第110話 ボーイフッドの祭壇

 ようやく家についたが、しばらくはこの移動方法はやめておこう。

 長時間狭い場所にいるのって、こんなに大変なんだな。

 それに、アリシアだって大変そう……いや、軽々と運んでくれてたな。

 まあいずれにせよ、森の外を出ることもないし忘れてしまおう。


「お帰りなさいです」


「ただいまルピナス」


「目的の話は聞けたか?」


「いや、あまり好転するようなことは聞けなかったよ」


 この世界の男に会えたし、険悪な関係にならなかったのはいいことだけどね。

 だけど今後も会うことになるかと言われると……

 俺はこの森の生活のほうがいいな。


「ところで、アリシアはどうしたんじゃ? あれ」


 にこにこと笑いながら、リュックを綺麗にたたんでいる。

 そんなアリシアの不思議な行動に疑問を感じたらしい。


「なんか、自分も俺を運べたのがうれしかったらしい……」


 言ってて自分でもまったく意味が分からない。

 どういう感情なんだ。


「あ~それは……まあ、わかるのう」


 頷くソラとシルビア。

 わからない。俺がおかしいのか?


「でも、悪いけどそれで運んでもらう予定はないからね?」


「ええ!? なんでですか!」


 乗り心地が悪いって言っていいんだろうか……

 そもそも乗り心地でいいのかあれは。


「う~ん……よくわかんないです」


 そうだね。きっと君だけが正しいよルピナス……


    ◇


「アキト様の体が小さくなれば、私に乗せて運べると思うんです」


「そうだねえ。でも俺は小さくなれないから諦めようね」


 いつもならこれで納得してくれる。

 だけど今日のアリシアは不敵な笑みを浮かべ……いや、できてないな。

 いつもの明るい笑みだよ。これ。


「ふっふっふ……それができるんです。ミーナさんからもらったこの魔導具さえあれば!」


「まず経緯を教えてほしい」


 なにがあったらそれを作ることになった。

 そして、なにがあったらそれがアリシアの手に渡った。


「ミーナさんにアキトさんを小さくする魔導具をくださいと言ったらくれました」


 簡単に言いやがって。

 そして、なんで都合よくそんなものがあるんだ。


「ちなみに、食糧難を解決しようとして作ったけど、失敗作だからいらないそうです」


「待って、それ人体に有害なんじゃないの?」


 多分自分たちが小さくなることで、少ない食料を大勢で消費できるようにとかのコンセプトだ。

 それの失敗作って嫌な予感しかしないぞ。


「アキトさんに使っていいか聞いたら問題ないって言ってましたよ? さあ、あなたの乗り物アリシアが役立つ時がきましたよ」


 ソラとシルビアは……あ、無理だ。止めてくれないやつだ。

 はあ……しょうがない。何度か運んだら満足するだろうから、大人しく小さくなろう。

 アリシアに腕輪をはめられると、魔力が俺に流れてきた。

 ……これ、外に放出して無効化しちゃだめだろうか。


「お、なんか体が小さくなってきた……」


 目線が低くなっていく。

 そういえば聞いていなかったけど、小さくってどの程度までだろう。

 自分に乗せて運びたいって言ってたし、手のひらサイズとかになるのか?

 そうしたら、本当にアリシアがいないと生活が不便なことになっちゃうなあ……


「ん? これでおわり?」


 覚悟していたサイズになるのを待っていたが、流れてきた魔力が止まる。

 たしかにアリシアを見上げるくらいの大きさにはなった。

 だけど、なんかずいぶんと中途半端な大きさで止まったな。


「アリシア。これでおわりなの? なんか、とちゅうでとまってない?」


「か……」


 両手を頬に当てて、顔を真っ赤にしたアリシアがぷるぷると震えている。

 こちらを見下ろしているから、俺の体が小さくなったことは間違いない。


「かわいい!!」


「は?」


 唐突な浮遊感。体が宙を浮いている。

 どうやら、アリシアに持ち上げられたらしい。

 一応当初の目的程度までは小さくなっていたようだ。

 いや、そもそもアリシアなら、小さくしないでも俺を持ち上げられただろうけど。


「かわいいってなにが……?」


「お姉ちゃんって呼んでみませんか! 呼んでください! アリシアお姉ちゃんって!!」


 うわあ、すごい興奮してる……

 っていうか近いな。ほおずりされてるぞ。ソラじゃないんだから……

 あと苦しいです。美女に抱きしめられているといえば聞こえはいいが、これではもはや拘束だ。

 全身からアリシアを感じることになって苦しいし恥ずかしい。


「ちょっと……」


「なんですか? アリシアお姉ちゃんって言ってくれますか?」


 なんで今日はこんなに暴走しているんだ。

 そして、いつもならこの辺でアリシアを止めるシルビアとソラはなにをしているんだ。

 視界のほとんどがアリシアで埋められている中、俺はなんとか隙間から二人を見た。

 二人はぽかんとした様子で固まっている。


「あ、アリシア……」


「アリシアお姉ちゃん」


「ちょっと、アリシア。なんかおかしいって」


「アリシアお姉ちゃん」


 なんで今日はこんなに意固地なんだよ!


