第109話 この世界における宝物殿

 ノックをするが返事はない。

 入っていいんだよな? ドアを開こうとすると鍵はかかっていなかった。


「失礼しま~す」


「誰が入っていいと言った! 女のくせに……?」


「ご、ごめん。返事がなかったから」


 入室と同時に怒鳴られた。

 いや、俺を女と勘違いして怒鳴ったっぽいな。

 途中から俺の姿を認識して、怒鳴り声が小さくなっていったし。


「いや、こっちこそ悪かった。女が勝手に入ってきたと勘違いした」


 そして、頭を下げて謝罪された。

 背丈や年齢は俺と同じくらいの金髪の男だ。

 高そうな服を着ているので、貴族を思わせる。


「きみもあの嫌な女に管理するとか言われて捕まったの?」


「突然のことで大変だっただろう。だが、安心してくれ。少なくともここにいる限り危険はない」


「ここは女どもは滅多に入れないようになってるからな。管理というのが不愉快だが、少なくとも安全ではある」


 なんだか、歓迎してくれているみたいだ。思っていたよりも好意的だぞ。

 やっぱり、アルドルみたいに話してみたらわかる相手なのかもしれないな。


「えっと、俺は日比野秋人。新しくここに住むことになったわけじゃなくて、フィルさんに頼んでちょっと話をしにきたんだ」


「フィルさん? 誰だそれ。そんなやついたか?」


「え~と……僕たちを管理してる女はたしか……メ……メイとかいう名前だったよね?」


「フィルさんはそのルメイの姉で、今のこの国の代表だね」


「ああ、そういえば一度見たことがある。あの根暗っぽい女だ」


 あんまりな言われようだが、あの頃のフィルさんたしかに暗かったからな。

 それにしてもフィルさんのことを知らないあたり、本当にここは城の者さえ立ち入らないんだな。


「つまり、わざわざ別の場所からここまできたのか? 変なやつだなお前」


「移動中大変じゃなかった? あいつら僕たちが歩いてるだけで、わらわらと集ってくるし」


「そんな危険なことしてまで、なんでわざわざここに?」


 一つわかったことがある。

 俺のことは悪く思っていないみたいだけど、この人たちは女の人を思い出すだけでも不快そうだ。

 自分が上だから傲慢というか、女の人そのものを嫌悪しているように感じる。


「俺この世界の人間じゃないみたいなんだけど、同じような人から話を聞きたくて」


「ああ、なるほどな。お前も拉致された被害者だったか」


「それなら、ほらそこのおっさんがそうだよ」


「あはは、おじさんか~。君たちは若いからね」


 そう言って指差された方には、たしかにこの場では珍しい大人の男性がいた。

 というか、もしかして……日本人?


「秋人くんって言ったね。はじめまして、私は一条和之。君と同じく日本からこの世界に迷い込んだ者さ」


「一条さん。やっぱり日本の方だったんですね」


「ああ、もう私だけが生き残りさ」


 昔を懐かしむような、それでいてわずかに悲しそうな表情をする一条さん。

 ……なんか、いろいろ大変なことがあったようだな。


「あの……他には似たような境遇の人はいませんか?」


「アキト。悪いけど俺たちは、お前やカズユキのおっさんとは境遇が違う。別の世界なんて、いまだに信じられないくらいだからな」


「でも同じ男のよしみで話くらい聞くよ?」


 やはり、根はいい人たちばかりなのでは?

 今会ったばかりの俺に親身になって話を聞いてくれるなんて、元の世界でもいい人に分類されると思うぞ。


「それじゃあ、元の世界への帰り方……知りませんか?」


 女神様に頼る以外にも何か方法はないか。

 あるいは、女神様の力を取り戻す方法を知らないか。

 どちらかの情報でも得られないかと聞いてみた。


「やっぱり、そうなるよねえ……」


 しかし、一条さんは困ったように笑う。


「私たちもそれを探そうとした。だけど、みんなすぐに諦めてしまったんだよ」


「見つからなかったんですか? 帰り方が」


 女神様に会えなかったということか?


「探している途中で、怖くなってしまったんだ。日本人の君ならわかるだろ? この世界がいかに危険か」


 たしかに、竜とか魔獣とかやばい生き物は多いよな。


「私もまだ君より幼かったから、物語のような世界での生活にわくわくしたよ。でも、巨大な蛇の化け物に仲間が食べられるのを見て、私たちは怖くて動くことさえできなくなった」


 それはそうだよな。

 そんな生き物俺たちの住んでいた場所で出会うことなんてなかったし、怖くて動けなくなるのは普通のことだ。

 誰だって危険な目になんて遭いたくない。


「そこを助けてくれたのが、この国の勇者と呼ばれる女性たちだった。私たちは勇者に保護されて、この国で暮らすことになった」


 それじゃあ、もしかしてこの世界にきてすぐにここで暮らすことになって、外の世界を見ていないってことか?

