第89話 千切られた尻尾の先にはなにもなし

「どう? アキトが作った指輪なんだけど似合うかしら?」


「え、聖女様は、禁域の森の男にそんなものをいただけるほど、親しいのですか!?」


「さすが聖女様! ところで、その指輪って私たちも買えないでしょうか?」


「えっと……その……」


「ばかね。指輪なんて大切なもの、聖女様くらい特別な相手しかもらえるはずないでしょ」


「それもそうか。いいな~聖女様。その指輪見せてくれませんか?」


「えっ? あれ……?」


「いえいえ、あの方は交易の品として、指輪を作っているようなので、私たちが購入できる可能性もありますよ? ですが、アミュレットのときのように、偽物が出回ることもあるので、くれぐれも慎重に考えてくださいね?」


 なんだか、信者たちの中の私とアキトの関係が捏造されかけて、しどろもどろになっていると、エセルが助け舟を出してくれた。

 ……まあ、うまくいったし、次にいきましょう。


「あら、聖女様がいらっしゃるなんて、ありがたいわね」


「そんなにありがたがらないでよ。それより、店長知ってる? 禁域の森にいる男が、今度は指輪を作っているんだって」


「ええ! 本当ですか聖女様! 私たちアミュレットは購入できたので、指輪もぜひ欲しいです!」


 店主と話していたら、近くの席で食事をしていた女性たちが声をあげる。

 ……でも、そのアミュレットって。


「あの……その、アミュレット……」


「え、これですか? あっ、さては聖女様も欲しいんですね? あげませんよ~? これは私の大切なお守りなんですから」


「えっと……それは……」


「あら、楽しそうですね」


「お、王女様!」


「そのお守り、誰から買ったか覚えていますか?」


「ええっと……顔を隠していたし、次の日には露店がなくなっていたから、わかりませんけど、どうかしましたか?」


「ちょっと調べていることがありまして。ごめんなさい、一応また聞きたいことがあるかもしれないので、あなたの名前教えてもらえないでしょうか?」


「別にかまいませんが……」


「それと、もしも指輪が売っていたとしても、念のため本当に男が作った物か、よく確認してみてくださいね?」


「ええ、もちろんです!」


 よりによって王女にその場を収めてもらって、私たちは店の外へと出た。


「リティアさん。あなた、あの方にあれが偽物だって言おうとしてませんでしたか?」


「しょうがないじゃない。あんなに嬉しそうにしてるのに、偽物だなんて、教えてあげないとかわいそうでしょ?」


「この件が解決するまで、国民たちを混乱させるようなことは控えていただきたいのですが」


 そのとおりだけど、それじゃああの子がかわいそうだ。

 でも、あの場であれが偽物だと言ったところで、偽物を売ったやつがわかってさえいないので、あの子を悲しませるだけか……


 その後も私は、さまざまな町に出向いては噂を流そうとするも、噂の詳しい内容を聞かれて答えられず、王女の関係者や教会の関係者に助け舟を出してもらっていた。


「つ、疲れた……」


「あなた本当に、嘘が下手ですね……」


「そこが聖女様のかわいいところですから」


 うるさいわね。平然と嘘をつけるあんたたちが変なのよ。

 たかが噂を流すくらい簡単だと大見栄を切ったはいいが、いざやってみると自分には合わなかった。


「そんなに苦手なのに、なんであなた一人で噂を流そうとしているんですか?」


「そんなこと、わざわざ誰かに頼らなくても私一人でできると思ったのよ!」


「相変わらず、なんでもかんでも一人でこなそうとして……アリシアさんに助けを求めますよ?」


 それは勘弁してほしい……

 いや、優秀だし助かるんだけど、それ以上に疲れるのよ。

 あいつのわけのわからない思考につきあっていると。

 アキトは、よく毎日あれの相手をできているわね。


「とにかく、噂はちゃんと広まってるんだから問題ないでしょ」