「あ、アリシアおねえちゃん……いったんはなして……」


「はい! お姉ちゃんが下ろしてあげますね~」


 なんだったんだ本当に。

 俺がアリシアから解放されると、ソラとシルビアもこちらへ近づいてきた。

 ようやく助けにきてくれたか。


「の、のう……主様。シルビア姉様と呼んでみぬか?」


「おまえもかよ……」


 おかしくなったシルビアに呆れていると、ソラが俺を背に乗せた。

 いつもより広いな。途中で止まってしまったけど、一応小さくはなっているしな。


「ソラどうした……のお!!?」


 ソラが疾走した。

 せめて、もっと合図みたいなのくれないかなあ!?

 なんとかしがみつけたけど、下手したら落ちてただろ。

 いや、ソラのことだからそれはないんだろうけど。怖いものは怖い。


「ああ! ずるいですソラ様! アキトくんはお姉ちゃんである私が!」


 なんだアキトくんって、やけに距離が縮まったものだな。別にいいけど……

 よくわからないまま、ソラとアリシアの追いかけっこが始まった。

 まあ、これはこれで楽しいからいいかと、俺はソラのいつもより広い背中を堪能した。


    ◇


「まさか、こどもになっているとはな……」


 小さくする違いだ。そりゃミーナさんも失敗作扱いするわけだな。

 ルピナスが魔法で作ってくれた鏡を見て、ようやく俺は自分の状況を把握した。

 ルピナス本当に頼りになる。


「どうすんのさこれ。いつもどるの?」


 というか失敗作って言ってたけど、これはこれですごい魔導具だろ。

 アリシアの欲望を満たすために簡単にあげてよかったのか?


「……お姉ちゃんと甘えて一緒に寝れば治ります」


「馬鹿言ってんじゃないわよあんたは!!」


 おお、無防備な頭に女神様の拳がフルスイングされた。

 女神も聖女も、最後は拳一つで戦うのがこの世界の常識なんだろうか。


「めがみさま。おれもとにもどらないんですけど」


「ごめん……ほんっと! ごめん。うちの馬鹿が」


「ずるいですよ! アキトくんのお姉ちゃんは私なんですから……いひゃいです!」


 アリシアの言葉を物理的にさえぎる女神様。

 助かります。

 もう常識が残っているのは、ルピナスしかいなかったんです。


「あんたたち今日一日アキトへの接近禁止」


「ひょんな……」


「妾もか!?」


「黙りなさいショタコン。あとそこの狼。関係なさそうな顔してるけど、今日は一緒に寝るのも禁止だからね」


 あ、ソラも抗議してる。

 よかった。頼りになる女神様で。


「それ私が預かるから貸しなさい」


「……」


「貸しなさい!」


「ふええ……」


 若返りの腕輪は女神様に取り上げられてしまった。

 アリシアのささやかな抵抗は、女神様のピンチ力の前では無力だったようだ。


「ごめんね。本当に……耐えられなくなったらいつでも言いなさい。リティアと交換するから」


 いや、そんな各方面に迷惑かけるほどは困ってない。

 それより、俺いつ治るんだ?


「おれ、どうやったらもとにもどるんですか?」


「幸いこの魔力量なら明日になったら戻ってるはずよ」


 腕輪を見ながら教えてくれた言葉にほっとした。

 よかった。このままの姿で数カ月とかだったらさすがに困るからな。


「あ、それと……」


「ん? まだなにかあるの?」


「めがみさまって、ちからがもどらないげんいんにこころあたりはないですか?」


「ないわ」


 即答された。まあしょうがないか。最初に聞いてたことだし、疑うような発言をしたら癇に障るだろう。


「すみません。まえもききましたね」


「ええ……別にいいわ」


 さてと、明日には戻れることもわかったし、せっかくだからこの姿でソラに乗って楽しもう。


「ソラおいで。ちょっとそのへんはしろう」


「ああ……ずるい」


 もしかして体だけじゃなくて性格も若返ったか?

 なんだか、いつも以上にソラの背に乗ることにわくわくしている。

 俺は、やけにはりきるソラの背に乗り森の中を目指すと、女神様の声が聞こえてきた。


「ごめんね。本当に……」

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