 なんだか、俺と同じような境遇だな。


「初めは城の外で、町の中で暮らす者もいた。だけど、女性たちは男を巡って争うようになってね。もちろん、そんなことはしない善良な者もいるけど、それ以外の者たちの争いはどんどん広がっていった」


 アリシアたちの危惧していたことか。


「そこでみんな気づいたのさ。ああ、この世界は人間でさえ私たちとは違うってね。日本にだって危険な人はいたよ? でも、この世界は、剣か魔法で誰もが他人を害することができるんだ。怖いだろ?」


 一条さんは目の前で争いに巻き込まれたことが、トラウマになったんだろう。

 みんながみんな危険というわけじゃないと言いたいが、この人にそれを言うのも酷だろう。


「幸いなことに強気な態度であれば、少なくとも表立っては争わないでいてくれる。だから、傲慢とも思える態度で接するようにもしたけど、もう疲れた」


 同じような境遇だなんてとんでもなかった。

 俺はずいぶんと恵まれていたことを実感する。

 ソラが、アリシアが、シルビアが、ルピナスが、そんな殺伐とした争いを日常的に行っていたら……

 とても耐えられる気がしない。


「私たちがいると余計な争いを生むだけだから、最後はこの部屋に引きこもるような暮らしを選んだんだよ」


「わかんねえよな。女を見たくないってのは同感だけど、そんなくだらない争い気にすることねえじゃん」


「そうそう。不快ならそう伝えて消えてもらえばいいのに」


「あはは、そう強くはないんだよ。別の世界で育った私たちはね」


 一条さんは、女性を嫌ってるってわけではない。

 だけど、争いの火種になるから極力関わらないことを選んだのか。


「それから、時が経ちみんな先に逝ってしまったよ。年が離れていた私一人だけが今も生き残ってしまっているのさ」


「一条さんは、元の世界へ帰ろうとは思わないんですか?」


 ここで寿命を待つだけというのも、あまりにも辛いのではないだろうか。


「しかたないな。平和ボケした私たちにこの世界は危険すぎる。君にとってもそうじゃないのかい?」


 ……俺けっこう危ない目にあってるよな。

 それでも、一条さんみたいな考えにならないのは、俺も守ってくれる人たちのおかげだろうか。


「それなら、俺が帰れるようになったときに、一緒に日本に帰りませんか?」


「どういうことだい? まさか、君は帰り方を見つけたのかい?」


「はい。女神様が力を取り戻せば帰れるって言ってたので」


「女神様……? それ、本当に信じて大丈夫かな。なんか怪しい女性に騙されていないだろうね?」


 心配されてしまった。

 まあたしかに、いきなり神様が助けてくれるというのも信じられない話か。


「大丈夫だと思いますよ。だって、これくらいだけでしたけど、日本につながる門を開いてくれましたから」


 俺は指で輪っかを作って、あのとき見た光景を説明した。


「……それって、私たちがこの世界に迷い込んだときにくぐってしまった歪みのことかい?」


 なにそれ知らない。

 一条さんたちも、寝てる間にこの世界に来たんじゃないのか?


「いや、俺は寝ていたけど、目が覚めたらこの世界にいたので」


「私たちと状況が違う……? それに、その門って私たちがこの世界にくることになった原因なんじゃ……」


 一条さんは、小声でつぶやくようにして考え込んでしまった。

 しかし、なんで俺と一条さんでこの世界にきた方法が違うんだろう。

 ……まさか、俺が夢遊病で勝手にここにきたわけじゃないよな?


「秋人君。その女神って本当に安全なのかな?」


「安全っていうか、苦労人っぽいですよ? なんか、いつも聖女に振り回されて大変そうですし」


 なんだか、女神様が悪印象になりそうだったので、少しおどけてそう言ってみた。

 すると、一条さんではなく、別の男の人が驚いた様子で尋ねてくる。


「おい、聖女って……アキト。お前まさか女なんかと一緒に行動してるのか?」


「え? まあ、男の友達一人しかいないし、それも最近できたばかりだから、周りには女の人たちばかりだね」


 違うんだ。決してそんなハーレムがどうとかは考えていないんだ。


「信じらんねえ……よくそれで平気だな」


「ねえ、アキトくん。あまり女を信用しすぎないほうがいいよ。あいつら、その気になったら平気で襲ってくる危ないやつらなんだから」


「いや、俺の仲間はそんな人たちじゃないから大丈夫だよ」


 このままでは、喧嘩腰になってしまいそうだ。

 俺は口早に話題を終わらせることにした。

 そんな俺に、彼らは気を悪くした様子もなかった。


「聞きたいことは聞けたので帰ります。一条さんもみんなもありがとうございました」


 彼らは彼らで、女性を嫌う原因になったなにかがあるのかもしれない。

 だけど、俺にとっては知り得ない話だし、それを俺の家族にまで当てはめられてしまうのは嫌だなあ……

 立ち去ろうとした俺に、一条さんが声をかけた。


「秋人君。女神様に聞いてみた方がいい。本当に力が取り戻せていないのか。だとしたらその原因に心当たりがないのか」


「はい。次に会ったときに聞いてみます」


 疑うみたいでなんか嫌だけど、一応そう言って部屋を出る。


    ◇


 部屋の外で待っていてくれたアリシアの顔を見ると、なんだか嫌な気持ちが納まってきた。


「どうしました? もしかして、いじわるされましたか? 今から聖女の力で鉄槌をくだしましょうか」


 それ多分鉄槌じゃなくて鉄拳だね。

 うん。落ち着いた。

 なので、今度は俺がアリシアを落ち着かせる。


「あ、あわわ……」


 頭をなでると、力こぶを作っていた腕がへにゃっと脱力する。

 これでこっちも落ち着いたな。


「かえろっか。俺たちの家に」


「そうですか? では、またこの中に入ってください」


 ……そうか、これがあったか。

 家までの移動を考えて、俺は再び嫌な気持ちになるのだった。

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