第114話 選民思想のスモールワールド
「へえ、それじゃあどの国でも売り切れになったんですね」
「そうみたいだよ。結局俺が作ったって噂が広まって、竜王国以外では長蛇の列になったとか」
買い手は選んでいるらしいけど、勇者や名のある冒険者まで買いにきたらしい。
そういう人たちは俺なんかが作った半端な物じゃなくて、身の丈に合った良い武器を使ってほしいものだ。
やっぱり、アクセサリー類に重点を置くべきか? それか、彼女たちが使うに値する武器を作れるようになるまでがんばるか。
まあ、先生に見てもらっているから最低限の品質ではあるはずだし、そこまで悩むこともないか。
今までどおりこつこつと進めていこう。
「ソフィアもたまたま入った店で見つけて、すぐに購入したそうですよ」
「わざわざ買いに行かなくても、言ってくれたら作るのに」
ソフィアちゃんは同じようなサイズの剣を使うので、完成品を試しに使ってみてもらった。
その時は我慢しているような顔をしていたから、てっきり剣の出来栄えが悪いのかと思っていたけど、あれで気に入ってくれていたのかもしれない。
「いえ、あまり特別扱いしてはいけません」
真面目な人だなあ。
知らない仲じゃないんだし、同じ森に住んでるのだから、直接やり取りしたほうが楽なのに。
「皆様には作られないのですか?」
皆様っていうと、ソラとアリシアとシルビアとルピナスかな?
剣なんて興味なさそうな面々だと思っていたけど、意外にもみんな期待したようなまなざしで俺を見ている。
「えっと、まずソラとルピナスは剣を持てないよね?」
ショックを受けた様子のソラ。
くやしいのはわかったから、俺の腹に顔をぐりぐりと押しつけるんじゃありません。
「う~……人間さん、小さい剣も作ってください」
「ルピナスはすごい魔法を使えるから、剣を使う必要はないよ」
悪いけど俺にはまだそんな技術はない。
なので、ルピナスにも諦めてもらう。
「それと、アリシアとシルビアは素手で戦うから必要ないよね?」
「うっ……妾が強すぎる弊害がこんなところで……」
「うん。シルビアは俺の剣を使わない方が強いからね」
それに、本気で戦う場合ってアルドルみたいに、竜の姿で戦うんじゃないのか?
だとしたら、いよいよ剣なんて邪魔になるだろ。
「任せてください。私ならアキト様の剣を、伝説のアリシアソードとして後世に広めてみせます」
勇者かお前は。勇者だったな……そういえば。前にアリシアから聞いたことあるわ。
そもそもシルビアもそうだが、ありあまるアリシアのパワーに俺の剣が耐えられるとは思えない。
「そのための旅は長くなりそうだから、やめておこうね」
「なるほどっ! つまりアキト様は私といつまでもこの森で暮らしたいんですね!」
あながち間違っていないのが悔しいので、女神様のように頬をひっぱっておこう。
「ひんっ……な、なんですか?」
さあ、これでみんな諦めたようだ。
俺の剣はもっとこう、初心者用の訓練のための使い捨ての剣とかに使ってもらいたい。
「……すごいですね。こんな方々を手玉に取るなんて」
「風評被害だ……」
とにかく、これからも俺の剣は先生からフィルさんたちに渡してもらおう。
途中で王女様たちを経由するってかなり迷惑かけてる気がするが、話を通さない方が面倒ごとになるから、絶対にそのルート以外では売らないように言われてるしな。
四人には悪いが今後も引き受け先になってもらおう。
◇
「なんだこの長蛇の列は」
「なんでも男が作った剣を売っているそうです。しかし、すごい行列ですね……」
その集団は全身を隠すようにローブを纏っていた。
姿を隠すためということもある。しかしそれ以上に、人間ごときに自分たちの姿を見せるつもりはなかった。
「えっ、男が? なんで?」
「さあ? 人間の考えることなんてわかりません」
質問した者とは別の者がまるで理解できないというように尋ねるも、当然回答などできはなしない。
「おい」
「はい。すぐに」
集団を率いる者の呼びかけに、一人がすぐに意図を察して行動に移る。
往来の場で急に魔力を練り始めるも、列に並ぶ誰もがそのことに気づけない。
それだけ巧みな魔法の行使なのだが、集団はそれを行った仲間を讃えるでもなく、誰一人気がつかない人間たちを侮蔑していた。
「張り合いがない。所詮は知能も技術力もない愚かな種族ということか……」
列に並んでいた者たちは、気が変わったかのように一人、また一人と列から離れ去っていく。
数分のうちに、店の前に並んでいた者たちは、ローブの集団を除き一人残らず立ち去った。
「お待たせしました」
「遅い。私の貴重な時間を奪うな、愚か者が」
数日かかる待機時間を数分までに短縮した者へのねぎらいはなく、かけられた言葉は罵倒だった。
しかし、周囲の者たちも罵倒された本人でさえも不服はない。
「いらっしゃいませ」
「男が作ったという剣を見せろ」
「それでしたらあちらですが……お客様たちは剣の扱いに慣れていないようですね。申し訳ございませんが」
「もういいぞ。やれ」
店主の言葉をさえぎり再び命令すると、やはり待機列にいた者たちのように、店主は店から出てどこかへと行ってしまう。
こうして誰もいなくなった店の中で、集団は男性が作ったという剣を観察する。
「なんだこれは……あまりにも不出来だ。どうせ遊び半分で作ったのだろうな」
名のある工匠が作った剣や、歴史に名を残した偉人たちが使った宝剣とは、比べ物にならない。
だというのに男が作ったというだけで、それらの剣と同じように扱われている。
そのことが非常に不愉快だった。
手に取るとやはり粗末な剣だと感じた。店で売られるそこそこな剣と何も変わらない。
そう思って剣を放り捨てようとしたその時、手に魔力が伝わってきた。
「これは……まさか、精霊の魔力か?」
「うわあ、もったいない」
「精霊の魔力が……そんな剣にですか?」
なるほど。これなら造りのわりに高価なのも、あれだけの人間たちが求めるのも、理解できる。
だが、やはりこの剣を作った男を許せない。
「こんな粗末な剣に精霊の魔力を利用するなんて……愚かな男め」
剣に魔力を流す。精霊の魔力が内部で膨れ上がると、すぐに剣に扱える許容量を超えて忌々しい剣は砕け散った。
漏れだした精霊の魔力を観測し、剣を破壊した者はその魔力を余さず自身へ取り込む。
魔力の残滓も残らずすべてを吸収し終えると、ローブの集団は店を後にした。
「ジルド様。やはり、この国の聖女はすでに代替わりしているようでした」
「死んだか? 人間どもは短命だからな」
「いえ、それが……禁域の森に住むことにしたため、聖女は別の者に替わったようです」
「住むだと? 死んだのではないのか?」
「何度かこの国へ顔を出しているようなので、生きているようです」
それを聞いてジルドは再び落胆した。
精霊の魔力も禁域の森も堕ちたものだ。
かたや粗末な剣に宿るようになった愚かな力。かたや人間ごときが気ままに行き来できる程度になった不可侵の領域。
「ちょうどいい。ならば、他の国が手出しする前に私たちのものにしてやろう。禁域の森も精霊の力もな」
もうこの場所に用はないとばかりに、ジルドたちは次の目的地へと向かう。
その集団は町を出るまでの間、一人の人間ともすれ違うことはなかった。
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