第113話 数に限りがございますのでお早めに
「久しぶりに帰ってきたと思ったら武器屋が目当てなんて、相変わらず無趣味ねえ」
「エルフの村には私に合う剣がなかったから」
再会の挨拶もそこそこに、かつての同僚は変わらずマイペースな様子で返す。
滅多なことで感情が動かない彼女にはもう慣れっこだ。
そんな彼女が珍しく狼狽えたと聞いたけど、理由を聞いて納得している。
そりゃあ、目が覚めてアキト様に抱えられてたら、この子でも狼狽するでしょうね。
「そういうレミィも、釣りが趣味になったのは最近じゃないか」
「う、うるさいわね。いいじゃない楽しかったんだから!」
「アキト様との思い出含めてだけどね」
きっかけはそうだけど、今は同じ趣味の仲間もできてるし!
この前だって大物を釣り上げたんだから!
アキト様に見せたら喜んでくれるんだろうなあ……
「ほら、その顔だ。釣りをしているときも、そうやってにやけているだろ。仲間内では相当釣りが好きなのねなんて噂されてるぞ君」
「そ、そうよ! 釣りが好きなの!」
「どうだかね……」
「レミィ釣り好きなんだ。アキト様も釣り好きって言ってた」
「ふふっ、よかったなレミィ」
あのときのことを忘れないように釣りを始めたとは言いにくい……
今ではふつうに釣りそのものを楽しんでいるけど、始めた理由がそんな下心からだなんて、ソフィアは考えもしないんでしょうね。
「こんな店あったっけ……?」
「もう、なかなか帰ってこないからわからないのよ。あの店は……初めて見るわね」
「おかしいな。昨日まであんな店はなかったはずだ」
つまり一日もしないうちに作られたってこと? 気になるわね。
二人も同じ気持ちだったらしく、私たちの足は自然にあの不思議な店に向かっていた。
「品ぞろえは悪くないわね」
「ああ、これはいい店を見つけたかもしれないな」
店内を物色していく。品揃えも価格も私たちに合っている。高額ではあるけどその値段に見合うだけの品々だ。
まあ、私たちの場合愛用の武器があるから、予備だったり練習用の物を見繕うだけになるけど。
そういえば、あの子いないわね。
どこに行ったのかと店内を見回すと、じっと剣を見て微動だにしない姿が見えた。
たしかにあのサイズの剣はあの子の得意武器だけど……
なんか、この店に似つかわしくないというか、はっきり言って質が悪くない? それ。
「レミィ、ジェリ、これを買うべき!」
手招きされて大声で呼ばれる。
珍しいわね。なにをそんなに興奮しているのかしら……
「どうしたんだ? 君がそんな姿を見せるなんて珍しい」
ジェリも私と同じ感想を持ったようで、冷静な彼女が少々驚いた様子で聞いていた。
「早く! 自分たちの分を確保して!」
「ちょ、ちょっと……」
「強引だな……」
半ば無理やり手渡されたのは、さっきの見てくれが悪い剣だった。
だけど、手に持った瞬間にわかった。質が悪いだなんてとんでもない。私の見る目がなかっただけだ。
こうしてふれていると剣からわずかな魔力が手に伝わる。
私たちにとって馴染みのない魔力。だけど、前に一度だけ味わったことのある恐ろしい魔力。
「……これ、もしかして風の精霊の?」
「ああ、さすがにあのときほどの魔力量ではないが、たしかにあの大暴れしていた暴風と同じ魔力だな……」
「う~ん……メインで使うには小さすぎるけど便利そうね。私も買おうかしら」
「そうだな。私やレミィは小回りの利く予備の武器が必要だし、その点この剣なら風の魔法も使えるし理想的だろう」
だけど、少しおかしい。
風の精霊だけじゃなくて、他の魔力まで込められているような……
「風だけじゃない。火も土も水も、四人の精霊の力が込められている」
「なによそれ! 王国の宝剣以上じゃない!」
「剣の荒さのせいで、あやうく見逃してしまうところだったな。よく気がついたなソフィア」
私とジェリが話し合っていると、ソフィアはすでに会計をすませていた。
私たちも同じく購入しようとすると、なぜか店主に剣を使ってみるように言われ、試し切りまでさせてもらった。
案外サービスのいい店じゃない。
ただ、合格ですなんて言われたのが気になるわね。
もしかして、不合格だったら買い物させてもらえないのかしら?
「なんか変な店だったわね」
「ああ、合格ってなんなんだ」
ジェリもそこが気になっていたらしく、私たちは首をかしげながら店を後にする。
その疑問に答えたのは前を歩いていたソフィアだった。
「その剣。アキト様が作った剣だから、ちゃんと使える人にしか売らないんだと思う」
「「は!?」」
理解が追いつかない。
誰が作った剣だって? アキト様が?
