第81話 馬鹿な弟子ほどかわいい、と言うあなたもかわいい

「こんな手がかっこいいねえ……ふふ、おかしな弟子ができたもんだ」


「なんだあ? 手なんか見てどうしたんだよ、ノーラ?」


 ……面倒なやつらがやってきた。


「なんでもねえよ。酒でも飲んでろ」


「ははは、今日もイライラして……いや、やけに機嫌がいいな。なんかあったのか?」


 私、そんなにふだんはイライラしてるか?

 してるかもな。私が酒場にくるのは、たいてい一番後だ。

 そのときには、こいつらはとっくに、出来上がっちまってる。

 シラフで酔っぱらいどもの相手をするとなれば、そりゃイライラもするさ。


「そうか? 別にふだんと変わらねえだろ」


「いや、たしかになんか雰囲気がやわらかいぞお前」


「なんだ。作品が会心の出来だったか?」


「そういや、さっき手を見てたな」


 ああ、うるせえ。集まってくるんじゃねえよ。

 一人で飲ませろ。せっかくアキトのやつが……

 いや、何を考えているんだ私は、あの馬鹿弟子のことなんて……

 そう、あいつがあまりにもだめな弟子だから、心配してやってるだけだ。

 それ以外のことなんて考えていない。


「ああ、その手にしている指輪か……いや、言っちゃ悪いが素人が作ったみたいな出来だな」


「はあっ!?」


 なんだこいつは。喧嘩売ってるのか。

 これは、俺の大切な弟子が作った世界に五つしかない指輪だぞ。

 それを素人が作っただなんて……あってるな。

 うん。アキトはまさしくドがつくほどの素人だし、こいつの見立てはなにも間違ってない。

 ……なら、私はなんでイラっとしたんだ。


「な、なんだよ。もしかして、これがお前の自慢の一品だったのか?」


「い、いや……これは、うちの馬鹿弟子が作ったものだから、素人の作品であってる」


 そうだ。

 こんな指輪。私たちならすぐに……


「おいおい、指輪を見つめてうっとりしてどうしたんだよ」


「その素人がそんなに気に入ったのか。お前が弟子にとるほどだもんな」


 何言ってんだこいつら。

 アキトの周りにいた女たちじゃあるまいし、こんな指輪ひとつで喜ぶわけないだろうが。

 ……ああ、強い女に、美しい女に、かわいい女と、あいつの周りには私なんかより、よっぽど愛嬌のある女があんなにいるもんな。

 こんな、頑固でかわいげのない女なんて、あいつもなんとも思ってないだろ……


「今度は落ち込んでるぞ……大丈夫か? 飲みすぎたんじゃねえか?」


「うるせえな……どうせ、私は女らしくねえよ」


「いや、誰もそんなこと言ってねえだろ……というか、私たちにいまさら女らしさを求めるやつなんかいねえだろ」


 いや、そんなことはない。

 アキトはこんな私もかわいいって言ってくれた。

 それに、銀細工だって楽しそうにやってたし、鍛冶にもあんなに興味がありそうだったじゃねえか。

 こんなごつごつした手をかっこいいって言ってくれた……


「ちくしょう、いい男だなあいつ……」


「は? おい、男ってどういうことだよ」


「おい、ノーラその話くわしく聞かせろ」


「だめだ……酔いつぶれてやがる……」


    ◇


「どうする? 水でもぶっかけてみるか?」


「そんなことしたら、あとが怖いぞ。酔いがさめてから問い詰めたほうがいいだろ」


 顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏したノーラを見て、ドワーフたちはそう判断した。

 しかし、すぐに話を聞きたいのも事実。

 もやもやした気持ちのまま、酒をあおるもノーラの言葉が気になって仕方がなかった。


「まさか、弟子っていうのがその男なのか?」


「いやいや、ありえねえだろ。私たちの仕事を暑苦しいと言うような男が、私たちに指示を請う? なんの冗談だよ」


「そうだよなあ……なら、その粗削りな指輪を作った弟子は関係ないか」


「大切そうにしてるからなあ、よっぽどその弟子が気に入ったんだろうよ」


 憶測で話を広げていくが、やはり本人に確認しないことには、真偽はわからないままだ。

 そんなドワーフたちの悩みをよそに、騒がしい訪問者があらわれた。


「オイ、ノーラズルイゾ! オレタチモ、アキトガ作ッタ指輪ガ欲シイノニ、自分バッカリ……ナンダ、寝テンノカ」


 普段は酒場なんか訪れない精霊の登場に、ドワーフタチはぎょっとする。

 しかし、それ以上に精霊の言葉は、聞き捨てのならないものだった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ、ヒナタ様……アキトってのは、あれだろ? ヒナタ様が言ってた男の名前だろ?」


「ン? ソウダゾ。アキトハ、オレノオ気ニ入リノ男ナンダ」


 瞬間、空気が破裂した。


「ふざけんなお前!!」


「どういうことだ! 説明しろノーラ!!」


「どおりで、乙女みたいな顔してると思ったんだよ!!」


「うるせえな……寝かせろ……疲れてるんだ、私は」


 寝不足に酔いも手伝って、恐ろしく鋭い目つきでガンを飛ばされる。

 ドワーフたちは、さすがにこれ以上はまずいと判断し、しぶしぶとノーラを寝かせることにした。


「ヒナタ様……ノーラのあの指輪って、そのアキトって男が作ったのか?」


「ソウダゾ。アキトハ、スゴイヤツダカラナ。アンナ良イ指輪ヲ、簡単ニ作レルンダ」


 自慢げな精霊だが、あれくらいはそう難しいものではない。

 もっとも、素人にしては丁寧な仕事に好感を持てるが、まだまだ発展途上だ。

 歴戦のドワーフたちである彼女たちからしたら、その程度の出来なのだ。

 それを作ったのが男でなければ……


「おい、どうすんだよ。ノーラの弟子って例のアキト様じゃねえか」


「男が私たちの仕事を、好意的に思ってくれてるって? 冗談だろ?」


「それどころか、自分でも銀細工作ってるみてえだな……」


「もしかして、ヒナタ様の言ってること誇張じゃねえのかよ」


「じゃあなにか? 私たちの仕事を暑苦しいとか馬鹿にしない、それどころか一緒にそこの指輪みたいなものを作ってくれるほど理解を示してくれてるっていうのか?」


「この頑固者が、こんなに乙女のように骨抜きになるほどだろ? なんだそれ。いまだに信じられねえ……」


「ダカラ言ッテルダロ。アキトハ他ノ男ナンカト違ウッテ」


 口々にそんな男なんて信じられないと騒ぎ立てるドワーフたち。

 そんなドワーフたちも、精霊の言葉を信じるしかなかった。


「そうみたいだな……」


「ああ、くそっ。うまくやりやがって。なんで、私じゃなくてノーラの弟子なんだよ」


「そうは言うけど、お前ノーラより上手く教える自信あるか?」


「いや、無理だな……腕もこいつのほうが上だし」


「それにしても気になる。いったいどんな男なんだ」


「はあ……一回会ってみてえなあ……」


 こうして、ドワーフの国は禁域の森にいると言われている男の噂でもちきりとなるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る