第112話 三者会談という名のマウント合戦

「ドワーフの女王って、外交しないんじゃなかったっけ?」


「女王って言っても、一番腕の良い職人だから就任しただけらしいからねえ。本人は鍛治に集中したいんだろうさ」


 その日、酒場ではリサとプリシラがある噂について話をしていた。

 自国にこもって出てこないドワーフの女王。そんな彼女がわざわざ自分たちの国に来てまで話し合いをするという。

 そこまでしてなにを話したいのか、心当たりが思い浮かばない。

 二人が不思議そうにしていると、ジャニスとシーラが遅れて入店した。


「遅かったわね。なにかあった……どうしたの? そんなに慌てて」


 入り口に顔を向けながらリサが話しかけるも、やけに息を切らした二人の様子に問いかける。


「ドワーフだけじゃないみたいだぞ」


 ちょうど今しがた話していた、ドワーフの女王のことを言っているのだろうか?

 要領を得ないジャニスの言葉の続きを待つと、シーラが補足するように続けた。


「ルダルの代表も、この国に向かっているらしい……」


「ルダルって……竜王国!?」


「それは……ただならない事態みたいだねえ……」


 ドワーフたちの国はたしかに王女が国外にこそ出ないものの、武器や防具の依頼や素材の売買のために他国の者たちの出入りが盛んな国だ。

 しかし、竜王国は違う。他の国との交流を完全に絶っているうえ、基本的には他種族を格下の存在とみなしている。

 そんな国の代表が、わざわざツェルール王国になんの用事があるのか。


「まさか侵略するつもりか?」


「そんなことになったら勝ち目はないわね」


「竜の軍勢を相手に戦うなんて馬鹿げている……」


「だよなあ……」


 国内では、勇者を除けば上位の実力者にあたる彼女たちでさえ、戦いにならないと判断していた。


「私たちは無理でも勇者たちならどうなんだ?」


「無理だと思うわ。竜一頭に対して、複数人で相手をしてようやく互角に戦えるはずだから、相手の数がこちらと同数ならまず勝ち目はないもの」


「それに、あの森にいた古竜一頭に全滅したって噂もある……」


「質で負けてる以上は数で優位に立ちたいけど、その数も大きく差がつくほどではない。ならば、どうにもならないだろうねえ」


 自分たち以上の強さである勇者たちであればどうかと話してみるも、やはり勝ち目は薄いという結論にいたる。


「結局のところ、その話し合いというのが穏便にすむことを願うしかないのさ。私たちは」


「竜とドワーフ……三種族間での協議が必要なんて、いったいどんな話をするのかしら……」


 不安そうなリサの疑問に答えられるものは、この場にはいなかった。


    ◇


「とりあえずうちで売るってことでいいんだろ?」


「いえ、さすがにドワーフだけで独占されるというのは困ります」


「でもあんたら剣なんて使わねえだろ?」


「それはそうですが……一応次期王の馬鹿が最近良い剣をもらったと喜んでいたので、完全に使わないというわけでもありません」


「それならドワーフの皆様も剣を振るって戦わないですよね? やはり私たちの国で取り扱うべきではないでしょうか?」


「お前らは前に贋作を国中で流通させたじゃねえか。それにうちは人間の客も多いから、うちで売っても人間に向けた販売になるぞ」


 面倒くさい……

 アキトが剣を作ったらしい。それはまあ別にいい。あいつ結構器用よねなんて気楽に考えていた。


 そんな私を自称友人の王女が拉致したかと思えば、そこにいたのはドワーフと竜の女王。

 人間の女王同士の協議ならまあわかる。でも、異なる種族の女王同士の話し合いなんて、滅多に行われないはずだ。


 いったいどんな重大な議題かと、なぜかここに招かれたことも忘れて聞いてみたら……なにこのしょうもない争い。

 アキトが作った剣をどの国が保有するか。どの国で販売するか。どうでもいいわ。


 いや、わかるけどね。アミュレットであの騒ぎ。指輪でさらに大きな騒ぎ。剣なんて勇者に騎士に冒険者の奪い合いに発展するからね。

 真剣に話し合わなきゃいけないのはわかるわよ。

 でも、会話の内容は周りを出し抜いて儲けようとしている商人と変わらないじゃない。


「だいたいうちのノーラが教えたから作られたものだろ。それならうちで売るべきだ。ノーラのやつはそいつに慕われてるって話だしな」


「アキトさんの傍らには私たちの先代女王がついています。そして言いたくはありませんが、私たちの次期王はアキトさんの友人として関係も良好です。であれば、今後の良好な関係のためにも私たちの国でも取り扱うべきではないでしょうか?」


「アキトさんは人間です。やはり、最初は種族が同じということもありますし、人間たちに向けて販売するべきではないでしょうか? それに、アキトさんの側には同じ人間であるアリシアさんがいらっしゃいますし」


 このままだと単なる自慢合戦に発展しそうね。女王って暇なのかしら。だったら私はもう帰らせてもらえないかしら。


「あんたたちが言い争いしてたら、アキトが剣の販売やめそうね」


 もう他国の女王が相手とか関係なかった。

 馬鹿馬鹿しくなって投げやりにそんな発言をすると、三人はぴたっと止まってしまう。


「ノーラの話どおりの男なら、その可能性は高いな……」


「下手したら、今後なにも作らなくなるかもしれませんね」


「そんなことになったら、シルビア様に私がお叱りを受けることに……」


「仕方ねえ。三国で販売する品を分配するか」


 ようやくまともな落とし所についたらしい。

 国の代表が三人も集まって何をしているんだか……

 混乱を避けるための措置や、今度こそ詐欺が発生しないための証明方法等を話し合う三人を見て私は呆れるばかりだった。

 まず最初にそれを話し合いなさいよ。


「結局、私はなんで呼ばれたのかしら……」


「私たちだけだとさっきみたいに平行線になるからです」


 自分たちのことをよく理解していてなによりね。あとは私を巻き込みさえしなければ完璧だったわ。


    ◇


「お前の作品だけどな。私たちとフィル王女たちと竜たちの店で売ることになった」


「先生の店だけでよくないですか?」


 あまり作るなって言われたし、そもそも完成までたどり着けることが少ないのでそんなに数はないぞ?

 ああそうか。売れない可能性を考慮して、少しでも多くの場所で販売するようにしてくれたのか。なんだか悪いことしちゃったな。


「下手なやつには売らないようにするから安心しておけ」


「そんなより好みできる立場じゃないんですけどねえ」


「よりどりみどりだろ。客選ばなかったら1日ともたねえぞ」


 それ剣の価値じゃなくて男が作ったという価値だけだな。

 なんだか一度も使用されずにインテリア扱いされてしまいそうだ。俺の鍛治の腕前はともかく、精霊のみんなの力も込められているので、ぜひとも本来の用途でお求めしてもらいたいものだ。


「それなら、安心しておけ。ちゃんと女王たちが、剣として使いそうな相手にだけ売ると決めていたからな。少なくとも飾るだけのようなやつには売ることはしねえだろ」


 つい先生にお願いしたら意外にも俺の懸念は、すでに対策してくれていたようだ。

 それなら安心だな。先生はこういうときに色眼鏡抜きで商品と買い手を見てくれるし、他の二国もきっと大丈夫だろう。


 だからこそなかなか買い手がつかないだろうなあと思いながらも、俺は初めての作品販売に期待してしまうのだった。

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