第83話 表面張力が働いているうちに横穴を

 思い出すのは暴走状態のフウカのことだ。

 あのときのフウカは、リティアたちの町に少なくない被害を与えるほどだった。

 精霊たちが、膨大な魔力を持っているということは、よく理解している。


 綺麗な赤色の指輪を一つ手に取り見つめるも、やはり俺には魔力なんかわからない。

 しかし、これらに精霊たちの魔力が込められているということが、どうにも不安になってきた。


「これが、新しく作った指輪ですか」


「……ちょっと見ないうちに、またとんでもない物を作ったものじゃなあ」


 自分でわからないのならと、アリシアやシルビアに見せると、案の定あの指輪はやばいものだった。

 なんでも、フウカのように暴風を起こし、ヒナタのように炎火を呼び起こせるらしい。

 なるほど、知らず知らずのうちにそんな恐ろしい指輪を作っていたか。


「廃棄したほうがいいよね?」


「精霊たちのように、無制限にあの規模の魔法を発生させられるわけでもなし、別に気にすることないと思うがのう」


 それって、無制限には無理でも、何度かは使えるってことだよな。

 だとしたら、そんな危険物はやっぱり廃棄しないといけない気がする。


 だけど、今後もこんな危険物が出来上がるとしたら、せっかくの俺の楽しみを自重することになりそうだ。

 指輪の廃棄やら、精霊たちとの協力やら、一度先生に聞いた方がよさそうだな。


    ◇


「それで、私を呼んだと」


「はい。なんなら、全部先生が預かってくれませんか?」


 ヒナタにお願いして、先生に連絡をとると、先生は遠路はるばる来てくれた。

 毎度大変な思いをして、ここに来てもらうのも悪いし、なにかいい方法を考えないとな。


「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。うちの国を滅ぼしたいのかお前は」


 そんなにか。

 この指輪はそれほどまでに危険な代物だということか。


「やっぱり、精霊たちの魔力のせいですかね?」


「あん? まあ、それも文句を言いたいところではあるな。魔力を込めるなら、もっと調整をしっかりしろ。こんな指輪に、これだけの魔力を込めたって暴発しかしねえぞ」


 どうやら、正しく危険物だったらしい。

 そうか、暴発なんてするのか。怖いな。


「あれ? それもってことは、他に危険な要素があるんですか?」


「……いや、それだけだ。お前が気にすることじゃねえよ」


 なんだか、はぐらかされてしまった。

 まあ、先生が言いたくないのなら、無理に聞くこともないだろう。


「それにしても魔力の暴発か。みんな、ありがたいけどこれからは手伝わなくていいよ?」


「エ~、オレタチ役ニ立ツゾ?」


「アキト、私タチガ手伝ウト迷惑ナノ?」


「次ハ、モットガンバル」


 みんなは、次からもこちらに協力してくれるつもりのようだ。

 だけど、チサト。もっとがんばられたら、よけいに暴発の危険性が上がるんじゃないか?


