならぬプリシラだった。

 さすがに、今のままでは問題なのでは? と王女に進言した結果、笑顔でそれならばあなたがまとめてくださいねなんて言うのだから、あの王女も相当性格が悪い。


「でも、そのかいあって調査は終わったのよね?」


「まがりなりにも優秀な連中だったからね……だけど、二度と舵取りはごめんだよ」


 調査完了の報告後、褒美を受け取ったプリシラに、フィルは王城の魔法研究社として働く気はないか尋ねたが、プリシラは即座に断り逃げるように王都から去っていった。

 もしもあそこでうなずこうものなら、間違いなく自分が集団のリーダーとして、面倒な役目を押しつけられただろうと考えたからだ。


「それで、結局なんの調査だったの?」


「まあ、守秘義務はあれど少しは話せることもあるよ」


 酒の肴程度の話として、プリシラは愚痴を交えて話しだした。


「とある貴重な宝を破壊した、大馬鹿者の調査さ。残念ながら犯人には至れなかったが、犯行に大規模の意識を逸らす魔法が使われていることがわかった」


 何を破壊したのかは話せなかったが、自身の苦労話に特に感情を込めたプリシラの話を、三人の女性は苦笑いとともに聞き続けるのだった。


「つまり、あなたたち以上に優秀な魔法使いが犯人ってこと?」


「ああ、だからこそ厄介だねえ」


「なんでだ? 怪しいやつを調べていけばいいじゃないか」


「多分見分けがつかない……」


「シーラの言うとおりさ。魔力量が膨大とかじゃなく、魔力の扱いに長けているでは、調べる方法がないのさ。だから君たちも、心当たりがあったら情報を提供してくれよ?」


「まあいいけど、ちゃっかりしてるわねえ」


「魔力の扱いに長けている者。妖精か精霊か、あるいはエルフ……」


 プリシラは、調査中に男の魔力の痕跡をわずかに感じたと主張する研究者を思い出す。

 たしかエルフを統べる者は、女王ではなく王のはずだと盛り上がったが、結局は確たる証拠もなかったため、あくまでも可能性の一つに留められた。


「まさかね……」


 あれだけ閉鎖的なエルフが、わざわざ人間の国で問題を起こすはずがないか、そう思いプリシラは愚痴を続けるのだった。

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