第108話 どう見ても誘拐の現行犯
「やっぱり、一度他の男の人とも話してみるべきだと思うんだ」
「う~……やめたほうがいいですよ……?」
アリシアが危惧しているのは、俺が他の男の人と同じように女性に傲慢な思想に染まらないかということだ。
だけどアルドルみたいに、話してみると意外と打ち解けられる可能性もある気がしてきた。
特に、俺と同じようにこの世界に迷い込んだ人の話は聞いておきたい。
「この森に住んでる人たちはソラ様に逆らおうなんて考えませんが、外の世界ではソラ様を知らない者ばかりなんですよ? アキト様にちょっかいを、いえ下手したら危害を加える者だっているんですよ?」
俺の名を騙った詐欺だってあったくらいだしな。
金儲けに利用するどころか、誘拐されるってことも考えられる。
だけど、他の男の人たちにこの森まで来てもらうっていうのも無理だろう。
やはり軽率な思い付きだったか……
「誰のものでもない宝が道に落ちとったら、そら奪い合うじゃろう」
宝ってのは大げさだけど、なんとなくわかった。
「じゃあ、シルビアの物のふりをすれば……」
「竜の姿で人の国に行くと、ビューラたちの迷惑になりそうじゃな。かと言って、人の姿で主様が妾の物なんて言ったとしても、妾より自分の物になれといちいちメスどもが絡んできて面倒じゃぞ?」
「じゃあ、アリシアは?」
「ええと、大変ありがたい話ですが、一応これでも元聖女なのでリティアに迷惑をかけそうですね」
男一人連れて歩くだけで本当に面倒なんだな。
所有権とか国で管理とか、本当に希少な資源みたいだ。
いっそのこと、ソラと散歩しながら堂々と歩いてやろうか。
まあ、無理なんだけどね。ソラはソラで、この森から出て行きたくないみたいだし。
「……しかたありません。非常に窮屈なことになってもいいのであれば、私がなんとかしましょう」
あまり乗り気ではないのだろう。
アリシアにしては、いつもの明るさが失ったような声で提案された。
「えと……迷惑かけるかもしれないけど、できればお願いしたいかな」
「わかりました。少々お待ちください」
◇
暗い。狭い。そして暑い。
閉所恐怖症じゃなくてよかった。
そう思えるほどの狭い空間に俺はいる。
「おや、聖女様。ずいぶんと大きな荷物ですね」
外からの会話も、かろうじて聞こえることができる。
俺は大きなリュックに詰められ、アリシアに運ばれている最中だ。
「は、はい! 急いでいるので失礼します!」
「あの……一応中身を確認させてもらえないでしょうか?」
ほら、やっぱりあるじゃん! 荷物の検査!
私は信用されているので、そのまま通してくれますって自信満々だったのに!
「いえっ! 日に当てるとだめになってしまうので、どうかおかまいなく!」
「し、しかし、確認しないというわけには」
「ちょっと、やめときなさい。アリシア様なら大丈夫だから……変に暴れられたら大変よ?」
「そ、それでは私はこれで!」
せめてその挙動不審な様子は、もうちょいなんとかならないだろうか。
「やりましたよアキト様……見事に騙せました」
あ、それでも演技してるつもりだったんだね。
途中からひそひそと話していた人たちの会話からは、面倒ごとに関わりたくないって意思が伝わったぞ。
まあ、アリシアが信用されているから、簡単に通れたっていうのも本当なんだろうけどね。
「本当にそれで来たのかアリシア……」
「あ、ルビーさん。どうもお久しぶりです」
「ああ、一応確認するが本当にその中にアキト様が?」
「ええ、内緒ですよ?」
ルビーさんに会えたということは、いよいよ城が近いということか。
それにしても、ルビーさんの声が呆れているな。
アリシアの案はやはりどうにも非常識だったようだ。
「……そんな扱いでもここに来たがるアキト様もアキト様だな」
「ふふん、そんじょそこらの男の人とは違うんですよアキト様は。」
なんか、俺もたいがいおかしかったらしい。
味方のはずのアリシアがフォローすればするほど、俺のほうが非常識なんだなとわかる。
「まあいい。これ以上窮屈な思いをさせるわけにもいくまい。すぐに城内を案内しよう……」
諦めが混じったルビーさんの声だけが、リュックの中に届いてきた。
なんかもう完全に手に負えないような扱いだな。俺もアリシアも。
◇
「さあ、出てきていいですよ」
「ふう……ありがとうアリシア。助かったよ」
ようやく狭いリュックの中から解放された。
帰りもあれの中かと思うと今から気が重くなるが、今は忘れることにしよう。
「ほ、本当にそんな運び方してきたんですね……」
「あ、こんにちはフィルさん。お邪魔してます?」
なんかすごく立派な建物の中だな。
これがフィルさんたちの城なのか。
「あの~……町の者たちが、アリシアさんがまた変なことしていると噂してますので、なるべく目立たないようにしていただきたいのですが……」
「あれ? でも、誰も話しかけてきませんでしたよ?」
「いや、関わりたくなかっただけだと思うぞ……」
納得いかない様子のアリシアだが、そのおかげで俺はこうして城まで来ることができたわけだし、何も言わないでおこう。
周りを見てみると、これだけ広いのにフィルさんとルビーさんしかいない。
どうやら、事前に人払いはすませてくれているみたいだな。
「話はお聞きしましたが、本当にこの国で管理している男性に会いたいのですか?」
「うん。中には俺みたいな別の世界からきた人もいるんでしょ?」
いまだにここにいるってことは、その人が帰る方法を知ってるとも思えないけど、話を聞くぐらいはしておきたい。
それに、元は俺と同じ世界の男だというのなら、女性にたいして傲慢だというのもいまいち理由がわからない。
ルメイさんがけっこうキツい性格だったから、ただ反発してただけとかじゃないんだろうか。
「そうですか……それでは、部屋に案内します。ですが、その……アリシアさんを入れるわけには」
「ええ、私もここにいたことがありますからわかっています。アキト様、私は部屋の外で待っていますね?」
意外だな。アリシアならてっきり俺を一人にすると危険だというかと思ったのに。
男の人に会うほうが、女の人たちの前に出るよりも危険ではないということか。
フィルさんの後ろをついていく。
城の中の他の部屋からは特に離れた場所。
悪く言ってしまえば、まるで隔離されているかのような塔。
そこに男たちは住んでいるらしい。
「私が入ると機嫌を損ねてしまうと思います。ですので申し訳ありませんが、アキトさんお一人でお願いします」
「わかった。案内ありがとうね」
さて、どんな人たちがいるのだろうか。
厳かな、そして堅牢そうな扉だ。
頑丈と考えればいいのか、逃がさないためと考えればいいのか。
少し不安な気持ちを抱きながらも、俺はその扉を開けて中へと進んだ。
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