第76話 蛇の巣穴で抱きしめて

「それにしても、なぜそれほどまでうすらでかい体になっておるのじゃ」


 あ、このサイズふつうじゃないのね。

 てっきり、ラミアってこういうサイズなのかと思ってた。


「それが、最近になって種族の特徴が、濃く現れるようになりまして……」


「ほう?」


 シルビアが興味深そうな反応を見せる。

 種族の特徴ね……つまり、魔力の暴走の可能性が高いな。


「我々は、長い年月を生きた者は、森や山を覆うほどの体になると聞いています。伝説では世界まるごとを飲み干すほどの大きさになる可能性すらあるとか……もっとも、そこまで生きる前に寿命が尽きるのですが」


「世界蛇の話は聞いたことがあるが、ラミアもその可能性を秘めておるとは、聞いたことがないのう……」


 そんなにでかく成長されたら、それだけで世界が大混乱に陥りそうだな。

 そうなる前に、討伐でもされていたんじゃないだろうか。


「では、この毒まみれの汚染地帯も、種族の特徴が濃く現れたからということでしょうか?」


「ええ、我々ラミアは毒も武器の一つなのですが、制御できないほどの毒物が分泌され、周囲があっという間に汚染されてしまいまして……」


 原因はわかったのだが、この環境汚染の原因が一つの種族によるものとは、なんとも恐ろしい種族もいたものだ。

 これがもしも魔力の暴走だとすると、大量かつ強力な毒をまき散らすことによる被害は、フウカみたいな精霊の暴走の被害に匹敵している。

 体が巨大化していくにつれて、毒の分泌量も増えていくだろうし、今ここで発見できたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。


「ちょっと試してみたいことがあるんだ」


「な、なんでしょうか……」


 そんなに怯えないでほしい。これじゃあ俺が悪者みたいだ。

 そして、あらためて見るとでかいな。

 その気になれば、俺を一口で丸呑みできそうなほどに大きい。

 そんな巨大な者が、俺みたいな矮小な人間に最大限気遣いをするのだから、ソラの恐れられ方のとてつもなさがわかるというもの。


「ちょっと、どこか触れさせてもらいたいんだけど……」


 サイズが大きすぎて、どこに触れて魔力を流してもらうか少し迷った。


「え、えっと……ど、どうぞお好きな場所をおさわりください」


 違うから。

 なんか、俺がカリカさんの肉体を貪るような反応はやめてほしい。

 頬を染めるな。目を潤ませるな。

 というか、それだけ巨大なのに裸でいないで、服を着ろ。


「私」


「じゃあ、ちょっと尾を触るから」


 もうこれでいい。

 あと数秒遅かったら、アリシアが暴走していた。

 というか、なにか言いかけてた。

 内容はわからないが、どうせろくでもない提案だろうという信頼がそこにはあった。


「ちぇ~」


 口をとがらせるアリシアを見て、俺の判断が正しかったことを確信する。

 というか、またそんな見た目だけはかわいい仕草を、どこで覚えてくるんだこの子は。


「ちょっと、尾のほうに魔力流してみてもらえない?」


「待て」


 これまでのように、俺を通して魔力を放出することを試みようとするも、シルビアに止められた。


「どうしたの? なんか問題あった?」


「ラミアの魔力は、毒の元となっておる。そんなもの体内に流せば、主様に苦痛を与えることになる。さすがにそれを見過ごすわけにはいかぬ」


 そんなことが……

 シルビアが止めてくれてよかった。

 アリシアの治療があるとはいえ、さすがに体内に毒が流れたら苦しむことになるか。


 さてどうしたものか。

 多分ラミアの体の問題も、毒の問題も、例によって魔力の暴走が起因となっている。

 ならば、これらを解決するためには、俺が治療するしかないだろう。

 しかも、このまま放っておいたら、下手したら森全体が大変なことになりかねない。

 うんうんと唸っていると、アリシアがぴしっと手をあげた。


「私の障壁で、アキト様の体内をお守りするのはどうでしょうか」


「正気か? 体の中が毒で犯されぬよう、障壁を張るなど、どれほどの技術が必要じゃと思っておる。それも、自分自身にではなく、他人になぞできるとは思えんぞ」


 なんかよくわからないけど、アリシアの提案は曲芸じみた魔力技術を要するらしい。

 あのシルビアですら、無理だと言い切るのであれば、きっとかなりの離れ業なんだろう。

 だけど、俺の答えは初めから決まっている。


「わかった。それじゃあよろしくアリシア」


「主様……たしかに、アリシアがいる以上毒は瞬時に治せるが、失敗したら一瞬でも激痛が体を巡るんじゃぞ? 別の方法を探すわけにはいかんのか?」


「大丈夫。アリシアを信じてるし。それに、カリカさんたちも長い間苦しんでるなら、早く助けたいからね」


 大丈夫。失敗しても死にはしない。

 自分にそう言い聞かせてから、カリカさんの尾をにぎる。

 すると、背中にやわらかい感触があった。


「あ、アリシア?」


 しまった。油断していたから、アリシアの暴走を許してしまったようだ。


「ふ、ふりむかないでください! 少しでも接触している場所を増やさないと、制御が難しいんです! あと、いま振り向かれたら、はずかしくて失敗します!」


 やわらかい感触が、俺の背でつぶれて形が変わっていくのがわかった。

 こんなの、俺だって恥ずかしい……ていうか、アリシアに恥ずかしいって感情あったんだ。

 いや、違う。いまは、カリカさんの治療を……やけに、鼓動の音が響く。

 ああ、そうか。これ、俺だけじゃなくてアリシアの鼓動も混ざってるのか。

 じゃあ、アリシアにも俺が緊張してるってばれてるんだろうな。


「い、いつでもどうぞ!」


 背後から俺の腹部に腕が回され、思いきり抱き締められる。

 ――もっとも、アリシアの力を考えると、これでも俺がへし折れないように加減してくれているんだろうが。


「か、カリカさん。尾から魔力流して」


「え、は、はい」


 結局、三人でてんやわんやの状態で、魔力の暴走を治療することになった。

 精密作業っぽいんだけど、俺は無事でいられるんだろうか……


 体の中をなにかが通っていく。

 しかし、これまでと違って、その気配をおぼろげに感じる。

 まるで、魔力そのものではなく、魔力を薄い膜で包んでから、体の中を通過させているようだ。

 そのせいか、いつも感じる吐き気にまったく苛まれない。

 ――いいな。これ。すごく、楽で助かる。


 本当に魔力が放出できてるのか疑うほどに、俺の体の中は平穏に包まれていた。

 だけど、たしかに魔力は体外へと排出できており、自分の体から出て行く、毒々しい色がそれを証明していた。


 ちょっと暑い。

 カリカさんの体が大きすぎるせいか、これまでで最も治療に時間がかかっている。

 少し疲労を感じているし、汗をかいてしまっているのもわかる。

 ……アリシアに臭いって思われてないかな。

 これだけ密着していると、そう思われていそうで不安だ。


 だめだ。アリシアのことは今は考えないようにしないと。

 ……でも、アリシアも息を荒くしているし、多分汗をかいているな。

 不快な匂いじゃない。アリシアの強い匂いが鼻腔をくすぐる。

 ……無理だ。多分、魔力の暴走の治療が終わるまで、アリシアのことが頭から離れない。


 早く終わってくれ。俺はそう思うので精一杯だった。

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