いやいや……落ち着きなさいレミィ。そんなうまい話があるはずないでしょ。
だいたい男の人がまともな剣なんか作れるはずが……
「アキト様ドワーフの弟子になって、精霊と協力して剣を作って売るようになった。みんなには内緒」
「さすがに、言いふらすような真似はする気はないけど、どのみち噂が広まるのも時間の問題なんじゃないかな」
「そうねえ。アキト様が作ったというのを抜きにしても、四人の精霊の魔力が込められているなんて、それだけでも人を集めるには十分すぎるわ」
「それでも、少しでも噂を広まるのを遅くしたい」
アキト様がそう望むのであれば、私たちもそれに従うことにしたほうがよさそうね。
そしてこの剣は家宝にしましょう。
この後私とジェリは、せめて仲間にだけでも自慢したいという気持ちを抑えるのに非常に苦労した。
◇
「えっ!? あのときのオスが作った剣なの? 欲しい!」
「でもちゃんと剣を使える人にしか売ってくれないらしいわよ」
「なにそれ、アルドル様しか買えないじゃん」
「わざわざ人の姿になってまで武器を使うような竜なんて、あの方くらいよね」
「よくわからないけど、あの禁域の森のオスもそれがかっこいいって言ってたわね」
「……今からでも練習しようかしら」
「知らないの? ラピス様は、すでにアルドル様に剣の使い方を習ってるわよ」
「私、アルドル様があんなに困った顔してるの、あの森の女王様に会って以来だと思う」
「ラピス様変わったわよねえ……」
そんな噂がすでに国中に広まってしまっています。
まあ、それ自体は問題ないのですが、それよりも困った事態があります。
私たちの国で剣を扱える者なんて一頭しかいませんでした。
ですが後悔はしていません。アキトさんが作った品を取引しないなんて、それこそ女王失格ですから。
「ということで、私たちに剣の使い方を教えてくださいアルドル」
「お前な……諦めて他の国で売るように言った方がいいぞ……」
「嫌です。私たちはこの剣にふさわしいメスになるんです」
「俺が人間の宝を愛でるのを理解できなそうだった貴様がか? 変われば変わるものだな……」
あなたにだけは言われたくありません。
それよりも、早く私たちをこの剣の所有者にふさわしくなるまで鍛えてください。
そんな熱意が伝わったのか、それとも諦めたのか、アルドルは私たちに剣の扱い方を教えてくれるのでした。
◇
「店長この剣」
「売らねえから帰れ」
こいつはだめだ。剣の腕はいいが魔法になれていない。
「あの、すみません。この剣は」
「帰れ」
こいつもだめだな。魔力が足りていない。
「なんか伝説の武器があるって聞いたんだけど、この剣のこと?」
「惜しいな……だがだめだ。帰れ」
こいつは? いや、やっぱりだめだ。
私の弟子が作った剣なんだから、聖女くらい魔力があって、勇者くらい武器の扱いに長けているやつじゃないとふさわしくない。
「あいつががんばって作った剣なんだ。中途半端なやつには絶対売らねえぞ」
「ノーラのやつ弟子好きすぎるだろ」
「あいつ、あれでも厳しい師匠のつもりなんだとよ」
「やることなすこと全部褒めてんだろあいつ。弟子が成長しねえぞ、あれじゃあ」
「いや、弟子もわりと優秀でどんどん上達してるみたいだぞ」
「弟子に救われたな。あいつ」
「どうすんだよ。あの指導で正しいって勘違いしたら、次の弟子が不憫だぞ」
「それは大丈夫だ」
「なんで、断言できんだよ」
「あいつ、弟子はその一人以外とらないって言ってた」
「弟子好きすぎるだろ」
なんかうるせえと思ったら暇そうなやつらが集まっていた。
売らねえぞ? この剣にふさわしいのはお前らじゃない。
しかし、一本も売れねえとは予想外だな……
アキトのためにもふさわしいやつに売らねえと。
結局、その日はまともな買い手が現れることはなかった。
明日だ、明日こそは……
◇
「はあ、そうなんですか……」
「すまねえ……せっかくのお前の作品を」
先生がなんか謝罪にきた。
俺の作った剣が売れなかったらしい。
まあ、そんなのは想定内のできごとだし、俺もそんなすぐに買ってもらえるとは思ってない。
それに竜王国でもまだ一本しか売れてないらしいからな。
むしろおかしいのはツェルールだよ。なんだ即日完売って。
本当に、大丈夫かな? フィルさんが俺のために無理して買わせたんじゃ……いや、さすがにそこまではしていないと思いたい。
「でも売れ残ってるっていうのなら、在庫をフィルさんにさばいてもらったほうがいいんじゃないですか?」
「悪かった! もう少し基準を下げるから許してくれ!」
なんで、土下座してんだよこの人……
なんだか挙動不審だけど、きっと先生も疲れているんだろうなと結論を下した。
どことなく反省しているときのアリシアみたいだったけど、きっと気のせいだろう……
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