第104話 トカゲたちのスカーミッシュ

「オ~ホッホッホ! ソノ程度ノ熱デ私ノ霧ヲ晴ラソウナンテ、甘スギマスワ!」


「このっ! たかだか意思を持った魔力風情が!」


 すごいな本当に。

 アルドルさんが、多分ブレスで熱やら火やらを吐こうとしているんだろうけど、さっきから不発に終わっている。

 ミズキの霧のせいで、向こうの熱による攻撃がすべて封殺されているようだ。


「あ、あの……あなたはいったい」


 ビューラさんが困惑して、ミズキに尋ねる。

 まあ無理もないよな。

 真剣勝負にいきなり、水でできたお嬢様が乱入してきたんだから。

 やけにテンション高いのは、フウカとヒナタの仲間だからだろうか。

 そうなると、チサトだけ特例で精霊ってみんなテンション高いのかなと思ってしまう。


「私ハミズキデスワ。イイデスコト? ミズキデスノヨ? イイ名前デショウ? 褒メテモイインデスノヨ?」


 あれっ、思いのほか気に入ってくれている?

 ヒナタの言葉が正しいのかもしれない。

 よくわかったな。長い付き合いだからこそ、本心がわかったということか。


「あ、はい。いい名前ですね……」


「フフン。アナタハソレナリニ良シ悪シガワカル竜ノヨウデスワネ。ソレニ霧ノ使イ方モ面白カッタデスワ。褒美ニソノ霧使ッテイイデスワヨ」


「っ! アルドル様! 魔力がどんどん奪われてる!」


 ミズキの発生させた霧を利用して、ビューラさんが再びアルドルさんたちの魔力を奪おうとしているようだ。

 ギアさんの焦った声で、アルドルさんも自分の状況を理解したらしい。

 ビューラさんに急接近して、冷気を込めた咆哮をブレスとして放出する。


「ヒナタ! あれ溶かせない!?」


「オウ、任セテオケ」


 氷の塊がいくらかビューラさんを傷つけたが、ヒナタがそれらを溶かしてしまう。

 ビューラさんには、溶けてしまい小さくなった氷の欠片だけが直撃していた。


「今度はなんだ! 火の精霊……それに人間のオスだと!?」


 あ、やばい。ばれた。

 一応隠れながらヒナタにお願いしていたんだけど、上空からは簡単に見つかってしまうよな。


「邪魔をするな!!」


 アルドルさんが急降下してくる。

 うわあ、すごい迫力だな。

 そしてこの位置からだと、アルドルさんを追って同じく急降下するビューラさんもよく見える。


「くそっ!!」


 ビューラさんが、ギリギリのところで体当たりしたおかげで、アルドルさんは地面へと激突した。

 ついでラピスさんとギアさんも、空中から地上へと降り立った。

 すごい壮観だな。見た目の異なる巨大な竜たちが、こんな近くで四人も。


「人間と精霊に助けを求めたのか! 竜の風上にも置けない卑しいメスめ!」


「どっちかと言うと断られたけど、俺が勝手にみんなにお願いしてるので、ビューラさんを責めないでもらえますか?」


「なにを能天気に会話しているんですか! 早く逃げてください!」


 それもそうだ。俺の勝手な行動でビューラさんが責められていたのでつい。


「もういい。ビューラも精霊も人間もまとめて凍らせてやる!」


 アルドルさんが大きく息を吸い込む。

 ここにいてもわずかな冷気を感じるから、きっとさっきよりも魔力を込めた氷のブレスの準備をしているんだろう。


「いけない!」


 ビューラさんも、蒸気のようなブレスでアルドルさんを攻撃する。


「させません」


 だけど、やっぱりラピスさんの堅牢な体が攻撃を防いでしまう。


「邪魔をしないでください!」


 ビューラさんのブレスはなおも続く。

 平然とした様子で受け止めるラピスさんだったが……あれ? 体にヒビが入ってないか?

