第87話 保護者のクレームで回線が込み合う前に

「私はお茶の時間って、もっと心が安らぐ休息の時間だと思っているの」


「はい。それでは、存分にお休みしてください」


 いけしゃあしゃあと、よくもまあそんなことが言えるわね。

 さっき帰っていった元聖女は、本気で私の皮肉に気づいていないだけでしょうけど、あんたは別よ。

 わかったうえで、平然とした顔でお茶を飲む姿は、なるほどさすがは王女様であらせられる。

 言葉の裏に隠された悪意なんて、慣れ親しんだものというわけね。


「帰れって言ってるんだけど」


「まあひどい。訪ねてきたばかりのお友達にそんなことを言うなんて」


 相変わらず、どこまでが本心か全然わからない。

 なんだか、いちいち腹を探るのすら面倒になってくる。

 むしろ、そんな私を見て楽しんでいるふしさえあるのだから、本当に良い性格になったものね。


「アキトに文句言いに行こうかしら……」


「リティアさん、それは禁じ手です。話し合いで解決しましょう」


 王女をこんな性格にした原因の一端はアキトだ。

 だから、文句を言ってやろうとしたら、告げ口されると思ったのか待ったをかけられる。

 さっきまでの余裕もあっさりと霧消した。

 こんな腹黒になっても、アキトのことは好きなままなのね。

 なら、責任としてこの腹黒王女引き取ってくれないかしら。


「もういいわよ。そんな簡単に会いに行ける相手じゃないし」


「そうですよね……ふう、なかなか恐ろしいカードを切ってきますね」


 わりと本気で言ってたんだけどね。

 でも、そんなくだらないことで、アキトの手を煩わせるのは気が引ける。

 それよりも、せっかく王女様がきたのだから、例の偽物の話をしておかないと。


「ねえ、あんたのところは大丈夫なの? アキトが作ったアミュレット」


「ああ……私と勇者の皆さまは問題ありません。ですが、冒険者たちが贋作を高値で買わされた、という話は聞いています」


 やっぱり、かなり広い範囲で出回ってしまっているみたいね。

 うちも信者の何人かが、アキトとまったく関わりがないはずの商人から、男が作った魔導具を買ってしまったと報告を受けている。

 すぐに、教会中に不審な製品を買わないように通達して、エセルたちにその商人を調べさせたけど、結果は芳しくない。


「あんたのところは、どうやって偽物だって判断したの?」


「フウカさんの事件以来、あの森から国内に向かう者は監視しています。ですが、ソフィアが一度アミュレットを売りに来ただけで、それ以降は追加で売りにきたなんでことはありません。」


「そう、それにしては流通量が異常に多いから判断したってことね」


「ええ。先日のアリシアさんとの話で確信に変わりましたけど」


 なんで知ってるのかしら?

 聞いていた? いや、さすがに盗み聞きだけして帰るなんて、いくらこの王女でもしないはず。

 ……しないわよね?


「なんで、あんたがそんなことまで知っているの?」


「アリシアさんに翻弄される、かわいらしい聖女様の話を聞いてくださいと言われて、聞かせてもらっただけですよ?」


「……誰に?」


「エセルさんにです」


 あいつ! なにを勝手に王国に情報を渡してるのよ!

 いや、別に渡して困る情報は渡してないんでしょうけど。

 相変わらず、私で遊ぶのが好きなやつ同士で結託して、本当にたちが悪い。

 あとで、お仕置きね。いや、そろそろ本気で洗脳したくなってきた。

 効くかしら? 効かないんでしょうね……


「話が逸れていますよ?」


「誰のせいよ……」


「エセルさんです」


 もういいわよ。それで。

 遠くから私たちの話を聞いていたのか、親指を立てるエセルを睨んでおくも笑顔で返される。


「それで、問題は偽物を売っている相手を特定できていないってことね」


「ええ、ずいぶんと慎重な性格のようで、まったく情報が出てきません」


「偽物と本物の違いもわからないからね。本当に精巧に真似されてて、多分アキト本人にもわかんないわよね」


「だから困っているんです。偽物だという証明ができません」


 証明できなければ、法で裁くこともできない。

 本当に面倒な状況ね。


「そして、残念ながら、偽物と証明できても罪にはできない可能性が高いです」


「どういうことよ? 詐欺じゃない。男が作ったアミュレットと言いながら、別物を売っているんだから」


「……おそらく、贋作者は男が作ったことを明言していません。ですので、ただのアミュレットを高値で取引しているだけです」


 思っていた以上に姑息なことをする。

 騙される方も悪いのかもしれないけど、騙されてしまう気持ちもまたわかる。

 噂でしかなかった、禁域の森にいる男は実在しているし。

 その男が作ったアミュレットも、目の前の王女たちが常に身につけている。

 ならば、判断力がにぶって、偽物を買ってしまう者も少なからずいるのだろう。


 だけど、相手は尻尾をつかませない姑息なやつで、捕まえたとしてもなんの罪にも問えない。

 こんなやつ野放しにしてたら、あの森の怖いやつらがいつ怒りだすかわかったもんじゃない。

 というか、アリシアがほんの一瞬だけ怒ってたし……


「あ~もう! うちじゃなくて、別の国でやりなさいよ。そんな恐ろしいこと」


「起こってしまったものは、仕方がありません。ですが、なんとか解決しなければ、アキトさんへ迷惑をかけることになります」


 愚痴る私をなだめるように、王女が紅茶を注いだ。


「待ってください! 聖女様は、王女様とお話し中でして」


「うるせえ! うちのかわいい弟子の名を騙ってるやつをこらしめる相談なら、私も話に入れろって言ってんだ!」


 エセルが必死に制止するような声が聞こえる。

 そして、それを無視するような乱暴な口調と、その口調と不釣り合いなやけにかわいらしい声。

 誰かしら……? 聞いたことがない声なんだけど。


「よお、邪魔するぜ!」


 乱暴に扉が開かれると、そこには小さな女の子が立っていた。

 腰にしがみつくエセルを気にせず、引きずってきているので、見た目以上に力があるようだ。

 人間じゃないわね……ドワーフ?

 どこかで見たことあるような……


「ノーラさんじゃないですか、どうしたんですか? そんなに興奮して」


 ああ、そうだ。

 この前アリシアが言っていたドワーフだ。

 あれ? アキトの先生って言ってたわよね。

 それに、今の言葉を聞く限り、アキトのことずいぶんと溺愛してるような……


「アキトの作品を騙っているクソアマを捕まえるんだろ? 私も手伝わせろ」


 ……やっぱり、こういうタイプなのね。

 前に見たときに感じたとおりの性格だわ。

 一応私聖女だし、こいつは王女なんだけど、礼儀なんてどうでもいいって思ってる女みたいだわ。

 自身の腕一つで、確固たる地位を築いてきた厄介な相手。

 なんで森の中から出てこないはずなのに、こんなのとまで関係を築いているのよ、アキト……

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