第85話 つけられたのは指輪か首輪か
首飾りにした指輪を手に取り見つめる。
なんて美しい……
成形や焼きや研磨が、まだ未熟だなんて本人は言っていましたが、私たちにとっては何よりも美しく思えます。
「はあ……いけませんね。暇さえあれば、眺めてしまいます」
私は女王として、仲間たちにこの指輪を自慢したりはしません。
ええ、私はしません。
もっとも、ヴィエラが無自覚ながら、指輪を自慢していますが。
本人は隠しているつもりなのでしょうが、ことあるごとに愛おしそうに指輪を抱えて、仲間たちにその指輪は何かと聞かれて、正直にアキトさんから頂いたなんて答えるものだから、羨望のまなざしを受けています。
そんな状況で、私までも仲間たちの前で、指輪を眺めるなんてできません。
「アミュレットのときは、全員がいただけたのでよかったんですけどね」
「そうねえ。でも、さすがに全員分の指輪をくださいなんて言えないでしょ」
アカネも似たような状況のようです。
特に、アカネは自分だけが指輪をもらえたという状況のため、仲間たちの前では指輪を見ることはないそうです。
――それでも、私と同じく常に身につけているようですが。
「頼めば喜んで作ってくれそうですが、そうなるといよいよ森中が混乱しますからね」
「いっそ、森にいる女ども全員を娶ればいいんじゃないかしら?」
冗談まじりにそう言いますが、アキトさんの周囲の女性が怖いのでやめてください。
あの方たちへは恩もありますが、それと同じくらい逆らってはいけない力の差を理解しているのですから。
「仲間たちには悪いけど、特別な存在な気がして悪い気はしないんだけどね」
「アキトさんにそんなつもりはなくても、選んでいただいたような気がしますからね」
それは、どんな勲章よりも価値のあることでした。
「ルチアのところでなら、思う存分指輪を眺められるし、急ぎましょうか」
「そうね。あの場のみんながもらえてるわけだし、気を遣う必要もないわね」
やはり、アカネもうれしいのか。
普段と違い余裕のある様子ではなく、そわそわとしながらルチアのもとへと向かいました。
◇
「あら、獣人? 珍しいわね」
道中で獣人の少女と出くわしました。
別に珍しいことではありません。
この森には多種多様な種族が多数生息しているので、歩いていると誰かに会うなんてふつうに起こる出来事です。
しかし、一部を除いて活動範囲は固定されているため、ルチアの家へ向かうこの道で、見ない顔を出くわすというのは、少々珍しいことでした。
ぶしつけながら、つい獣人の少女の姿をじろじろと見てしまい、私は彼女の指元に気がつきました。
「……ねえ、あなたそれどうしたの?」
それは、アカネも同じだったようで、彼女は少女の指を指差し尋ねました。
なぜ、彼女の指に銀の指輪がはめられているのかを。
「……いただいたのですが。なにか問題でも?」
「問題はないんだけど……んん? よく見ると私たちのと違うみたいね」
アカネが少女の指輪を観察すると、それはたしかに私たちの指輪とは異なる物でした。
はっきりと言ってしまうと、出来がよくありません。
素人が作ったようなそんな指輪であり、私たちの考えていることは勘違いだとわかりました。
「ああ、すみません。勘違いしていました。てっきりあの人が作った物かと」
「そうね。よく見ると作りが雑だし、別物だったみたい」
「雑……?」
悪気はなかったんだと思います。
ちょうどアキトさんの作った指輪の話なんかしていたから、それとは別物とわかりアカネは、つい言い方は悪いですが雑なんて言ってしまった。
それだけだったと思いますが……
少女は目に見えて機嫌が悪くなってしまいました。
「物の価値がわからないというのは哀れですね」
アカネも失言を詫びようとしたのでしょうが、それよりも早く少女からそんな言葉が出てきます。
「多分あなたにとって大切な指輪なんでしょうし、それをけなしたことは謝るわ」
ああ、どうやらアカネも穏便に終わらせるつもりがなくなっているようです。
ふだんはもう少し余裕があるんですけど、こんな小さい女の子に格下のように扱われるなんて、オーガの族長として許してはいけないというところでしょうか。
「だけど、ちょっと生意気ね。あなた」
アカネが軽く威圧するように少女を見つめますが、少女はどこ吹く風といったように、アカネを見下すような目線を向けるだけでした。
「……訂正するわ。ちょっと面白そうね。あなた」
そこで怖がらせて、おしまい。
そう思っていたのでしょうが、その平然とした様子を見て、アカネは少女の評価を改めたようです。
おそらく、少女ではありますが、相応の強者であると。
そうなると……戦大好きなアカネのことなので、きっと……
「ねえ、私と戦ってみない? ちゃんと加減はしてあげるから」
ああ……戦馬鹿。
「はあ……必要ありません。面倒なので、そこの鳥頭とまとめて相手をしてあげますよ。脳筋」
……訂正しなくてよかったんじゃないでしょか?
生意気ですよ。この子。
「ふふっ……面白いわね!」
アカネが、少女の顔めがけて拳を振りぬいた瞬間。
喉が圧迫され、呼吸が……できなくなりました……
「この前相手してあげたことを忘れましたか? あれから私を倒せるほど強くなったと? それとも魔力の暴走状態だから、そこの鳥頭のように記憶が消えましたか?」
「あ……んたは……」
アカネと私の首を押さえつけて軽々と持ち上げる。
少女は、あの一瞬でそれをやってのけたのです。
私は自分の首がつかまれていることにも気づけず、なすすべなく少女に命を握られていたようです。
「この指輪はご主人様が最初に作った五つのうちの一つです。その価値も理解できないから哀れだと言ったんですよ」
「もしかして……神狼様……」
言われてみれば、髪や目の色が神狼様と同じものでしたし……
なによりもアカネとの戦闘でほんの少しだけ感じ取れた魔力が、完全に神狼様のものでした……
すみません。生意気なのは私たちでした……
「ええ、せっかく指輪をいただいたので、こうして指につけてみたくなったのです。もちろん、このことは他言は無用ですよ? 鳥頭にしっかりと刻んでおいてください」
「はい……すみませんでした」
誰ですか。アキトさんのおかげで、神狼様が丸くなったなんて言ったのは……
昔と変わらず、怖いままじゃないですか……
「ちゃんと加減はしてあげました。ご主人様に感謝してください」
一応、少しは変わってくれてるみたいでした。
とりあえず、命の保証だけはされている様子なので、私たちは安心して気を失いました。
「見た目がこどもだからって、相手をあなどってはいけないわね……」
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