第91話 投げ売りされる愚者の価格

「やましいこと……ですか。いえ、なにもありませんよ? まさか王女様とあろう方が、無実の者を不当に捕まえるなんてしませんよね?」


「詐欺は罪ではないのでしょうか?」


「ひどい言いがかりですね。私がいつそんなことをしたんですか?」


 フィル様が相手でも、動じることなく自身の無罪を主張する。

 だけど、たしかに今の王国の法では、彼女を裁くことはできない。

 そもそも、男が作った物が売り出されるなんて、誰も想像していない。


「禁域の森にいる男が作った指輪の偽物を買わされた、そう被害を訴えるものが多数いますが?」


「私は、そんなことを言ったことは一度もありません。勝手に勘違いされて、被害を訴えられても困ります」


 それはきっと本当のことだろう。

 私が商人のふりをして彼女に接触してからも、一度もその言葉は口にしていなかった。


「指輪を作って売っただけで、罪なんですか?」


「はあ……わかりました。ではこちらが譲歩するしかないようですね」


 さすがにこの状況で罪に問うことはできない。

 私がもう少しうまく、この女から言質を引き出せていれば……


「ようやくわかってくれましたか。それでは失礼いたします」


「ですが……被害にあった中に、血の気の多い冒険者が多くて困っていまして」


 解放されるかと思ったからか、まだ話を続けるフィル様に少々苛ついた様子を見せる。


「それをなんとかするのは、私ではなくあなたたちじゃないんですか?」


「ええ、恥ずかしながら力が及ばず……もしかしたら、私たちの制止も聞かずに、あなたに復讐をしようと考える方もいるかもしれませんね」


「脅しですか?」


 そもそも、冒険者たちには、まだこの詐欺師の情報は渡っていない。

 それを漏らすことのほうが、なんなら罪になるのだけど……

 王女は、この女の情報を冒険者たちに伝えるなんて、一言も言っていない。

 脅迫みたいだけど、実際に一部の冒険者はこの女に復讐しようとしているし。

 この女と同じく、明言していないので、強く出ることができないのだろう。


「いえいえ、滅相もない。こちらの力不足を恥じるばかりです」


「譲歩と言いましたね……私になにをさせたいんですか?」


「そうですねえ……今回の件で、迷惑をかけられた者すべてに謝罪する。それをしてくれるのであれば、それ以上のことは求めませんし、逆恨みであなたを復讐する者からも守りましょう」


 女は、黙り込んで考えていた。


「謝罪って、金銭を要求されてるってことですか?」


「いえいえ、本当に言葉どおりの謝罪ですよ。ただ謝ってもらう、それ以上は要求しません」


「指輪を買ったやつが、逆上して襲ってこない保証がありません」


「指輪を買った方への謝罪には、私と勇者たちが立ち会います。もちろん、あなたのことは最優先で守ります」


 女はふたたび黙ってしまった。

 きっと王女の言葉に、自分に不利なことはないか考えているのだろう。


「はあ……仕方ありませんね。では、それでこの件は終わりにしてください」


「ええ、ツェルール王国王女の名に懸けて約束いたします」


    ◇


 それくらいなら問題ないか。

 むしろ、王女の言うような逆恨みする輩から、私を守ってくれるというのだから、実にありがたい申し出とさえいえる。

 本当に、ちょろくて助かる。


 王女と勇者の集団と行動を共にし、私は姿を隠して形だけの謝罪をしてやる。

 怒りにこらえる愚か者の姿を、安全な特等席で見物できて、むしろ楽しささえ感じる。

 我ながら、かなりの人数から金をだまし取ったものだと、戦果を数えるような謝罪は続く。


「それで、次はどこの誰に会えばいいんですか?」


 王女から遣わされた勇者たちを、まるで自分の従者のように扱えることも、また気分がいい。

 よく見れば、私から失言を引き出そうとしていた、愚かな勇者もいる。

 私のために、面倒な役回りをすることになって、実に悔しそうだ。


「次は……アキトさんへの謝罪ですね」


「アキト……? それって、禁域の男にいる男の名前じゃないですか」


「ええ、ですから謝りに行ってください。アキトさんが作った指輪と勘違いされてしまっているので、アキトさんにもご迷惑をおかけしていますからね」


「……別にかまいませんけど、ちゃんと守ってくださいよ?」


 まさか、噂の男にまで謝罪をしにいくとは思わなかった。

 だけど、せっかく王女様と勇者様が、私の安全を保障してくれるのだ。

 その男とやらに会ってみるのもいいだろう。


 森にたどり着いたが、たしかに不気味だ。

 なんというか、まるで私たちの世界とは別の世界のように思える。

 よかった。こんなところ、自分一人でくることは絶対にない。

 せいぜい、勇者たちの活躍を安全な場所で眺めることにしよう。


 そう思っていたのだけど、意外にも森の中は邪魔もなく進むことができた。

 不気味すぎるほどの静けさだけど、変な生き物に襲われるよりは、そちらのほうがいい。


「王女様、ターリクスが近づいています。下がってください」


 ターリクス……たしか、町一つを滅ぼした怪物の名前だ。

 そんなのが、接近しているというのに、特段慌てる様子もない。

 勇者と名乗るだけのことはあるということか。


「それは、大変ですね。私たちは、なんとか身を守れますけど、あなたはどうするつもりですか?」


 何をわけのわからないことを、言っているのか。


「謝罪中の私の身の安全は、あなたが保証したはずですが?」


「それは、指輪を買った者への謝罪中の話であって、アキトさんへの謝罪中の安全を保障するなど、一度も言っていませんが?」


「は?」


 ……たしかに、言われていない?

 まさか、私のことをこの森で殺すつもりか。


「お、王女ともあろう者が、ただの商人を殺すつもりか」


「いえいえ、この森は私たちにとっても危険ですから、身を守るので精一杯でして……」


 ふざけるな。余裕のない人間の態度かそれが。


「ですが、このままではあなたが危険ですからね。そうだ! ここにいる勇者たちを傭兵として雇ってはいかがでしょう?」


 王女は手を叩いて、まるで名案というようにそう言った。


「雇うって……いくらで」


「そうですねえ。私の国の精鋭たちですから、相応の金額はかかりますよ? たとえば、あなたが指輪を売って儲けた金額くらいですかねえ」


「ふざけるな……そんな取引できるはず」


 徐々に大きくなる木々をなぎ倒す音。

 そして、こちらを獲物としてとらえているのか、明確な死の気配。

 商人である自分が感じたことのない、その感覚は私の心を折るのに十分だった。


「取引に応じます……私を守ってください」


 私は愚か者から巻き上げた金のすべてを、この場で失うことと引き換えに命を買った……

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