第106話 精霊たちの出汁が沁みる露天風呂

「私もアキト様の愛の巣に住むんです」


「やかましい。アキトに迷惑だろうが、さっさと帰るぞ」


「あはは、お邪魔しました~」


 ラピスを引きずりながら、アルドルとギアさんが群れとともに森を去っていく。


「いいですねギアは。アルドル様と一緒にいられるので、私だって愛するアキト様と……」


「な、なにを言ってるんですかね~!」


 もう完全に竜版のアリシアだなあれは。

 なんか俺のいないところで仲良くなってたし、変態同士気が合うんだろう。

 アリシアを眺めながらそう結論を出す。

 すると、こちらの視線に気がついたらしい。


「? ……なるほど、つまり私の体を好き放題したいんですね。いつでもどうぞ」


「いざ、そのときになったらヘタレるくせにのう」


 まあ、この程度なら実害はないし平和なものだ。

 シルビアやテルラに別れの挨拶をすませたビューラさんも、アルドルたちから少し遅れて飛び立つ。


「シルビア様。アルドルの言葉など気にすることはありません。自分の気持ちに素直になってください」


「お主、そんなこと言うやつじゃったっけ!?」


 もしかして、竜の王って一番の苦労人がなる役割なんだろうか。

 あの癖のある面々をよくまとめていたものだなあと、シルビアに同情と感心をする。


「あ、主様……?」


 そして気づくとシルビアの頭をなでていたらしい。

 嫌がってないし、このままもう少し続けておこう。


    ◇


「すごいなアキトのやつ。シルビアみたいなババア相手に、よくあんなことができる」


「やはり、シルビア様よりも若い私がお相手をするべきかと」


「お前だってアキトよりも何百歳も年上だろうが」


 頭をなでられ顔を赤らめるシルビア様。

 そうです。そうやってもっと素直になってください。

 ライバルは強敵なのですから、女王だったときのように自分を殺してはいけませんよ。


 しかし、本当に幸せそうですね。

 きっと私たちの国にいたら、あんなシルビア様は見られなかったでしょう。

 主様には……いえ、神狼様やアリシア様にも感謝しなければいけませんね。


「ビューラも、あの森に住みたかったんじゃないの~?」


「そうですねえ……アルドル様がもう少し王にふさわしくなるまでは、私が代理として女王を務めます」


「私は女王ではないので、今すぐにでも引き返してあの森に残りたいのですが」


「だめです。我慢してくださいラピス」


 制御できますかねえ……?

 困ったら主様に聞くことにしましょう。

 どうやってアリシア様を制御しているのでしょうか。


 さて、国にはもう少しで到着します。

 私も少しは女王代理として国をまとめて、周辺国家とも少しずつ関係を修復しないといけませんね。

 やることは色々ありますが、国内の憂いも消えたのできっとなんとかなるでしょう。


    ◇


「本当に入るの?」


「約束ダカラナ! ミーチャンモイルカラ、イツモヨリイイオ湯ニ浸カレルゾ!」


「ああもう! こんなところで裸になっちゃいけません!」


 温泉に向かう途中で衣服を脱いだヒナタを叱る。

 だけど、ヒナタの言うとおりミズキがいることで、うちの温泉が完全なものになるかもしれない。

 ひそかに楽しみだ。


「私ト一緒ニ入浴デキルナンテ、光栄ニ思ウトイイデスワ」


 ミズキのことはまだよくわからない。

 てっきり一緒に温泉なんてお断りだと言われると思ったんだけど、そんなことよりも温泉に入れるのが嬉しいというだけだろうか?


「私ハアキトニ体ヲ洗ッテモラウ……」


 う~ん……まあいいか。

 チサトはチサトでテルラと協力して、ラピスの防御を貫くのに貢献してたらしいし。

 ねぎらってあげるくらい、問題ないだろう。


「ワ~イ、私モ私モ」


 フウカはたぶん無理だぞ。すり抜ける。


「わ~い」


 待て。

 なんで精霊に混ざって行動しているんだアリシア。


「アリシアとは一緒に入れないからね」


「ええ!? どうしてですか! 私が小さい女の子じゃないからですか!」


 その言い方は勘違いを招くからやめろ。

 とにかく、アリシアは温泉に入らないように説得した。

 途中で顔を赤くしていたし、多分なけなしの羞恥心が働いてくれたんだろう。


「アキト~!」


 俺の周囲を浮かぶフウカ。

 俺の隣を歩くチサト。

 いち早く飛び込むヒナタ。

 なんだか、疲れがとれるどころか逆に疲れそうだな……


 ソラをなでることで精神の疲弊を回復する。

 しかし相変わらず温泉にくると、かちこちに固まってしまうなこの子。

 やっぱり犬ってお風呂が苦手なのか。


「ヒーチャンガ作ッタダケアッテ、ナカナカイイ温泉デスワネ」


 ミズキはお湯にふれて水質を確かめているようだ。


「デスガ、コノ私ノ力ヲモッテスレバ、サラニスバラシイ温泉ニシテアゲラレマスワ!」


「ホラ! ミーチャンハスゴインダゾ!」


 自分のことのように自慢げなヒナタ。

 この子本当に仲間のこと好きだよな。


 ミズキが湯の中で直立する。

 目を閉じながら祈るように魔力を操作しているらしい。

 なんだかチサトが土に魔力を込めたときを思い出す。

 ……でも、正直言って俺にはよくわからないな。


「なあミズキ。これって本当に水質がよくなってるのか?」


「当タリ前デスワ! 私ノ力デ疲レガ取レルシ、病気モ治ルシ、怪我ダッテ治ル温泉ニナリマシテヨ!」


 怒った声のミズキだが、悪いけど本当にわからないんだ。

 でも、水の精霊が言っているんだし間違いないんだろうな。

 下を向いてお湯を見ていたが、謝罪のためにミズキのほうを向く。


「ごめん、ミズ……キ……」


 そこには、裸の女性がいた。


「な、なんで!?」


 すぐに目を背けるが、色々と見てしまった……

 ミズキに似ていた。ミズキのお姉さん?

 いや、そんな人さっきまでいなかったし……

 精霊だから、水のある場所にはいつでも現れることができるから?

 じゃあミズキはどこにいった?

 綺麗な水のような体だったし、髪の色や顔立ちはミズキそっくりだったな。

 じゃあ、あれはミズキ?

 なんかでかかったぞ……


 だめだ。頭の中が混乱している。


「ドウシタンデスノ? 急ニ変ナ方ヲ向イテ」


「み、ミズキなのか?」


「何ヲ言ッテマスノ? 私以外ノ誰ニ見エマシテ?」


 いや、お前以外の誰かにしか見えないんだってば。


「なんか、さっきより大きくなってない?」


「アア、ソノコトデスノ。温泉ノ水ヲイイモノニ変エテ浸カッタカラ、身体ガ大キクナッタダケデスワ」


 知らない。

 そんなシステムだったなんて聞いてない。

 さっきまでの少女の姿ではなく大人の女性の姿なので、俺はミズキを直視できなくなった。


「ナンデ顔ヲ背ケテマスノ?」


「いや、ちょっと……その姿のミズキと一緒には入れない」


「ナ、ナンデデスノ!? 私ガ嫌イニナリマシタノ!?」


 こっちに来ようとするな。

 まずい、さっさと温泉から上がろう。


「ヨクワカンナイケド、アキトハミーチャンガバインバインニナッタカラ駄目ミタイダゾ」


「エエ……サッキマデハ私ノコトヲ見テイタノニ、ヨクワカリマセンワ……」


 それはこっちのセリフだ。精霊の感性よくわからない……

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