第103話 霧の中のたくらみ

「アルドル様~。突出したらまた狙われますよ~」


「ちっ……ラピス、俺への攻撃はお前が受け止めろ」


「わかりました」


 厄介ですね。

 激情に駆られて攻めてくれたらよかったのですが、思いのほか冷静なようです。

 自分と相手の力の差を認めるだけの度量があるとは思いませんでした。


「さすがに女王の側近だっただけあってめんどくさいね~」


 ギアが魔力を込めた球体や光線をいくつもこちらへと飛ばし、アルドルは炎や氷のブレスで私を狙います。

 決して威力は高くないけどわずらわしいギアと、威力だけは高いアルドル。

 同時に相手をするとなると、二人が噛み合っていて非常にやりにくい。


「それは私には効かない」


 そして、こちらの攻撃をたやすく受け止めるラピス。

 今もまたこちらのブレスを平然とふせがれました。

 互いに決め手に欠ける状態ですが、やはり予想どおりわずかにこちらが劣っているようですね。

 ギアもそれがわかっているのか、余裕そうな表情でニヤニヤと笑って、こちらに深追いはしないよう立ち回っています。


「あれ~疲れてきちゃった~? さすが霧竜様、汗がこの辺を霧みたいに覆ってるわよ~」


 魔力は確実に減ってきていますね……

 幾度目かもわからない攻防を繰り返しますが、やはりあちらには通用しません。

 そして、反撃とばかりにギアが魔力を放出したとき、彼女は異変に気がつきました。


「あれっ……なんでこんなに?」


「なにをしている。休んでないで攻撃しろ」


「いや~、ちょっとおかしいですよ? なんだか魔力が消費した以上に減っています」


 もう少し気づかれずにいたかったのですが、さすがに魔力の扱いに関しては一流ですね。


「げっ……アルドル様、まずいですよ。この霧さっきから私たちの魔力を吸っています」


 ですが、すでに霧は広範囲に渡って展開が完了しました。

 気がついたところで、範囲外へと逃がすつもりはありません。


「さすがに三人を相手にするのは大変ですからね。このまま魔力が枯渇するまで粘らせてもらいますよ」


 気づかれてしまったからには、ばれないように霧を薄く発生させる必要もありません。

 私は視界を覆うほどの濃霧で周囲一帯を囲いました。


「くだらん真似を」


 霧に隠されたアルドルの苛立つ声だけが聞こえます。

 すみませんが、まともに相手をする気はないのです。

 このまま、魔力を奪いなにもできなくなったところを、落とさせてもらいます。


「するな!!」


 怒号とともに周囲の温度が急激に上昇した。

 そう思うのと、私の霧が晴れたのはほぼ同時でした。


「この程度の小細工で、俺たちを倒せると思ったか」


 当然ながら、三人はいまだ健在の様子です。

 まずいですね……

 ですが、これしか三人を相手取り勝つ方法はありません。


「無駄なことを」


 私は残った魔力を使い、再び濃霧を発生させますが、そのたびにアルドルの高温のブレスにより掻き消されます。

 甘く見ていました。

 厄介なのは、ギアとラピスのほうかとばかり思っていましたが、アルドルこそ私には相性の悪い相手だったようです。


「がんばるね~。でも、先にあんたのほうがばてちゃうんじゃない?」


 ギアには、こちらの魔力もアルドルの魔力も見えているのでしょう。

 彼女の言うとおり、このままでは先にこちらが力尽きます。

 ですが、これ以上どう戦えば……


「ギア、ラピス。ビューラが霧を出せなくなったら攻勢に出るぞ」


「は~い。それじゃあ、がんばってくださいね~」


 仲間たちの助力を待つ?

 無理ですね。互角のぶつかり合いをしているので、こちらを気にかけている余裕はありません。

 霧を出さずに、三人と戦う?

