第105話 オスたちの子供心を見守る少年愛好家

「な、なんだあれは……」


「私たちの小競り合いなんて、この森では取るに足らないってことです」


 突如現れた怪物が、俺のブレスをあっさりと消滅させた。

 軽く吠えただけだ。魔力もろくに込めていない。

 それどころか、必要以上に被害を出さないためか、極力魔力を抑えていた。

 それなのに俺の攻撃をいともたやすく消滅させてしまった。


 勝てない……

 シルビアに劣るのは認めよう。

 ビューラにも悔しいが一人で勝つことはできないとわかった。

 それでも、いずれは俺が倒せるまで強くなってみせるつもりだ。


 だが、この化け物には一生をかけても勝てる気がしない……

 そうか、取るに足らない小競り合いか。

 この森にとっては、その程度なのか。

 俺たちの存在は……


 化け物に気を取られ、戦意も失ったところに、ビューラの攻撃が直撃する。

 そうか、俺はその程度だったか。


「あ、アルドル様!」


 墜落した俺の近くにあの化け物がいる……

 多分殺される。恐ろしい。

 死ぬことよりも、この化け物の怒りを買ったであろうことが恐ろしい。

 俺はこんなにも弱かったのか。


「ああ、みんなありがとうね」


 そんな緊迫した空気の中、能天気な声が聞こえてきた。

 あのオスだ。俺の邪魔をしたらしいよくわからない人間のオス。

 あまりにも場にそぐわない声だったので、つい声の方を見てみる。

 そいつは、おかしなことになっていた。


 風と火と水が障壁のように身を守り、魔力による障壁までもが周囲に展開している。

 なんだその堅牢さは、もはや檻じゃないか。


「ドウダ、オレスゴカッタダロ」


「私モアキト守ッタヨ」


「私ニ守ラレルナンテ、感謝シテホシイデスワ」


「私も私も! ちゃんとお守りしたので、精霊さんたちと一緒に温泉に入ってください!」


 精霊が三匹と……人間のメスかあれは?

 森の王らしき化け物ほどではないが、こいつはこいつでなんてでたらめな魔力だ。

 それにしても、やけに懐かれているな……


「ああ、みんなありがとう。あとアリシアどさくさに紛れて変なこと言わない」


「変じゃありません! 私は本気です!」


「本当に混浴したらまた鼻血出すじゃろ、お主は……」


 ふと、覚えのある声が聞こえてきた。


「シルビア……」


「うむ、久しぶりじゃなアルドルよ」


「はっ……以前とは随分変わったじゃないか、俺に媚びるだけのくだらんメスだったお前が」


 一瞬本当にシルビアかわからなかった。

 それほどまでに、俺の知っているシルビアとは別ものだ。

 初めからお前がそうだったら……竜族はもっと繁栄できたのだ。


「まあ、お主らを甘やかしすぎたと叱られたからのう。アルドル、ギア、ラピス、ビューラ、すまん。妾が間違っておった」


「今さら貴様の謝罪などどうでもいい。俺は負けた。ならばもはや俺に王の資格などあるまい。ビューラ、お前が国を統治するがいい」


 なんとも惨めなものだ。

 三人がかりで挑んだ戦いは、終始ビューラ一人を攻めきれなかった。

 あの引きこもりのメスと精霊と人間という加勢もあるにはあったが、その程度で負けるほど弱かったんだ俺は。


「とりあえず、丸く収まったってことでいいのかな? それなら、アリシアにみんなを治療してもらいたいんだけど、お願いできる?」


「はい。竜たちに拳骨できなかったので、魔力は有り余ってますよ」


 なんかこの人間怖い。

 だが、その実力は確かなもののようで俺たちは瞬く間に傷が癒えた。

 まるで、戦いなどなかったかのようで、やはり取るに足らない戦いだったのだろう。


「ラピスさんも大丈夫? 一番大怪我していたけど」


「い、いえ。問題ありません……あの、ありがとうございました」


「そんな石みたいな堅物なやつ、気にすることないよ。それにこいつ図々しく主様に惚れてるよ!」


 相変わらずやかましいメスだ。

 だが、テルラの言うとおりラピスは、あの人間のオスに好意を抱いているようだ。

 テルラとラピスが争うと、シルビアに二人して叱られている。


 この人間はなぜラピスを守った。

 精霊や化け物が自分を守ると信じていたからか?

