第75話 皿まで食らうには大きすぎる
「えっと……すみませんでした。お楽しみのところ来ていただいて」
「いや、わりと暇を持て余してたんだけど。そんなに忙しそうだった?」
エルマさんに話があると言われたので、散歩がてら訪問したらそんなことを言われた。
根を器用に動かして、移動をする姿を見て感心していたら、俺が多忙な人間だと勘違いさせてしまったらしい。
「ですが……それほど匂いが混ざり合ってたということは、そういう行為中だったのでは」
「匂い?」
臭いか? 腕を鼻に当てて匂いを嗅ぐ。すると、わずかにお日様のような匂いがした。
なんだろう。俺以外の匂いがするな。そして、俺にもわかるってことは、俺より鼻が利く者たちはもっとわかりやすく匂いを感じ取っていたということになる。
「……ああ! そっか。これは大丈夫。昨日、ちょっといろいろあっただけだから」
多分これシロの匂いだ。
なんか、やたらと体をこすりつけてきたから、そのときの匂いがついたんだと思う。
もしかして、今日はソラが俺から逃げていくのもそのせいか。
別の匂いがするのが嫌なのかもしれないな。
「そうですか……その、お楽しみになったようでなによりです」
いや、我慢したから。
めちゃくちゃ我慢したよ? 俺。
「まあ、いいや。それで、話があるって言ってたよね?」
「はい。私たちのいる場所から遠く離れてはいるのですが、土壌が毒で汚染されているようでして」
毒か、なんだかおだやかな話じゃないな。
だけど、環境の汚染が問題となると、俺にできることはない。
つまり、チサトの橋渡し役として頼まれたってところか。
「チサトを呼べばいい?」
「いえ、地竜様が土の毒抜きをしてくれているので、精霊様の手をお借りする必要はありません」
テルラがんばっているんだなあ。
すっかり、アルラウネたちと打ち解けて、共に暮らしていくことができているらしい。
エルフの村に溶け込むことができたソフィアちゃんを思い出させる。
「じゃあ、毒はもう綺麗に浄化されたんじゃないの?」
「そう思っていたのですが、何日かしたらまた同じように毒が蓄積されているようでして……このままでは、森中に侵食していかないかが不安なんです」
たしかにそれは他人事じゃなさそうだな。
なんにせよ、まずは原因を調べないことには始まらない。
ちょうどシルビアとアリシアもいるし、三人で調べに行ってみるか。
「そういうことなら、俺たちが調べるよ。シルビアとアリシアも一緒にきてくれる?」
「ええ、お任せください。万が一、アキト様が毒に蝕まれても、私の聖女パワーですぐに治療しますから」
「妾もかまわんぞ。アルラウネたちには愚妹が世話になっておるしのう」
なんとも頼りになる二人だ。
ソラとルピナスは残念ながらこの場にいないが、それでも十分すぎるだろう。
「ところで神狼様はいないですか?」
「なんか、今日は俺の顔見て逃げちゃうんだよね」
それも、シロの匂いがついているせいだとわかったので、帰ったらすぐに温泉に行かないとな。
若干、シロに悪いかなと思うけど、いつまでも匂いをつけておくわけにもいかないしな。
そうしたら、また夜中に匂いをつけられるんだろうか。
「それなら気にすることはないと思うぞ。なんとなく想像がつく。あの方、主様が絡むとヘタレじゃからなあ……」
ソラのことを理解しているようなシルビアに、飼い主としてほんの少し対抗意識が芽生える。
俺だって、ソラがへたれでお馬鹿なかわいいわんこってことは知っているんだぞ。
そんなたわいもないことを内心で思い浮かべながら、俺たちは汚染地帯へと向かった。
◇
「うっわ……これはひどいな」
土が腐っているうえに、ドロドロのコールタールみたいな塊がそこら中に散乱している。
心なしか空気も澱んでいて、腐臭のようなものが鼻をつき、この場にいるだけで気分が悪い。
事前にアリシアが、浄化の継続魔法をかけてくれたので、俺自身に悪影響はないのだが、いかんせん、いくら浄化され続けようと、この場にいるかぎりは、不快感が常につきまとうだろう。
「毒ってここまですごいものなの? 土がだめになるとか、生き物の命に影響があるとかはわかるけど、こんな周囲一帯が汚染されるまでとは思わなかった……」
「いえ、私が昔浄化した土地も、こんなにひどくなかったです」
「原因を聞いた方がよいな。生命の反応がわずかにある。そやつらなら何か知っておろう」
シルビアに先導され、毒の沼になってしまった汚染地帯を避けながら進むと、アラクネや俺たちの住居に似た洞窟を見つけた。
「ここに誰かいるの?」
洞窟の中はやはり毒が充満している。
アリシアがいなかったら、とても俺が足を踏み入れられるような場所ではない。
こんな場所に、本当に生き物が住んでいるのだろうか。
「ラミアじゃな。以前訪れたことがあるじゃろ?」
そう言われて、周囲の風景を見渡してみる。
たしかに……前に似たような景色を見た覚えがあるが、そのときはこんなおどろおどろしい土地じゃなかった。
つまり、あれからわずかな時間で、この場所はここまで汚染されたというのか。
その浸食速度に血の気が引いてしまう。
このままでは、俺たちが住む森全体が、毒で蝕まれた死の土地になるのも、そう遠くはない。
「とにかく、入ってみよう」
洞窟に一歩足を踏み入れると、腐った肉の匂いが鼻をつく。
ラミアたちは、ここにいて平気なんだろうか。
「そこで止まってもらえるかしら?」
奥からそんな声が聞こえたので、足を止め、目を細めて声の主を見ようとする。
すると俺たちのいた場所が一瞬で埋め尽くされるほど、巨大な蛇の尾が伸びてきた。
でかい。せいぜいが俺と同じサイズの蛇かと思っていた。
それでも十分でかいというのに、この巨大な尾はそこらの大木にも匹敵するほど太く、長く、頑強だ。
こんな尾で攻撃されたらひとたまりもない。
しかし、幸いなことに蛇の尾は、俺たちを避けながらも空間内を埋めていった。
周囲がごつごつした岩壁から、毒々しい蛇の尾の壁へと変化したようだ。
ようやく、蛇の尾の動きが収まってきたかと思ったら、ついでこれまた巨大な女性の上半身が現れる。
これがラミア。思ってたよりもはるかに巨大な生き物だ。
「ごめんなさいね。狭いところで……って、あ、あなたは神狼様の……」
「ええと、ソラなら今日は来てないよ。はじめまして俺は秋人」
「私はクイーンラミアのカリカともうします」
まずは互いの自己紹介をすませると、同行している二人もそれにならう。
「竜の女王に……それに匹敵する人間……? す、すみません。私たちになんのご用でしょうか」
残念ながら、彼女も俺たち――というか、俺以外の仲間たちに怯えてしまったようだ。
こうなると、言葉遣い直してくれないんだよなあ……
というか、俺はみんなと違って、ふつうの人間なんだから、せめて俺だけでも出会ったときの口調で話してくれないだろうか。
「さっきみたいな話し方でいいんだけど」
「い、いえ! 神狼様のつがいの、それも男性にあのような話し方なんてできません!」
ソラのせいだった。帰ったら無理やりとっ捕まえてなで回すことにしよう。
俺はそう心に決めるのだった。
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