第92話 知らないうちにすべて片付いていたらしい

「えっと……俺は気にしてないから、被害にあった人たちに返金だけしてあげてね」


「申し訳ございません。今後、このようなことが起きないように法を改正いたします」


 なんかローブで顔が見えない女の子が、勇者のみんなに囲まれて土下座させられた。

 なんでわざわざ危険をおかして、俺にまで謝りにきているんだ。

 というか、久しぶりの再会なのに、みんながピリピリしていて世間話一つできやしない。


「えと、その子どうなるの?」


「どうもなりませんよ? ただ、不当に稼いだ金銭は、先ほど私たちを雇ったため失いますし、また一から商売するんじゃないでしょうか?」


 それは大変そうだな……

 でもこの世界の法律とか知らないし、俺が口出しできることでもないか。


「これは独り言ですが、この森はどの国も手出しできない場所です。アキトさんが今回の件を不快に思っているようでしたら、人間が一人行方不明になると思います」


 なんだその恐ろしい独り言。ソラとアリシアとシルビアも悪乗りしないでほしい。

 ローブの子、顔が見えなくてもわかるほど怯えてるだけど、多分みんなで脅してるだろ。


「いや、俺はなにも不快になんて思ってないし、雇われたんならその子をちゃんと国まで送ってほしいんだけど……」


「はい。わかりました」


 フィルさんは何事もなかったかのように微笑んだ。

 これは……最初から、俺がそんなことを言わないとわかってたな?