 ラピスさんも想定外なのか、不思議そうに周囲をきょろきょろと見渡す。

 途中で俺と目が合ったので、俺のせいじゃありませんと手を振った。

 ビューラさんの攻撃がすごいから、防ぎきれないだけじゃないのか?


「なんで……?」


 亀裂が体中に走り、鎧のような外装が崩れる。

 ビューラさんのブレスの勢いを止めきれず、ラピスさんはついに吹き飛ばされた。


「バ~カ、バ~カ! 石竜なんて、私の下位互換なんだからね! ざまあみろラピス!」


 なんか、三下のような情けない言葉が聞こえてきた。

 振り返ると、そこには逃げるように立ち去る竜の巨体と、その上に乗っていたチサトらしき姿が……

 一応、姉を助けにきたってことでいいのかな? テルラ。


「あの引きこもりのメスまでだと!?」


「まったく、情けない姿を見せてしまいましたね」


 テルラの存在に驚くアルドルさん。

 ビューラさんは、その隙を逃すまいと接近し腕を振り上げた。

 固そうな爪が生えそろった腕が振り下ろされる。


 これで終わりかな?

 そう思いながら二人の様子を眺めていると、ビューラさんが頭をおさえて苦しみだした。


「だめですよ~。最後まで油断したら」


「なにをした……?」


 なにが起こったかわからないといった様子で、アルドルさんがギアさんに尋ねる。

 しかし、ギアさんは答える前にアルドルさんの手を引いて上空へと飛んでいった。


「お、おい……」


「ずいぶんと消耗していたので魔力の干渉がしやすかったですよ~? ちょっと私の魔力を流し込んであげたんです。他人の魔力なんて体に流れてきたら苦しいですよね~?」


「……陰険なやり方だな」


「ええ、テルラちゃんにもよく言われてましたから~。もうすぐで私の魔力が体に吸収されてしまいますね~。そうしたら、暴走しちゃうんじゃないですか~?」


 ああ、なるほど魔竜とか言ってたし、魔力の操作でビューラさんを苦しめているのか。

 納得できたので、俺は苦しむビューラさんへと歩み近づいていった。


「あれ~? 竜の暴走は敵味方無関係に大暴れしちゃうんですけど、そこの人間は死にたいんですか~?」


 え、やばいじゃん。さっさと治しちゃおう。


「に、逃げてください……」


「その前に、ちょっと魔力流してくれない? 時間がないかもしれないから急いでね」


 緊急ということで、ビューラさんには悪いけど勝手にさわらせてもらう。

 ああ、なんかぞわぞわした魔力が体を流れてきているな。

 勝手な印象だけど、多分この鳥肌が立つ方がギアさんの魔力だと思う。

 じゃあ、このままこれを体の外に出せば治るな。


「あ、あれ……痛みが……」


「な、なんですかあれ……ありえない……私の魔力だけを消したの?」


 二人の様子からして、多分うまくいったな。

 よかった。いつもと違う状況だから少し不安だったんだ。


「ちっ、いい加減凍りつくがいい!!」


「ちょ、ちょっと! そっちはラピスも!」


 上空からビューラさんに向けて、氷のブレスが放たれた。

 ビューラさんはすんでのところで回避に成功する。

 しかし、射線上にいたラピスさんは、いまだによろめいていて動けずにいる。


 あれ、やばくない?

 なんでラピスさんかばおうと走ってるんだろう。

 さすがに死ぬか大怪我するってわかるでしょ、こんなの。

 なんだか、自分の体が勝手に動いているように、俺はラピスさんを守るように前に立った。


「な、なにを……」


「なんか、あなたのこと守ることになったみたいだね」


 迫りくる極寒の空気と衝撃。

 だけど、そんな寒さをものともしない暖かそうな毛皮が目の前にいた。


「いやあ、なんかごめんね。さすがに無茶なことしたと思ってる」


 俺たちの前に立ったソラが吠える。

 それだけで、アルドルさんの攻撃はきれいにかき消されていった。

 きっと、あとで怒られそうだな。

 頼もしい愛犬に助けられた俺は、なんとか機嫌を直してもらえないか考えることにした。

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