 だとしても、なぜラピスを守る必要がある。


「人間、お前はなぜラピスのために身を危険にさらした」


「そうじゃ! もっと言ってやれアルドル!」


「アキト様は、もっと自分の身を大事にしてください!」


「人間さん。危ないことしたらだめです」


 うるさい。

 お前らその人間の味方だろう。

 化け物含めてなぜ俺の味方についているんだ。


「いやあ……本当によくわからないけど、なんか気がついたら勝手に」


「意味が分からん。だいたい貴様ら人間にとって、俺たち竜など相容れぬ敵だろうが」


「え? いや、かっこいいじゃん竜」


 ……ほう。

 少しはわかっているじゃないか。


「主様は妾の姿大好きじゃからな!」


 何に対する対抗意識だそれは。

 いや、待て。シルビア、貴様媚びなくなったと思ったが違うな。

 媚びる相手がこの人間に変わっただけだ。

 そして、人間は人間でとくに嫌悪感がなさそうだな……


「おい人間」


「なにアルドルさん」


「アルドルでいい」


「じゃあ俺もアキトで」


 変に律儀だなこいつ。


「そうか、それよりもお前もしかして何千年も生きているのか?」


「え? いや、まだ十数年しか生きてないけど……」


「おい、ババア! そんな赤子同然の男になにをさかっている!!」


 俺たちでさえ、貴様にとっては子供のような年齢だろうが!

 産まれ落ちてたかだか十数年の赤子に手を出すとか、竜族が変態だと思われるだろうが。

 いや、待て。このババアだけじゃない。

 ラピスのやつもさっき……

 いかん。このままでは竜族が年下好きの変態種族だと思われる。


「アキトよ。竜族はこのババアやラピスのような者ばかりではないのだ」


「え? うん、よくわからないけど色んな属性があって、みんなそれぞれかっこいいよね」


 うむ。やはりこいつはよくわかっている。

 メスどもはついぞわからなかったが、竜とは強さや美しさの前にカッコよさが優れているのだ。


「アルドルも炎と氷とかなんか特別感あって、かっこいいよね」


「それがわかるか! なるほど、貴様は少し違うようだ!」


 多分こいつはいいやつだ。

 ならば、年下好きの危険な同族どもから俺が守ってやらねばな……


    ◇


 なんだ。傲慢で性格悪いって聞いてたから不安だったけど、けっこういい人じゃないか。

 アルドルもそうだが、ラピスもギアさんも敵対していたのが嘘のようだ。

 シルビアやビューラさん同様に人間の姿になった三人は、やはり美男美女といえる見た目だった。


「どうぞアキト様。竜がお好きだというのであれば、私の身体を思う存分味わってください」


 問題は、ラピスさんがテンションの高くないアリシアだったことだ。

 アルドルの流れ弾から守ったお礼として、この身を捧げますとか言われたけど、実際守ったのはソラたちだから、今からでも俺以外に身を捧げてほしい。


「やめろラピス。何歳年下のオスに発情しているんだ貴様は」


「愛に年齢は関係ありません。私はアキト様の物になります。長い間お世話になりました」


 まあ、アリシアに似てるってことは扱いかたにも慣れてるってことだ。

 とりあえずラピスの話は適当に聞き流しておこう。


「そういえばシルビアって、最初に会ったときは古竜って言ってたよね。竜とは何が違うの?」


「長く生きて強大な力を得た者が、古竜に変異するのじゃ。要するに主様の言うところの属性を扱える竜だと思ってくれたらわかりやすいかのう?」


 じゃあ、ビューラさんやアルドルが率いていた群れは、古竜じゃなくてただの竜なんだな。

 炎や氷やらでは攻撃している様子は見られなかったし。


「へえ、それじゃあ。アルドルも古竜なんだね」


「ああ、古竜になって力を得たから、ようやく竜のすごさを教えてやれると思ったんだ」


「二属性だもんなあ……」


「しかも相反する二属性だぞ。俺も十分強くなれたって思うだろう?」


「それはわかる」


 相反する複数属性とか、絶対ボスクラスの能力だしな。


「「ロマンだよな」」


「わからん……やはりメスにはたどり着けぬ領域なのか……」


 気にしないでくれ。

 少年心がくすぶられるというか、要はアホなだけなのだ。俺もアルドルも。

 シルビアは、最後まで俺たちの会話を理解できずに、不思議そうにしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る