 ローブの子の震えも止まったし、三人も圧力をかけるのをやめてくれたらしい。


「あ、そうだ。ちょっと頼みがあるんだけど」


 俺はローブの子に近づくと、大量に作ったお守りを渡した。


「これは……?」


「君が贋作を売ったって人たちに渡してくれない?」


 優秀で過労が心配なリティアが、被害者の数をまとめてアリシアに教えてくれた。

 だからちょっと時間はかかったけど、被害分の大量のお守りは作り終わっている。

 俺なんかの作品だと思って偽物を買った人たちには、本物を渡してほしかった。


「……その頼みを聞いたら、いくらもらえる?」


「なに言ってるのよ! ただに決まってるでしょ!」


 レミィが怒り交じりの声で答えるけど、たしかに依頼しているのだから報酬は必要だな。


「じゃあ、この余ったお守りで依頼するよ。君ならこれを高く売れるでしょ?」


 ローブの子は、俺が手渡したお守りをまじまじと見ていた。


「やはり、なんの価値も見出せない。だが、売る分には問題ないか。……わかりました。その依頼お受けしましょう」


 途中から敬語に変わったのは、商人としての彼女の口調なのだろうか。

 ともかく、これで贋作の被害者へのフォローもなんとかなりそうだ。


「それと、フィルさんとリティアには、今回のお礼というか、迷惑かけたお詫びとして、貸してた指輪そのままプレゼントするね」


 フィルさんが固まった。

 やはり、その程度のお礼じゃ失礼だったか。


「え、えっと……その……いいのでしょうか?」


「え? やっぱり、別の物のほうがよかった?」


 困った。あとはその辺の果物やら、肉や魚やら、食べ物しかないぞ。


「いえ! 指輪がいいです!」


「そ、そう? なんかごめんね。そんなお礼で」


 いや、よく考えてみよう。

 装飾品としての価値だけを見ると、俺が作った出来損ないでしかない。

 だけど、精霊たちが魔力を込めてくれているから、きっと魔導具として多少は役立つこともあるだろう。


「それでは、ご迷惑をおかけいたしました。すぐに国に戻りますので」


 やっぱり忙しいみたいだな。

 フィルさんは、勇者たちとローブの子を連れて帰還してしまった。


「結局、私に手伝えることなかったな」


 先生が、気落ちしたようにそう言った。


「フィルさんとリティアに貸してたあの指輪も役に立ったんですよね?」


「まあ……一応はそうなるな」


「それじゃあ、あの指輪を作るときに、つきっきりで教えてくれた先生も、貢献したんじゃないですか?」


 暴発しないように魔力を後から減らすことはできる。

 だけど、今の俺が作った指輪の魔力を暴発しないまで減らすと、精霊の魔力だとわからなくなっていたらしい。

 だから、先生にまた教えてもらってある程度上質な指輪を作ったのだ。

 うん。やっぱり、先生がいないとだめだったじゃないか。


「調査とかとっ捕まえる方面で、手伝いたかったんだけどなあ……」


「あ……」


「なんだよ?」


 危なかった。見た目だけだと落ち込んでる女の子だから、ついくせで頭なでそうになった。

 いや、俺の撫で力なら、先生すら元気になる可能性も……ないな。


「いえ、なんでもないです」


「そうか? まあ、いつまでもここにいても仕方ねえし、そろそろ私も国に帰ることにする。ちゃんと、教えたこと繰り返しやっておけよ」


「はい、ありがとうございました」


    ◇


 問題が解決したんだから、喜ばしいことだ。

 私が活躍できたかどうかは、関係ない。


「相変わらず遠いな……本気で向こうに家作るか?」


 いや、馬鹿な考えだ。

 どうせ、今いる場所での仕事もひっきりなしにやってくる。

 それらを放り出して拠点を変える気なんてないし、国を捨てる理由もない。


「しっかし、どうすっかなこれ……」


 ひさしぶりの私の店についたが、持ち帰った物を見ながら悩むことになった。


「下手に売れねえしなあ……いや、素性を隠せば売れるんだろうけど、売らねえし」


 大量の指輪を見ながら、ぶつぶつとひとり呟きながら、考えをまとめる。


「飾るか」


 そして、店の角にあるスペースに、非売品として飾ることにした。

 まあ、最低限の見てくれはしているし、景観を損ねることもないだろう。

 そう満足していると、扉がノックされる。


「開いてるぞ」


「こんちわ~」


 入ってきたのは人間の冒険者。見覚えはない。

 この国では珍しくもないことだ。他種族だろうと国への出入りは緩いからな。

 むしろ他種族にいかに自分の作品を売れるかが、私たちの腕前を測る一つの指針にもなる。


「なんか、ちょうどいい短剣ほしいんですけど~……ん? なにこの指輪」


「それは売り物じゃねえぞ。値札ついてないだろ」


 さっそく客の目を引いたか。

 さすが、私の弟子の作品……いや、あいつはまだまだだし、甘やかす気はない。


「あはは~いりませんよ。なんか、他の品物に比べてしょぼいから気になって」


「帰れ」


「えっ、なんで!?」


 人間をすぐに店から追い出した。

 だめだな。あいつは見る目がない。

 私のかわいい弟子の作った物を馬鹿にするようなやつに、売る物なんてこの店にはねえよ。


    ◇


 思ったよりも非難は浴びなかった。

 まあ、本物の手製のアミュレットを渡されたので、納得したといったところだ。

 もっとも私の悪評は広まり、私との商売そのものを避けられているが、しかたがないことだ。


「それでも、私ならまた稼げるはずだ」


 すべての愚か者……いや、被害者にアミュレットを渡し終え、あのときの契約も完了した。

 つまり、今手に持っているアミュレットは、私の物ということになる。

 売るつもりはない、あの人の恩情に助けられた。

 だから、これを金銭に変えるなんてしたくはない。私の手元に置いておきたいと思った。


「愚か者と笑っていられませんね。これでは」


 なるほど、怪しかろうが、高額だろうが、是が非でも買いたくなるはずだ。

 ここにきて、私はようやくカモにしていた者たちの気持ちが理解できた。


「今度は正しい商人として成功して、必ず恩返しします。アキト様……」


 姿も名も隠した者ではなく、商人マルレインとしてお会いすべく、私は前に進むことにした。

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