第98話 たぶんただのマーキング

「俺じゃなくてソラがこの森の王様でしょ」


「その神狼様の主様なのじゃから、似たようなもんじゃろ」


「この方が、森の王様の主様……」


 嘘は言ってないんだけど、なんか語弊がある。

 このままじゃ、本当に森の王様にされかねないので、話を戻すことにした。


「それで、そのアルドルって人……竜は、王様にはふさわしくないと?」


「む? そうじゃなあ。あれが王に向いてなくとも、周りがなんとかするので、国が亡ぶかと言われると、そうでもない」


 じゃあ、その竜に任せればいいのでは?


「じゃが、いささか傲慢で好戦的すぎる」


「そうなんです……アルドルが王になってから、この世は竜族が支配すべきと主張を始めました」


 いささかどころではなかった。

 そんなもの、つまりは世界征服宣言じゃないか。


「ならば、周辺の国家へ攻撃をしかけたというのか?」


「いえ、さすがにそれに反対する者も少なからずいます」


 当然だ。そんな思い付きで戦争なんかされては、たまったものではない。

 ただ、少なからずってことは、反対していない者もいるわけか。


「そのため、現在竜王国はアルドルを肯定する者、否定する者で二分されているのです」


 なんとなく、わかってきた。

 それで、前の王であったシルビアに助けを求めにきたってことか。


「妾が戻ったところで、争いが激化するだけじゃろう」


「いっそ、あの馬鹿を倒してもらえないでしょうか……」


 なんだか、黒い感情が漏れ出てきたビューラさん。

 苦労人な気配から、俺はルチアさんを思い出してしまった。


「いや、できなくはないじゃろうが。隠居した妾が出しゃばりすぎるのはのう……お主らが倒した方がいいのではないか?」


「アルドルだけなら私でも対処できますが、シルビア様に反発していた盛りのついたくせに力のあるトカゲたちが……失礼しました」


「う、うむ。なんかすまんな。妾のせいで」


 絶対苦労人だ。あとでルチアさんに会わせてみたい。


「そのアルドルさん否定派っていうのが、ここにいる竜たちってこと?」


「え、ええ。そうです。肯定派は今もアルドルとともに、馬鹿げた侵略について話しているのでしょう」


「それ、まずくない? アルドルさんを止める竜がいないと、勝手に他の国に攻撃をしちゃうんじゃ……」


 さすがにそこまで短慮ではないのか?

 でも、周囲をイエスマンだけで固めてしまっていると、変な行動に出てしまうとかありえそうなんだが。


「それなら大丈夫です。ちゃんとシルビア様を呼んでくると言っておきました」


 ん? そんなことしたら、余計に焦って動きださないか?


「シルビア様が怖くてたまらないのなら、私たちがいない間に勝手に動けばいいと」


「なにを勝手なこと言ってくれとるんじゃお前は!」


 なるほど、傲慢らしいのでその挑発に乗っちゃったのか。

 なんだかシルビアが勝手に恨まれている気がするなあ。

 叱られてほっぺたをひっぱられるビューラさん。

 ……とても既視感があるな、女神様とアリシアか?

 いや、なんかシルビアとテルラのやり取りに似てるんだ。


「もしかして、ビューラさんもテルラみたいに妹なの?」


「む、よくわかるのう。人間の目では、見た目で血族の竜か判断なぞできぬはずじゃが……妾のことをそこまで見ていたということか?」


 照れくさそうなシルビアだけど、ビューラさんを離してないので、頬肉が千切れそうだぞ。

 そして、こんなに喜ばれると本当のことを伝えにくい。


「ま、まあ。シルビアみたいにかっこいい竜だったから」


 俺は余計なことを言って波風を立てるタイプではないのだ。


「か、かっこいいですか? そ、そうですか……」


「いいオスじゃろ?」


 なんか評価してくれたから、俺の行動に間違いはなかったのだろう。

 さて、問題はアルドルさんをどうするかだ。


「ともかく、向こうはやる気になっちゃってるみたいだし、シルビアが倒すしかないんじゃないかな」


「う~む……関わりたくないのう」


「それなら、ほとぼりが冷めるまでビューラさんたちに、ここに住んでもらうとか?」


「む、無理です……主様が私をお褒めくださったときから、さらに強い威圧をされている気が……」


 なんか本当にうちのわんこがすみません。

 あの子甘えん坊で嫉妬深いんです。


「ちょっと、ソラを落ち着かせてくるから。いったんうちで話そう」


「帰らせればよいのじゃがのう」


 そう言いつつもシルビアは、俺を背に乗せてくれた。

 ビューラさんたちは、少し辛そうにしながらも後に続き、竜の群れは我が家へと飛んでいった。


    ◇


「うん。なんか悪かったよ」


 帰宅したらすぐに、ソラが俺の胸に飛び込んできた。

 突進されるんじゃないかと思ったほどの勢いだったが、ちゃんと直前でブレーキをかけてくれた。

 そのため、いつものようにふわふわした塊が心地よく腕に収まる。


「よかったです。けっこう強そうだったので、神狼様と迎えに行こうとしてたんですよ?」


「けっこう強そう……? いえ、なんでもありません。人間ですよね、あれ……」


 竜としてのプライドか、アリシアの発言にムッとした様子のビューラさんだったが、アリシアを見てから視線を外した。

 多分アリシアのほうが強いので、文句を言うのをやめたんだろう。

 アリシアがどこに向かっているのか、心配になってくる。


「ああ、ごめんごめん。ちゃんとなでるからな」


 抗議するように顔を押しつけてくるソラに、集中して甘えさせることにした。

 やっぱり他所からきた竜の集団ってことで、気を張ってくれていたんだろうか。

 いつものソラに戻ってもらうために、全力でかわいがっておこう。


「あ……あの、お二人は夫婦だったのでしょうか……こんな人前で、あんな大胆に……」


「気にするな。主様と神狼様にとっては、あれはいつものことじゃ」


「私も混ざりたいのですが、さすがにソラ様が怖いので自重しています」


 俺とソラのスキンシップを、いかがわしい目で見るのやめてくれない?

 あと、アリシアって自重なんてできたのか。


 ひとしきりかわいがってあげると、ソラはご機嫌になった。

 そのころにはビューラさんたちへの威圧もなくなったらしい。


「主様を森の王と言った理由が、わかった気がします」


「じゃろ?」


 俺が森の王になれるのなら、犬の訓練士は全員王様になってしまうぞ。

 みんな落ち着いたところで本題に入ろうじゃないか。


「ソラ、ちょっと離して」


 まだ足りないのか、俺の服を噛んだまま離してくれない。

 仕方がないので、俺はソラをあらんかぎりかわいがってから、今度こそみんなに向き合うのだった。

 なんか頬を染めているけど、追及はしないことにしておこう……

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