第82話 人知れず生まれるセカンドロット

「あの~アキト様?」


「どうしたの?」


 珍しい、あのアリシアが遠慮がちに話しかけてくる。

 顔を向けると、そこにはアリシアだけでなく、ソラもシルビアもルピナスもいた。

 この家で暮らす全員が集まってなんの用だろう?


「指輪をいただけたということは、その……婚姻していただけるということで、よろしいでしょうか……」


 よろしくないです。

 あれか? 俺がいきなり五股かける男だと思われているってことか?

 頬を赤らめて遠慮がちに暴走するとか、とんだ変化球を覚えてきたものだ。


 ソラ……なんか、じっと見つめられている。アリシアを止めてくれないのか。

 シルビアは……なんでアリシアと同じように、もじもじしてんの?

 ならば、ルピナスしかいない……顔を赤らめて俺を見つめるだけだ。


 ああ、そうか。

 みんな俺がいきなり重婚するような男だと思っているのか。


「そういう意味じゃなくて、日ごろのお礼のつもりだったんだけど……」


「ほ、ほら言ったじゃろう。妾はそうじゃと思っておった」


「ず、ずるいですよシルビアさん! シルビアさんも、まんざらでもない顔だったじゃないですか!」


 それはそう。アリシアとシルビアは似た様子だったし。


「というか、その理屈だと、俺が出会って一日も経ってない先生に、婚姻を申し込んだことになっちゃうんだけど」


 みんな、その言葉を聞いて驚いていた。

 確かに、と呟いているし、きっとそこまで考えが回っていなかったんだろう。

 とはいえ、急に女の子たちにアクセサリーなんてプレゼントしておきながら、説明不足の俺にも問題があったか。

 次から気をつけよう……先生は変な勘違いしてないよな?


    ◇


「絶対! してますよ!」


 すごい怒られた。

 指輪を渡した人たちにじゃない。

 ミーナさんにだ。


 今日も今日とて、エルフの村に遊びに行ったので、俺もこんな指輪を作れるほど成長したんですよ、なんて笑いながら言ったら、ルチアさんとミーナさんが急に真面目な顔で、事情を聞いてきた。

 その結果が、ミーナさんのお怒りの言葉だ。

 いやいや、先生はいい人だし、仲良くなれた自負はあるけど、そんな出会ってすぐ婚姻を申し込んで了承するような人じゃないから。


「あ~もう! こんなことなら、あのとき断らなければ……よりによって、ドワーフ。ドワーフなんかに……」


 ドワーフ嫌いなのかな?

 エルフとドワーフって仲違いしてるという話が多いけど、この世界も例に漏れずって感じみたいだな。


「アキトさん。もう作ってしまったものは、仕方ありません。ですが、くれぐれも安易に配ったり、ましてや捨てるなんてしないでくださいね?」


「は、はい。わかりました……」


 やけに念押ししてくるルチアさんの迫力に、俺は思わず敬語でうなずいてしまった。

 まあ、たしかにルチアさんの言うこともわかる。

 アリシアはともかく、シルビアや、あのルピナスでさえ、指輪を渡したら求婚したと勘違いしたくらいだもんな。

 安直に指輪をプレゼントしたら、勘違いのもとになるってことだろう。

 だから、次からはちゃんと、日ごろのお礼と言ってから渡すことにしよう。


「大丈夫ですか? 本当にわかっていますか? 信じますからね?」


 すっごい念を押してくるじゃないか。

 わかってるよ。大丈夫。次はもう失敗しないから。


「ねえ、ルチア。やっぱり、私たちもお兄さんに、もっと色々な物の作り方教えましょうよ~」


「だめです。その色々な物を世界中にばらまいたら、それが原因で戦争になります」


 そんな大げさな。

 しかし、ルチアさんの意思は固そうだ。

 やはり、エルフに代々伝わる秘伝の制作方法とかだから、簡単によそ者に教えるのは無理なんだろうな。


「じゃあ、俺そろそろ帰るね。今日はどうもありがとう」


「いえ、またいつでもいらしてください」


 疲れた様子のルチアさんに見送られて、家に帰ることにした。

 しかし、相当疲れてるみたいだな。今度温泉に案内してあげようかな。


    ◇


「やあ、チサト。頼んでたものはどう?」


「バッチリ……」


 親指をたてて、胸をはるチサト。

 彼女には、先生が用意してくれたような、銀細工用の粘土を手に入れられないかと聞いていた。

 少し時間をかければ、作れると頼もしい言葉をいただけたので、それならばとお願いしていたのだ。


「おお、これこれ。こんな感じだった。ありがとうチサト、助かるよ」


 頭をなでると、嬉しそうな顔をするが、すぐに真面目な表情になる。

 わかってる。約束したもんな。


「ちゃんと、チサトとフウカとヒナタ、それにみーちゃんの分の指輪も作るよ。いつもお世話になってるからな」


 でも、チサトはともかく他の精霊は指輪を持つこともできないんじゃないだろうか?

 どこかに祀っておけばいいのか?


「アキト、アキト! オレ焼クノ得意ダカラ手伝ッテヤル!」


「ジャア私ハ、乾燥サセタリ、削ルノ手伝ウネ」


 先生の助けなしに一人で作るので、少し不安だったが、ヒナタとフウカがそんな提案をしてくれた。


「ありがとう。それじゃあ、みんなで作ろうか」


 なんだか、上手くいきそうだ。

 俺はそんな確信に似たような、予感とともに二度目の銀細工を開始した。


    ◇


 ……先生の教えどおりに工程をこなしていき、特にトラブルもなく指輪が完成した。

 完成したのだが、これはどういうことなんだろう。


「サスガ、アキトダナ! カッコイイ指輪、シカモオレノ色ダ!」


「私ノ色、綺麗。アキト、アリガトウ。ウレシイ」


「…………フフッ」


 精霊たちが、渡したばかりの指輪を身につけて喜んでくれている。

 チサトも、言葉にはしてないけど、にやにやしてるのできっと喜んでいる。

 ……そう、指輪をみにつけているのだ。

 チサトだけじゃない。なぜかフウカとヒナタまでも、指輪に触ることができている。


「なんで、フウカとヒナタまで、指輪に触れるの?」


 俺には触れないのにと、一応フウカとヒナタの頭をなでようとするも、やはり手は通り抜けた。


「オレタチガ、魔力込メタカラナ!」


「ヒーチャンノ指輪ハ火、チーチャンノ指輪ハ土、私ノ指輪ニハ風ノ魔力ガ、イッパイ入ッテルンダヨ?」


「ミーチャンノハ、後デ自分デ水ノ魔力入レテモラウ……」


 そんなことしてたのか。

 もしかして、みんなにあげた指輪と違って、色がついたのもそれのせいか?


「キット、ミーチャンノ指輪ハ青クナルナ」


 ヒナタの言葉に二人もうなずいているので、恐らく間違いないだろう。

 そっか、精霊の魔力が込められた指輪か。なんか、ご利益ありそうだな。

 渡す相手は慎重に選んだ方がいいかもしれないな……


 俺は、つい作りすぎてしまった三色の指輪を見ながら、そう肝に銘じるのだった……

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