 悔しいですが、そんな力は私にはありません。この策だけが、唯一の勝機でした。


 ああ、負けるのですね。

 意地をはらずに姉様やテルラを頼るべきだったのでしょうか?

 いえ、二人は新しい場所で新しい生き方を見つけています。

 それなのに、私はいまだに同族同士でこんな争いをしているなんて、なんてくだらないのでしょう。


 霧の放出を諦める。

 これ以上、無駄に魔力を消費しても意味がありません。


「ちっ、いい加減しつこいぞ!」


 アルドルの苛立たしい声が聞こえます。

 なぜ? 私はもう霧を出していません。

 なぜ、彼はいまだに高熱のブレスで霧の対処をしているのでしょうか。


「アルドル様! それビューラの霧じゃない!」


「はあ!? こいつ以外の誰が、こんなことできるというんだ!」


 アルドルが私を睨みつけます。

 しかし、私にもわかりません。もう諦めたはずなのに、私のものと同等の性質の霧がいまも絶え間なく発生しています。


「ちっ、ならば何度でも消し去ってくれる」


 アルドルのブレスが霧を掻き消そうと放たれます。

 しかし、私のそれと違って霧はなおも健在でした。


「アラ、私ノ霧ハソノ程度ノ熱デハ晴レマセンワ」


 突然の聞き覚えのない声に、私だけでなくアルドルたちまで声の主を探ります。

 その姿はすぐに確認できました。

 そこには、アルドル以上に自己肯定感の溢れたような、水の身体をもつ少女が浮かんでいました。


「水の精霊……」


    ◇


 本当なら、ヒナタにこっそりとアルドルさんのブレスを消してもらおうと思っていた。

 しかし、それなら適任がいると紹介されたのは水の精霊。彼女は邪魔にならないようにと、ビューラさんが戦えるうちは静観を続けていたのだが……

 なるほど、これはたしかにすごいな。


「ホラナ? ミーチャンスゴイダロ?」


「うん、ビューラさんより魔力あるんだね。ミズキに限らず精霊のみんなは」


「ソウダヨ。私タチ竜ヨリスゴイデショ」


「本当にすごいな。フウカが暴れたときのほうが、森の被害すごかったもんね」


「ハ、恥ズカシイカラ言ワナイデヨ~」


 ヒナタに半ば無理やり連れてこられた水の精霊に、俺はミズキという名前をつけた。

 その名前をあまり気に入っていない様子だったが、及第点として名乗ってくれることとなり、しかたがないのでビューラさんの手助けもしてくれるとのことだった。

 だめだったか……俺にしてはまともな名前つけたと思ったんだけどなあ。


「もう少し名前の候補考えておけばよかったかな」


「ナンデダ? ミーチャン、アキトガツケタ名前モノスゴク気ニ入ッテタジャナイカ」


「ウン。アンナニ嬉シソウナミーチャン久シブリニ見タヨ?」


 え、喜んでたのか? あれで?

 ミズキと名付けたときのことを思い出す。


「ミズキ? マア、平凡ナ名前デスワネ。私ハ水ノ精霊デスノヨ? 私ニフサワシイ高貴ナ名前ヲツケルベキデショウ。デモ、仕方ガナイカラソノ名前ヲ使ッテ差シ上ゲマスワ」


「えっと……気に入らないなら無理に名乗る必要はないよ?」


「仕方ガナイカラソノ名前ヲ使ッテ差シ上ゲマスワ」


「あの……」


「コレカラハ、私ノコトハミズキト呼ビナサイ」


 うん、妥協しまくってるよね。これ。

 名前がないと不便だから、とりあえず仮の名として使ってくれているだけだろう。


「別の名前を今のうちに考えておくか……」


「ソンナコトシタラ、多分ミーチャン泣クゾ?」


 ええ……なんでだよ。

 なんだか、精霊がよくわからなくなりそうだ。

 泣かれると困るし、俺はこの件について考えるのをやめることにした。

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