「ええ、アミュレットのときと違って、指輪の偽物であれば判別できますからね。偽物を売っている者たちとお話をすれば解決です」


    ◇


「聖女様、今度はこの町で偽物の指輪が販売されています」


「ついに、うちで売る馬鹿まで出てきたの!?」


 急いで現場に向かうと、異常なほどの人だかりができていた。

 まだ逃げずに、その場で商売していることは一目瞭然。

 だけど、私はどうせまただめなんだろうなと考えていた。


「なにをしているのかしら?」


「なにって……ただの商売ですよ。ほら、ちゃんと許可も得ています」


 本気で負い目なんて感じていないのだから始末に負えない。

 また、なにも知らない末端の商人か……


「偽物を売る許可なんて誰もしていないと思うけど?」


「偽物……? なにを言っているんですか? ちゃんと銀の指輪ですよ、これは」


「ちゃんと男が作った指輪なの?」


「当然です。これは正真正銘、禁域の森にいる男が作ったと言われる指輪ですよ」


 自信をもってそう言ってのける商人の身柄を拘束する。


「な、なにをするんですか!」


「偽物よ、それ」


 もう、いちいち説明するのもうんざりしているので、私の説明も雑になっている。


「本物の指輪は精霊の魔力がこもっているの。ただの魔力が込められただけのそれは偽物よ」


 本当は、初期の特別な五つは、精霊の魔力なんて込められていない。

 それどころか、まったく魔力が込められていないので、これもまた見ればわかるのだけど、そこまで説明するのも面倒なので、省略することにした。


「そ、そんなの、そちらの情報が正しいとは限らないじゃないですか!」


「本人から直接確認したんだから、これ以上正しい情報なんてありえないわ。さっさと連行しなさい」


 もう聞き飽きている言い訳を前に、私は町に駐屯している騎士団に商人を引き渡した。

 だけど、あくまで末端の商人を捕らえただけで、どうせまた大元にはつながらない。

 何も知らない末端の商人を使って自分へは、決してたどり着けないようにしているのだから、本当に面倒な相手ね。


 私は被害者へ返金だけして、その場を後にすることしかできなかった。


    ◇


「あれ? 珍しいですね。今日は銀細工じゃないんですか?」


「うん、ちょっと考えがあってね。今のうちにたくさん作っておきたいんだ」


 最近では作るのをやめてしまっていた、木で作られた小さなお守り。

 アキト様は、ひさしぶりにその製作をしていました。

 ……でも、なんだかやけに数が多いですね?

 もしかして、またミーナさん経由で、森の外で売ってもらうんでしょうか?


「う~ん、やっぱり匂いはわかりませんね」


 作ったばかりのお守りを一つ手に取り、匂いを嗅いでみる。

 やっぱり、ソラ様みたいに、アキト様の匂いを感じることができないのが、少しだけ悲しいです。


「あ、いいこと思いつきました」


「アリシアがそう言うときは、大抵いいことじゃないんだよなあ……」


 む、失礼しちゃいます。

 私だってちゃんと考えているんですよ?

 アキト様の呆れ顔を払拭すべく、私は名案を口にしました。


「私がアキト様の匂いを覚えるまで、ずっと匂いを嗅ぎ続けるのはいかがでしょう?」


「ほら、変なこと言い出した」


 おかしいですね?

 それは名案だねと、私を抱きしめて匂いを嗅がせてくれるはずだったのですが。

 ソラ様とどこが違うのでしょう?

 やはり、毛皮ですね。今度クマの毛皮でもとってきましょう。


「これあげるから、いいこにしててね」


 次の名案を浮かべていると、アキト様は小さな木の実をくれました。

 あ、これ甘くておいしいんですよね。

 私はアキト様の作業を眺めながら、さっそく木の実を口の中で転がすことにしました。

 毛皮は今度にしましょう。今は、こうしてアキト様の作業を見ているだけで楽しいですから。

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