「いや、精霊様たちが協力してくれるっていうのなら断るなよ。もったいない。それよりも、魔力が込められても問題がないような物を作れ」


 先生からそんなことを提案された。

 意外にも、精霊たちの魔力を込めることは反対ではないようだ。


「危険じゃないですか?」


「それはお前が半人前だからだ。私たちだって、剣を作るときはヒナタ様に協力してもらってるぞ?」


「気ガ向イタトキダケナ」


 魔法剣ってやつだろうか。

 俺もいつか、そんなものを作る日がくるのかなあ。


「お前は半人前なんだから、とにかく数をこなせ。精霊様がこれだけ協力してくれるなんて、恵まれた状況なんだから、それを活かせるだけの物を作れるようになれ」


「そうですね……それじゃあ、次はさっきよりも少なめに魔力を込めてね」


「任セトケ!」


「ワカッタ~」


 二人の了承の声と、一人の無言の肯定の意を確かめ、俺は再び製作を開始した。

 ちょうど先生もいることだし、見てもらおう。


「それとな、この暴発寸前の指輪は無理だが、魔力が込められていない指輪なら引き取ってもいいぞ。これだけ純度が高いなら鋳造して、再利用できそうだ」


 それは助かる。

 それなら、いくら失敗しても置き場に困るってことはなくなりそうだ。

 みんなに魔力を込めすぎないように、お願いしたし今後は失敗作も処分できるはずだ。


 ん? 魔力の量が多すぎるのが問題ってことは、もしかして。


「ヒナタ。この指輪の魔力操作して、俺のほうに流したりできる?」


「オウ、デキルゾ。デモ、変ナコト頼ムンダナ」


「馬鹿野郎! そんなことしたら、危ないぞ!」


 先生が制止しようとするが、ヒナタの魔力が体内を巡る方が先だった。

 ああ、この感じだ。フウカのとはまた異なるが、魔力が流れていくのがよくわかる。

 それで、あとはこれを体外に出してしまえば……


「どうなってんだよ……ふつう他人の魔力が体内に流れるなんて、毒みたいなもんだぞ」


「あ、俺特異体質っぽいです。それより、この指輪どうですか?」


 指輪を見てもらう。

 先生は、また驚いた様子だった。


「指輪に込められていた魔力が減っている……これなら、暴発の心配はないな」


 よかった。うまくいったみたいだ。

 魔力が込められすぎたと言われても、魔力を感知できない俺には判断できない。

 だけど、こうして体内に流してもらったときだけは、それが理解できる。

 この方法なら、俺にぴったりなんじゃないか?


 先生のお墨付きももらえたことだし、俺の腕前が上達するまでは、この方法を使わせてもらおう。


「もったいねえなあ。そんな器用な真似ができるのなら、うちで雇いたいくらいだ」


「だめです! アキト様は、私たちの……」


「あんたたちの?」


「私たちの……私たちが? 私たちはアキト様の物です」


 違うけど、とにかくアリシアからは俺を渡さないようにという意思が伝わった。


「なんだそりゃ。まあ、そこの弟子をあんたたちから奪う真似はしねえよ。悪かった」


「そ、そうですか……すみません。声を荒げて」


 ほっとした様子のアリシアを見て、先生はかまわないさと笑う。

 まあ、これでよかったんだろう。この森から出ると危険というか、いろいろなトラブルに発展しそうというのは、さすがの俺も理解してきた。

 もっと、この世界の男たちががんばれば、そんなこともなくなるんだろうけどなあ……


「まあ、これからも暇を見つけて様子を見にきてやるから、さぼらずに精進しろよ?」


「はい、ありがとうございます先生」


 趣味として続けるつもりだったが、いずれはちゃんとした物が作れるようになりたいからな。

 こうして面倒を見てもらえることだし、ルチアさんには悪いが、今後も色々な物を作っていこう。


    ◇


「ノーラのやつ最近やけに機嫌がいいな」


「ああ、あやしいな」


「なあ、もしかしてヒナタ様が言ってた、アキト様に会いに行ってるんじゃないだろうな?」


 うるせえ……

 なんだって、この酔っぱらいどもは、そんなくだらないことを聞くんだ。


「私が外の国で仕事をするなんて、今までだっていくらでもあっただろうが」


「いや、そのときとは顔が全然違うぞ」


「ああ、お前がそんな乙女みたいな顔してるの見たことねえよ」


 何言ってんだ、こいつら。

 誰が乙女みたいな顔だ。ぶん殴るぞ。

 私はただ、できの悪い弟子を育ててやってるだけだ。

 そ、そりゃあ、あいつはいいやつだけど、それ以上に私の弟子なんだ。

 ここにいる誰にも渡さねえよ。


「ほら、その顔だ」


「絶対そのアキト様のこと考えてただろ、お前」


「だああ! うるせえな! うちの馬鹿弟子なんて、お前らが想像するようなやつじゃねえよ!」


 どいつもこいつも、詮索しやがって。

 私は先生として、あいつに教えてやってるだけで、それ以上のことは……

 それ以上。

 手とかつないだりなんて、してないし、したいなんて思ってないからな!


「また、乙女の顔してるぞ……」


「すげえなアキト様。ノーラをここまで変えるとか、どんな男だよ……」

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