第102話 空威張り空を舞う
「アルドル様! 戻りましょう! その先は本当に危険なんです!」
「黙れ、俺に意見するつもりか」
多少強さに覚えのある種族が、住みついているというだけだろう。
それも俺たち竜族よりは下等な種族にすぎない。
そんな場所に、なにをそこまで慎重になっている。
慎重ではなく臆病かつ怠惰なだけだ、こいつらは。
いつまでも竜王国の領土も広げず、禁域の森どころか他種族への侵略さえ一向に行わない。
ビューラもこいつらもただ臆病なだけだ。
「いつまで経ってもビューラはシルビアを連れて戻ってこない。ならば俺が直接出向いて、どちらが王にふさわしいか示してやる」
「え~、そんな面倒なことしないで放っておけばいいじゃないですか~。どうせ、あの森で死んじゃってますよ、王女もビューラも」
気安く話しかけてくるメスの眠そうな目からは、やる気を感じられなかった。
黒い鱗でわかりにくいが、目に隈を作っている姿は自堕落なこのメスを体現しているようだ。
多少使えるから許しているが、こいつも他の有象無象のメスとなんら変わらない。
「うるさいぞギア。ならば死体を回収して俺が王だと周囲に示すまでだ」
「変なところで律義なんだよね~。アルドル様は」
なおも気安い様子を変えることはないが、もはや諦めている。
これだから、メスどもは気に食わないんだ。
面白みのない者か言うことを聞かない者、そのどちらかしか存在しないのか。
「ラピス。ギアを黙らせろ」
「はい」
「ちょっと……」
面倒になったので、ギアと同じく側近として俺の付近を飛んでいたラピスに命じる。
文句を言いかけたギアの口に、尾を絡ませるとようやく静かになった。
最初からこうしておけばよかった。
ラピスは命令には忠実ではある分、ギアよりはましだが面白みがない。
他のメスのように媚びこそしないものの、命じたことをただこなすだけの最もつまらない者だ。
ああ、つまらん。
そうじゃないだろう。竜族というもののすばらしさは。
素晴らしい魔力だ。優秀な魔力操作だ。美しい姿だ。聞き飽きたわそんな世辞。
魔力の大小や技術しか判断せず、竜の姿の本質を何一つ理解できていない。
熱操作により炎と氷を扱えるようになった俺に対して、あろうことか素晴らしい戦闘の才能だと?
これだからメスどもも軟弱なオスどももだめなんだ。
「まあいい。その辺は俺が世界を支配してから変えてやる」
「アルドル様! 禁域の森の上空に入ります!」
だからどうした。この期に及んで引き返せとでも言うつもりか。
悲鳴に似た忠言を無視して、俺たちは禁域の森へ突入した。
そして、やはりありきたりなつまらない森であることを確信した。
「はんっ! なにが禁域の森だ。どうということのない平凡な森じゃないか」
◇
『こんなこと言ってますけど、あなたたちのその自信はどこからきてるのですか。脳みそが小さいからですか? やはり竜じゃなくてトカゲの間違いじゃないですか?』
「今回は妾のせいじゃないと思うんじゃが!」
おのれアルドル。
なぜ妾が神狼様にこんな嫌味を言われねばならんのじゃ。
『あなたが散々甘やかしてきたからなのでしょう? ほら、あなたのせいじゃないですか』
「うぬぬ……神狼様も主様を甘やかしておるじゃろうが」
『何を言っているのですか? 私がご主人様を甘やかしているのではなく、ご主人様が私を甘やかしてくれているのです。一緒にしないでください』
「それはそれで誇らしげに言うことなのじゃろうか……」
というか、過保護という点では神狼様に言われたくないんじゃが……
主様と一緒にいるときも離れているときも、常に動向を把握して周囲を警戒しとるくせに。
『だいたい心配して様子を探るくらいなら、格好つけて自分が関わってはいけないとか言わなければいいんです』
「ぐう……ビューラが自分でがんばりたそうじゃったから……」
そしてゆくゆくは、ビューラが竜王国を率いてくれたらなんて思ってしまう。
妾は元々そのつもりで安心して国を去ったというのに、アルドルのやつのせいでややこしいことになっておるんじゃ。
やはりアルドルのせいじゃな。うむ。
『ご主人様とあなたのために我慢していますが、本当ならすぐにでも全滅させているところです』
「それはすまぬが、妾というよりはほとんど主様のためでは?」
『ほんの少しでも、あなたのためと思っているだけでも感謝してほしいですね』
「それもそうじゃな。妾の種族が迷惑かける」
できるかぎり早く終わらせてくれ、ビューラ。
今はまだ大人しく静観してくれておるが、あまり長引くとこの神狼様も参戦しかねんぞ。
◇
「来ましたね」
大丈夫。向こうとこちらの群れは互角だから、数で押し負けるということはありません。
でもそれは、こちらが数に任せて勝つということもできないということ。
長引けば長引くほどに互いの戦力が消耗していき、最後に残るのは疲弊しきった竜王国だけ。
それだけは避けなければなりません。
「だから、私が一刻も早くあなたを倒さなければいけないんです。アルドル」
「先代の腰巾着風情が、俺を倒せるつもりか」
仲間たちにはアルドルとラピスとギアだけは、素通りさせるように伝えています。
それでも先に仲間たちを攻撃するか不安でしたが、傲慢なアルドルはやはり一直線に私を狙いにきました。
「感謝しろ。お前の思惑に乗ってやったんだからな」
「というか、下手にシルビア様出てきたら、私たちが止めないとこっちが壊滅するからね~」
「ふん。そもそも、そのシルビアを倒しにきたんだ。ビューラさっさとシルビアを出せ」
「シルビア様は戦いません」
「なに?」
アルドルが目に見えて機嫌を害した様子を見せます。
いったいどんな勝算があって、シルビア様に勝つと言っているのでしょうか……
「私があなたたちを倒して、これからの竜王国は私が率います」
「シルビアどころか、貴様が俺を倒すだと!? ふざけるな!」
アルドルは激昂し、こちらへ炎を吐き出しました。
あくまでも牽制でしょうが決して侮れない威力のそれを、私は水蒸気をまとった魔力で相殺します。
さすがに口だけではないですね。
これだけまともに戦えるオスなんて、アルドル以外にはいないでしょう。
「ですが、私もこれでもシルビア様に国を任された身です」
咆哮に乗せた魔力をさらに高めると、アルドルの火炎は徐々に押し負けて勢いが弱まっていきました。
アルドルに直撃する。その寸前で、分厚い岩を鎧のように纏ったラピスが立ちはだかります。
ラピスは平然とした様子で、私のブレスが止むまでその場から動きませんでした。
「やはり、あなたたちがいる分こちらが不利ですね……」
岩の鎧こそ多少崩れていますが、まるでダメージはありません。
アルドルごと相手をするのは荷が重いですね。
骨が折れそうな相手に、私は憂鬱な気持ちになりつつも対峙するのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます