第90話 シカのようでタヌキな女

「いったい何人いるのよ……」


 いっそ、末端の人間をいくら捕まえても無意味なのでは、と勘ぐってしまう。


「まあまあ、確実に相手の人手は削いでいますから、焦らずにできることをやりましょう」


 たしかに、アミュレットのときと違って贋作と証明できる。

 そして、末端の商人といえど、何人も捕らえることもできている。

 だから、前進はできていると思う。

 だけど、捕らえた相手からその先の情報を得ることができない。


「アミュレットのときと違って、売ってるやつらが全然慎重じゃないのよね」


「ええ、男が作ったとはっきりと言ってしまっていますから」


 もっとも、そのおかげで捕まえられているのだけど。


「どうせ、ばれないからとでも考えているのかしら?」


「そもそも、アミュレットのときは他の商人を使っていなかったんじゃないでしょうか?」


 なるほど、それが今は別の商人たちを使っているので、こうも簡単に捕まえることができているのか。


「きっと、アミュレットのときに儲けた資金で、何も知らない商人を雇って売っているのでしょうね」


 それにしても、杜撰な計画な気がしてならない。

 それほどまでに、自分が捕まらない自信があるのかもしれないけど、そんな使い捨てみたいな真似をするほど人材が豊富なんだろか?


「雇った商人が捕まってもいいから、とにかく売り逃げしようってことかしら?」


「意外と商人たちを制御できていないのかもしれませんね」


    ◇


「またですか……本当に、人の忠告を無視して勝手なことばかり」


「そうね。どうせ違いなんてわからないと思って、男が作ったって言っちゃったらしいわよ」


 人手が足りないからと、雇った相手が次々と捕まっていく。

 これならアミュレットのときみたいに、一人で売り歩いていたほうがいっそ楽だった。

 だけど、あのとき以上に儲けられているのも、また事実。


「まあいいでしょう。どうせ、あいつらが捕まろうが私には関係ありませんし」


 あくまでも、男が作ったと勘違いして買わせるように、と言ってあるんですけどね。

 私の身元をさぐるような、慎重な商人は雇っていないのだから、当然といえば当然かもしれません。

 そう考えると、目の前にいる彼女もいつか捕まって、いなくなるかもしれませんね。

 他のやつらよりは頭がいいから、今後も便利な人手として使っていきたかったんですけど。


「そろそろ潮時かもしれませんね」


 事前に商人たちに指輪を買い取らせているので、あいつらが捕まろうと、私はすでに多額の金銭を得ることができています。

 ですので、もうこれ以上欲をかいて、下手に私の元へとたどり着くリスクを増やすよりは、ここらで撤退するのが賢い選択といえるでしょう。

 きっと、私が雇った者たちは、その辺の判断もできずに、最後まで欲深く儲けようとするのでしょうが、私は違います。


「えっ……まだ、大丈夫なんじゃない? せっかく、これだけ売ることができているし、在庫もまだまだ用意してあるのよ?」


 ああ、やっぱりこの子も他と同じ愚か者でしたか。

 目先の欲に囚われて、引き際というものを理解できていないのですね。


「でしたら、それはあなたが買い取りますか? 好きに売ってもらってかまいませんよ」


「えっと……やめておくわ」


 そう判断できるのであれば、かろうじて使える子ですね。


「でも、せめて今契約している商人たちが、戻ってくるまでは待った方がいいんじゃない?」


「まあ、それくらいはいいでしょう。ですが、この分では、全員捕まるだけだと思いますけどね……」


 私のやっていることは、あくまでも合法なのだ。


 もしも、有名なドワーフが作った武器や防具だと偽れば、当然逮捕される。

 それを濁して売ろうとしても、そもそも性能が明確に劣るため、買う前にばれてしまう。

 性能が劣らないような偽物を作ろうとすると、大量生産なんてできやしない。


 だけど、今回の商品は違う。

 いくらでも生産できるような、商品価値なんてない代物。

 価値はたった一つ、男が作ったという証明しようがないものだけ。

 ――のはずだったのだが、計算外だったのは、贋作だと見抜かれてしまったことだ。


 まさか、魔力の性質で見抜かれるなんて、もう少し情報を集めてから贋作を作るべきだったか。

 いや、知ったところで精霊の魔力なんて、こちらでどうにかできるものではない。

 ならば、可能な限り早く行動した、私の考えは間違っていないはずだ。


「偽物とはいえ、これだけの指輪を捨てるなんて、もったいないわね」


「なんのことでしょう? これらはまぎれもなく、本物の銀の指輪ですよ?」


 いくらこの場に私しかいないとはいえ、うかつな発言が目立つ。

 偽物だの、男が作っただの、余計なことを言うから捕まえる口実になると、理解できないんだろうか?

 やっぱり、この子との関係も切って、そろそろ逃げるべきね。


「それじゃあ、私はもう手を引きますね。あなたは好きにしてください」


「ま、まってよ。もうちょっと、待つって言ったじゃない」


 やけに私を引き留めようとしてくる。

 ――まさか!


「それではさようなら」


 その場から逃げるように、荷物をまとめて出て行こうとするが、腕をつかまれる。

 ああ、やっぱり私のところに潜入してたということか。


「なんのつもりですか?」


「いえ……その」


「あなた、何者ですか?」


 私の言葉に、自身が商人ではないことがばれていると観念したのか、目の前の女は眼鏡を外した。

 どこかで見た顔に、記憶を掘り起こす。


「ああ、王女直属の勇者のレミィでしたっけ? そんな変装してどうしたんですか?」


 髪型に髪色、それにわずかながらに顔立ちまで変わっているのは、なにかの魔法の効果だろうか。

 こんな相手の潜入を許すだなんて、これだから一人でやっておくべきだった。


「ええ、フィル王女の命令で、あなたのことを捕まえにきたわ」


「おかしいですね。私は捕まるような罪を犯していませんが?」


 向こうもそれは重々承知しているらしい。

 だからこそ、私に失言させようとつきまとっていたわけだ。

 そしてボロを出す前に、私が撤退しようとするから、焦って行動に移ったといったところか。

 本当に、愚かな者だ。


「わかっているのであれば、失礼いたします」


 今後、贋作の指輪が出回ることもないのだから、あなたたちにとっても満足だろう。

 今度こそこの場から去ろうとすると、私も聞いたことがある声が聞こえてきた。


「そんなに急いで立ち去ろうとするなんて、なにかやましいことでもあるのでしょうか?」


「フィル王女……」


 王国の実質の代表が私の目の前に立っていた。

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