第97話 航空艦隊みたいな竜の群れ

「シルビア、またテルラのところ行くのか?」


「うむ、主様も乗っていくか?」


「ああ、頼む」


 みんなに断ってから、俺はシルビアの背に乗り飛んでもらった。


「久しぶりじゃのう。こうして二人で飛ぶのも」


「そうだね。最近は鍛冶の真似事ばかりしてたから」


「今日はよかったのか? あの小さいドワーフに毎日続けるように言われてたじゃろ」


 俺だっていつも鉄を叩いたり、粘土をこねているわけじゃない。

 いや、最近では頻度が高かったことは認めるけど。

 それと、別に先生にかぎらず、ドワーフはみんな小さいんじゃないかな。


「まあ、息抜きというか。たまには空を飛んでみたくなって」


「ふふ、そうじゃろう。これは妾にしかできぬからのう」


 機嫌がよさそうに、シルビアは速度を上げてくれた。

 その気になれば、すぐにアルラウネたちの住処に到着するはずだ。

 だけど、彼女は俺のために、遠回りして楽しませてくれている。


「あ、ポーナの実だ」


「採っていくか?」


「そうだね。留守番してるみんなと、アルラウネ……は無理だから、テルラのお土産に」


 気兼ねなく収穫しているけど、本当は高級品なんだよね。

 いつでも収穫していいと言ってくれたソラに、あらためて感謝しないと。


「しかし、いくら食べても、主様はまったく変化がないのう」


 一口食べただけで、魔力が増加するらしいのにね。

 それも、過剰な供給で暴走するとかではなく、食べて増えた分の魔力も制御できるおまけつきだ。

 森に住む人たちが、毎日これを食べるだけでも、魔力の暴走はなくなる気がする。


「俺の世界は魔力がないから、魔力を溜める機能が体に備わってないんだろうね」


 そのおかげで、過剰な魔力を抜き取れるわけだけど。


「主様が来る前は、外の国の者たちがこの実を狙って森に入ってきたものじゃ」


 やっぱり、思ってる以上に価値が高い果物だ。

 ありがたくいただくように、心がけよう。


「俺が来る前ってことは、今はもうこれ目当てに来ないの?」


「神狼様の威圧感に耐えきれずに逃げていったからのう」


 ソラも昔はやんちゃだったんだよな。

 今では威圧感というか、癒ししか感じないけど。

 今日だって、ごろごろと寝転んで甘えてきたし。


「そういえば、主様には魔力がないから、神狼様の恐ろしい圧力も感じぬのじゃろうな」


 そう考えると、俺に魔力がなくてよかった。

 魔力があったら、今みたいにソラとじゃれることはできない。

 それに、抱きつかれでもしたら、死を覚悟して失神するかもしれない。


「俺、魔力がなくてよかったよ」


「神狼様が、また尻尾を振って喜びそうな言葉じゃの」


 呵呵と笑うシルビア。

 最初こそ怯えていたようだけど、今では俺から見ても仲の良い友人同士だな。


「主様、下がっておれ」


 空を見上げたシルビアは、真剣な表情で俺の前に出た。

 よくわからないまま、シルビアの指示に従うと、俺の目にもそれが見えてきた。


 大きい。

 シルビアやテルラのような、大きな竜。

 それも、群れと呼べるほどの数が、空を横断している。

 ――いや、きょろきょろと何かを探しているようだ。


 先頭の竜と目が合った気がする。

 すると、竜の群れは進路を変えて、こちらへと下降してきた。

 もしかして、狙いは俺たちなのか?


 大きな地響きと共に、竜たちが着地する。

 その振動か、あるいは竜そのものに驚いたのか、鳥の魔獣たちが羽ばたき逃げ去る。


「見つけましたよ、シルビア様」


「久しいのう、ビューラ」


 白い竜が代表して発言する。

 どうやら、シルビアとは知己のようだ。

 様をつけて呼んでいるため、女王時代の部下かなにかだろうか。


 だとしたら、こんな竜の群れを統率していたということか。

 今さらながら、竜の女王というシルビアの存在が、いかにすごいものか実感した。


「逃げましょう」


「なに?」


「一刻も早くこの森から逃げましょう。なんですか、この恐ろしい気配は」


 ごめん、多分それうちのわんこだ。

 シルビアの知り合いの竜が、この森にいたなんて聞いたことない。

 たぶん、遠くからこの森まで会いにきたんだろう。

 だから、ソラが警戒してくれたんだと思う。


「我々ですら、この森にいると生きた心地が全くしません」


「そうじゃろうな」


 シルビアは、ビューラさんの気持ちがよくわかるというように、楽しそうに笑った。


「シルビア様がいつまでも戻らないので、我々は森の新たな支配者として、君臨されているとばかり思っていました」


 まあ、実際に昔はソラに喧嘩売ったらしいからね。

 当たらずとも遠からずって感じだ。


「ですが、こんな恐ろしい相手に戦いを挑むなどありえませんね。それは勇敢を通り越して愚かで無謀ですから」


「妾、愚かで無謀じゃからな」


「まさか、戦ったのですか!?」


 冷静そうな表情が崩れて、ビューラさんは大声で驚いていた。


「喧嘩を売ったが土下座して命乞いをした。二度とあんなことせんぞ」


「当たり前じゃないですか! 命があっただけ幸いです。やはり、すぐに逃げましょう!」


 ビューラさんがシルビアの手を引く。

 しかし、動こうとしないシルビアを不審そうに見た。


「まさか、再戦しようなんて考えていませんよね? それにしても、せめて一度竜王国に戻ってから」


「いや、戦うつもりも、帰るつもりもない」


「……どういうことですか?」


「妾はすでにこの森の住人の一人じゃ。国は後継に任せたはず、しっかりと機能することも確認したからのう」


 シルビアが、この森に来たのは数百年前だったっけ。

 たしかに、それだけの期間女王不在で、まともに国が運営できるのなら、今さらシルビアを呼び戻す方がいざこざが起きるんじゃないだろうか。


「シルビア様が、我らの元を去って長い年月が経過しました。我が国で囲っていたオスたちが寿命を迎えるほどには……」


「そうか、あの者たちは死んだか……」


 そうつぶやくシルビアの表情は悲しそうだった。

 あまりいい扱いとは言えなかったみたいだけど、情のようなものはあったのだろう。


「じゃが、竜族のオスもおったはずじゃろう? 寿命が尽きたわけではあるまい」


「ええ、その竜のオスが問題なのです」


 当然だけど、竜にも男がいるのか。

 強そうだな。いや、多分かっこいいはず……見てみたい。


「現在の竜王国の王こそ、そのオス竜のアルドルなのです」


「なに? 妾が選んだ代理の者が後継になったのではないのか?」


「彼女は国を去りました……」


 シルビアが、睨むように目を吊り上げる。

 だけど、そんなにおかしなことだろうか?

 せっかくやる気のある同族の男がいるのなら、王様となっても問題ないと思うんだけど。


「男が王様だとなんかまずいの?」


「というよりは、そいつが王なのが問題じゃな。傲慢じゃし、我儘じゃし、乱暴じゃし」


 なんか、恨みのようなものを感じるぞ。

 なにしたんだ、アルドルってやつは。


「あの……シルビア様。その方はいったい」


「ああ、主様はこの森の王じゃ」


「ええ!?」


「いや、違うからね!?」


 平然と嘘つかないでくれないかな。ほんとに。

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