第88話 舞台裏のプロパガンダ

「う~ん。全然わかんないな」


 並べられた二つの木の作り物。

 何度も彫ったので、見覚えは当然ある。

 だけど、俺が作ったかどうかまでは、さすがに見分けがつかない。

 それが似せて作られた贋作だというのなら、なおさらだ。


「うぬぬ……くやしいが見分けがつかん」


「う~……こっち? いや、こっちです?」


 シルビアとルピナスも、目を皿のようにして見比べているが、やはり違いはわからないようだ。

 ……それで、アリシアはなんで匂いを嗅いでいるんだ。


「だめです……私にはまだ匂いで判別できません」


 どこを目指しているのか知らないけど、人間を辞めようとしないでほしい。

 匂いといえば、ソラならもしかしてわかるのだろうか?


「ソラは、どっちが俺が作ったお守りかわかるか?」


 腕の中に抱いていたソラは、一切の迷いなく片方のお守りを咥えると、俺に渡してくれた。


「もしかして、これが?」


「おう、さすがは神狼様だな。そっちがアキトの作った物で間違いないそうだ」


 先生も驚いた様子で、ソラのほうを見ていた。

 さすがは我が家の愛犬だ。きっと、俺の匂いをしっかりと嗅ぎとったんだろう。

 ほめてと言わんばかりに、俺のそばでちょこんと佇み、俺のことをじっと見ている。

 だから、思う存分抱きしめて頭をなでてやると、ソラは満足そうにしていた。


「やっぱり、そういう関係なのか?」


「え? はい、まあそういう関係だと思いますよ?」


 先生からしたら、森の王様で神様っぽいソラを気軽になでているのが、不思議なんだろう。

 だけど先生の言うとおり、俺にとっては大切な愛犬だし、飼い主と愛犬って関係で間違いないはずだ。


「そうか。まあ、私はとやかく言うことじゃないな。それで、問題はそれだけ似ているせいで、偽物だと証明ができないらしい」


 まあ、作った本人でさえ見分けついてないしな。


「サインでも彫ります?」


「今度はサインを真似られるだけだろうな」


 それもそうか。俺の世界の紙幣みたいに、偽造防止の技術でも埋め込めればいいんだけど、残念ながら俺にそんなことができるはずもない。


「ルチアさんとミーナさんに、なんとかできないか聞いてみます?」


「エルフか……いや、なんとかする案は、すでに王女と聖女から聞かされている。ただ、ちょっとお前の噂が増えてしまいそうだから、それでもいいか聞きにきたんだ」


 あの二人もわざわざ動いてくれているのか。

 今度お礼を言っておかないとな。

 でも、あの二人がこの森にくることなんて、めったにないんだよなあ。


「その噂ってどんな噂ですか?」


「ああ、アキトが作った指輪が存在するって噂を流したくてな」


 なんだ、そんなことか。

 てっきり、この森にいる男は最低なやつだから、お守りなんてわざわざ買う必要がないとか、そんな噂で購入意欲をなくすのかと思っていた。


「全然問題ないですけど、そんなことでなんとかなるんですか?」


「まあ、一応は解決するんじゃねえかな。ただ、贋作作ってるやつ捕まえたとしても、罪に問えないのをどうするつもりなんだろうな。あの二人は」


 なんだか、いろいろと大変そうなことになってるな。


「俺もなんか手伝いましょうか?」


「いや、下手なことされても邪魔だから、お前はもっと腕を磨いとけ」


 そう言って先生は帰っていった。

 なんだか、蚊帳の外だけど邪魔はしたくないし、言われたとおりにしよう。

 俺は匂いを嗅いでくるアリシアを引きはがして、今日もまた指輪作りで遊ぶことにした。


「待ってください! もう少し匂いを嗅げばわかる気がするんです!」


「気のせいじゃから諦めろ」


    ◇


 いつもの習慣であり、一日の終わりに訪れた酒場には先客がいた。

 ここ最近、上機嫌だったはずの彼女が、なにかを考えこんでいるようなので、リサは不思議に思いながら話しかける。


「あら、珍しいわね。あなたがそんなに眉間にシワを寄せるなんて」


「そうだな。その大事な魔導具を手に入れてから、いつも機嫌がよさそうだったじゃねえか」


 プリシラはこちらにようやく気がついたようで、テーブルの上に並んでいた皿をどかすと、リサたちは席へとついた。


「いや、面白い噂が流れていてね」


「噂? あなたが興味を持つような噂なんてあったかしら?」


 リサたちは、ここ最近で流れた噂を思い出す。


「あれじゃねえか? 禁域の森からコボルトたちが逃げ出したって話。なんか、他の生き物が強くなりすぎたせいで、あのコボルトどもも怖がって逃げたんじゃねえかってやつ」


「聖女様と王女様が、じつは仲良しでお茶会をしているって話じゃないかしら?」


「ドワーフのノーラが弟子をとったって話は?」


「残念ながら、どれもはずれだねえ。私が聞いた噂は、禁域の森の男が今度は指輪を作って、それらが森の外に流通されているって話さ」


 自分たちの知らない、しかもとんでもない噂話を聞いて、一同は目を丸くして驚いた。


「どこだ! どこで売っている!」


「今度こそ私たちも買いたいわ!」


「もう買ったの!?」


「いくらで買えるの!?」


「どんな指輪!? 見せて!」


「おおぅ……」


 リサたちだけでなく、酒場にいた全員に詰め寄られて、さすがのプリシラもたじろいだ。

 しかし、すぐに普段の調子を取り戻すと、彼女たちに話をつづけた。


「私もそれが存在するって噂を聞いただけさ。だから、どうにか手に入らないものかと、さっきまで考え続けていたってわけさ」


「なんだ……プリシラでも持ってねえのかよ」


「私をなんだと思っているんだい?」


 このアミュレットでさえ、幸運が味方をして入手できたにすぎないのにと、プリシラはつぶやいた。

 だが酒場にいる誰もが、その幸運を次こそ自分にもと考えており、プリシラはうらやむ視線は彼女につきまとい続けていた。


「ああ、でもどんな指輪かって噂なら聞いているよ?」


 その言葉に静まり返り、プリシラは威圧感のようなものを感じながらも、言葉を続ける。


「見た目は、シンプルな銀の指輪らしいね。しっかりと加工されたわけじゃなくて、少し荒れているような出来で一見すると粗末にも見えるそうだよ」


 思った以上に、見た目を想像させるようなプリシラの発言を聞いて、酒場の女性たちはその指輪が自分の指にはまっている姿を想像する。


「それと、どうやら王女様や聖女様は、すでに身につけているそうだ」


 その言葉を聞いて酒場を出て行く者たち、さすがに王女や聖女に会いに行くまではせず、先ほど聞いた指輪を想い、自身の指を見つめる者たち、酒場の中はもはや指輪のことを考えている者しかいなかった。


「へえ……次はそれを作れば、儲けられるのね……」


 そう呟き店を後にした客の存在には、誰も気がつかなかった。

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