第79話 鎚族のエンカウンター

 さすがに恥ずかしい。

 俺が趣味で彫った工芸品を、なぜかみんなが身に着けている。あんな代物をだ。

 暇つぶしで作っているだけなので、別に出来を気にしちゃいけなったが、それらが自分の目に届く場所で身につけられているとなると、話は別だ。


「もっと上手に作れるようになりたいなあ……」


 ミーナさんが回収して値段をつけてくれていたが、あれは俺が作った物自体の価値ってわけじゃないのだ。

 あくまでも、俺を気遣った結果、様々な物を渡してくれて、ついでにこちらが作った小物を回収しているだけ。


「というわけで、本格的に物作りを教えてください」


「話はわかりましたが、騒ぎの元となるのでやめてください」


 ルチアさんに頼んでみたが、胃を抑えながら断られた。

 ならばと思い、ちょうどルチアさんの家を訪ねてきたミーナさんに頼むも、笑顔で断られてしまった。

 そんなにか……俺の物作りの才のなさは、器用なエルフたちでさえ、匙を投げるほどだったのか。


「やっぱり独学しかないのかあ……」


 一人悩んでいると、先ほどまでフウカとヒナタと遊んでいたチサトに、服の裾を引っ張られた。


「……教エル」


「チサトが? こういうの得意なの?」


 それは知らなかった。

 なんとなしに聞いてみたら、チサトは手のひらサイズの精霊たちの焼き物を見せてくれた。


「へえ、たいしたもんだな。これの作り方を教えてくれるってこと?」


「……」


 返事の代わりにうなずくと、チサトはさっそく作り方を見せてくれるようだ。

 チサトは、しゃがんで土に触れる。

 すると、土は勝手に精巧な人形の形へと変形していった。

 ああ、うん。チサトそういうの得意だもんね。


「俺には無理かな……」


「ソンナ……」


 ショックを受けている様子だが、チサトの表情は相変わらず変化していなかった。


「ナンダ、アキトモ何カ作リタイノカ?」


 ヒナタが俺に抱きつく。

 相変わらず触れられた感触はないが、本人がこの行為自体を気に入ってるらしい。

 フウカとチサトもそうだが、精霊って甘えたがりな、こどもっぽいからなあ。


「まあね。一人で続けてたけど、教えてくれる人がいたらと思って」


「……ノーラニ頼ンデヤロウカ?」


 ノーラっていうと、たしか前に名前を聞いたことがあるな。


「ヒナタと仲が良いドワーフだっけ?」


「アア、アイツハ話ガワカルヤツダ」


 この世界のドワーフがどんなものなのか、いつか会ってみたいとは思ってた。

 ちょうどいいし、ここはヒナタに頼んでみるのもいいかもしれないな。


    ◇


「ソンナノ後デイイカラ、サッサト行コウッテ」


「だから、待てって言ってるだろ。だいたい、急にきて禁域の森に行こうだなんて、私たちは精霊様たちと違って、そんな気軽に遠出できねえんだよ」


「行コウッテ~!」


「わかってるから、せめてちょっと待て! 遠出の準備くらいさせてくれ」


 国をまたぐ遠出だぞ。わかっているのかこの精霊様は。

 わかってねえんだろうなあ……

 一瞬で行き来できる精霊様と一緒にされても、困るってもんだ。


 ヒナタ様に急かされて、私は禁域の森まで出向くことになってしまった。

 しかし、大丈夫かねえ? 入った途端に襲われやしないだろうか。

 さすがに精霊様が騙すようなことはしないだろうが、不安にもなってくる。


「ヘヘッ、アキトノヤツキット喜ブゾ」


 ……まあ、これだけご機嫌な精霊様に免じて、アキト様とやらに会ってやるか。


    ◇


 おいおい、本当にここに入らなきゃいけねえのかよ……

 まだ森の中に入ってもいないのに、やばい連中がうようよいるってことがわかる。

 精霊様という規格外な存在が身近にいるから、そこまで恐ろしさを感じないと思っていたんだが、とんだ甘い考えだったみたいだ。


「ってか、ヒナタ様いねえしよお……」


 森に近くまでは一緒にいたってのに、あとは森に入るだけだからと、自由奔放な精霊様は、先にアキト様とやらのところに行ってしまった。

 ほんと、なついているんだな。あの、喧嘩ばかりの精霊様を手なずけるとは、どんなやつなんだか。

 まあ、私には関係ないことだな。

 いまさら、男に好かれるだなんて思っちゃいない。


「本当に、ここに入るのかよ……」


 一歩足を踏み入れると、それだけで別の世界に変わった。

 異質な魔力やら空気やらもだが、なにより自分を監視するようにまとわりつく目線。

 これがきつい。勘弁してくれ。こっちはただの鍛冶職人だぞ。

 歴戦の戦士やら勇者様ってわけじゃないんだ。


「なんで私がこんなところに……」


 ああ、いるな。なにかいる。そりゃいるか。そういう森だもんなあ。

 襲われないのが不思議だが、さすがに話がついているんだろう。

 それにしたって、生きた心地がしない。

 早く帰りたい一心で、とにかく森の奥へと進んでいく。

 すると、前からなにか恐ろしい者が近づいてきた。


「竜までいるのかよ……」


 これまで見たことのある竜とは別次元の存在だ。

 超一流の勇者が私の傑作の剣で戦ったとしても、きっと勝てない。

 そんな規格外の化け物が、私の前に降りてきた。


「ごめんごめん。ヒナタから急に言われたから、迎えが遅れた」


「はあ?」


 そんな反応を返してしまった理由は二つ。

 一つは、さっきまで私が感じていた緊迫感をぶち壊すような、どこまでも平和ボケした声と言葉のせいだ。

 もう一つは、その平和ボケした相手が、簡単にではあるが私に謝罪したことだ。

 こいつ……男だよな?

 なんだって、私なんかに謝っているんだ。


「とりあえず、うちにきてもらえるかな? ヒナタもそっちで待ってるから」


「お、おい……」


 こともなげに、私の手をとって竜の背中へと乗せた。

 理解が追いつかない。

 なぜ、こうも軽々しく私に触る。しかも、この恐ろしい竜に触れるどころか乗せられただと?

 まあ、気にしてもしょうがないか。

 乗ってしまったものは、しょうがない。女は度胸だ。


「それじゃあ、連れてってくれ。あんたの家に」


「ああ、シルビアよろしく」


 竜は男の頼みを聞いて、再び空へと羽ばたいた。

 喧嘩っ早い精霊がなついて、化け物みたいな竜を従えているだと?

 どんな男だよ……


「俺は秋人っていうんだ。よろしく」


 知ってるよ。

 よりによって、数少ない知っていることを知らされて、笑いそうになる。


「私はノーラだ。よろしくな」


 互いの名を名乗るだけ。

 そんな、じつに簡潔な自己紹介に、ぶっきらぼうな自分らしいなと自嘲するのだった。

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