第73話 X00歳児の妹様

「そ、そんなはずは……」


「わかったじゃろう。貴様と妾では戦いにならぬ」


 さすがは竜。俺たちにとっては大災害のような攻撃も、彼女らはたやすく跳ね返し、跳ね返されて直撃しようとぴんぴんしている。

 だが、先の攻防により完全に実力の差は明確となり、さしもの地竜もかなう相手ではないと理解してしまった。


「だって……私、あれだけたくさん魔力を蓄えたのに」


「たしかにチサトの魔力は、ずいぶんと力になりそうじゃったな」


 竜さえもそのような認識か。精霊もまた規格外な存在なのだと理解する。

 そして、先ほどのシルビアが自身と同格と言ってのけたアリシア。

 シルビアでさえまるでかなわないというソラ。

 なぜだろう。アリシアが一番おかしい気がするのは。


「だったら、なんで力をつけた私が姉さまに勝てないのよ!」


「すまんのう。妾もまさかポーナの実を、食後のデザートと言う者がおるとは思わなんだ」


 ああ、あれ美味しいよね。

 ソラの許可がないと食べちゃいけないらしいけど、ソラは俺たちに毎日食べさせてくれる。


「ポ、ポーナの実!? 神の果実じゃない!? ずるい! そんなの食べてたら私より強いに決まってるじゃん!」


「ところで、話し方さっきと全然違うんだけど、いいの?」


 きっと無理をしていたのだろう。そのことは先のシルビアへの態度からも明白だ。

 だが、つい気になって、確認してしまった。


「え? ああ……私の威厳があ……」


「安心せい。主様はそんな些細なことは気にせぬ」


 というか、さっきの竜の王としてのシルビアよりも、普段のシルビアのほうが好きだしな。

 むしろ、威厳がないほうが接しやすくて助かる。


「さて、まずはアルラウネたちに言うことがあるじゃろう」


「え? あう……食べすぎてごめんなさい……」


 彼女はアルラウネたちが、皆やつれていたことに気づいたのだろう。

 弱々しく、しかし、はっきりとした声でアルラウネたちに謝罪をした。

 地中にいたせいで、地上の者たちの分まで食料……この場合、土を奪ってたってことにも、気づいていなかったのではないだろうか。


「チサト、悪いけど、今度こそアルラウネたちのことを助けてくれる?」


「ン……」


 チサトが再び魔力を送ることで、ようやく土壌問題が改善される。

 アルラウネたちは、うれしそうに土から栄養やら魔力やらを吸収しているようだ。

 今度は地中から魔力を吸い取る者がいないため、これでアルラウネたちの飢餓問題も解決することだろう。


「まったく……なまけて地中に引きこもってるから、他種族に迷惑をかけることになるのか、このモグラめ」


「も、モグラじゃないもん! 土竜じゃなくて、地竜だもん!」


 その泣き声には、もはや威厳なんて欠片も存在しなかった。


    ◇


「あ、主様。こんにちは」


「こんにちはテルラ。今日も土いじりしてるんだ」


 地竜ではなくモグラと呼ぶようにシルビアに言われると、地竜は全力でそれを止めようとして、自分の名前はテルラだと泣きながら名乗った。

 もう少しで、ルピナスの中での呼称がモグラさんになるところだったので、わりとギリギリだったと思える。


 テルラは、結局あの土地に居つくことになった。

 これまでと違って地中ではなく、地上に住むようになり、アルラウネたちと共生している。


 チサトほどではないが、テルラも土に関する力があるようで、周囲の土に魔力を込めたり、微生物を混ぜたりと、土の改善を行っているみたいだ。


「まったく……最初からそうしておけばよかったのじゃ。他人から掠めとるだけで、自分はなまけてばかりとは、嘆かわしい」


「だって、姉さまみたいに誰かを従えるとか無理だもん」


「せめて、自分が食う分くらいは、自分でなんとかしようと思わんのか」


 なんか、竜同士とは思えない悲しい会話が交わされている。


「あの~、竜王様。私たちは全員無事でしたし、今では地竜様のおかげで食事には困らないので、あまり責めないでいただけると」


「甘いぞお主ら。この引きこもりは、これくらい言わんと、どうせすぐに地中に引きこもるぞ?」


 テルラは両手で頭を隠すようにして伏せていた。

 耳を覆い、目を閉じてる姿は、シルビアという存在にえらく怯えているみたいだ。

 憧れの姉さまというのが、彼女にとってのシルビアのはずだが、どうやらそれだけじゃないみたいだな。


「まったく……主様、すまぬがこやつを嫌わんでやってくれ。こんなのじゃが、良いところもあるんじゃ」


「それは、当然嫌ったりしないけど。やさしくていい子だし、シルビアの妹っていうなら心配してないよ」


 威厳を捨て去ったテルラは、もはやふつうの心優しい女の子でしかなかった。

 よくシルビアに戦いを挑めたものだと、感心するほどだ。


「や、やさしい……主様いいひと……」


「この様子なら、少なくとも主様の前では真面目になるか……」


 なんかあれだ。でかくてへたれな動物って感じがする。

 だから、ついつい鼻をなでてしまった。

 本当は頭にしたかったのだが、巨大すぎる体の彼女の頭は届かない。


 触り心地はやっぱり見た目からの想像どおりだ。

 ざらざらしているし、冷たくてもとても固い。

 何年、何百年と生き続けてきた岩のような、彼女らしい感触だ。


「あ……姉さま。主様すごいね。こんなにやさしく触ってくれるオスがいるんだ」


「そうじゃぞ。これが当たり前と思ってはいかんぞ」


 別に俺はいつでも頭くらいなでるけどな。


「姉さまにひどいこと言うオスなんていらないから、主様を竜族所有のオスにしちゃおう?」


「神狼様に殺されるから嫌じゃ」


 そこに俺の意見はないのだろうか。

 シルビアと違ってどこまで冗談なのかまだわからないけど、わりと本気で言ってる気がするぞ。


「そういえば、テルラはシルビアみたいに人間にはなれないの?」


「え~、なれるけど面倒だからなりたくない……」


 なれるのか。だけど、こちらも興味本位の質問でしかないから、無理に姿を変えてもらう必要はない。


「聞いてみただけだから、ならなくていいよ」


 鼻をそのままなでておくが、どうしよう。

 シルビアみたいに人間にもなれるのに、こうして気安くなでてしまっていいのだろうか?

 そんなことを考えると、シルビアがなにやら耳打ちをしていた。


「た、たしかに……この姿じゃ頭まで届かないもんね」


「そうじゃろう?」


「主様。人間の姿に変わるからちょっと離れててね」


 なぜか急に気が変わったらしく、テルラは人の姿になってくれるみたいだ。

 無理しなくていいんだけど、本人はやる気みたいだから、見守ることにした。


 シルビアのときと同じだ。

 魔力が集まっているらしく、全身が発光したかと思うと、次の瞬間には巨大な竜から、一人の女性へと変化する。

 そして、やはりシルビアの妹というだけあって、顔立ちがよく似た美女がそこにいた。


「ど、どうかな」


「でっかい……」


 しまった……

 つい、一番最初に感じたことをそのまま口にしてしまった。


 でかい。シルビアもでかいけど、テルラはそれよりもはるかにでかい。

 あれだけでかいと邪魔になりそうだなと、心配になるほどの巨乳の美女がそこにいた。


「え? 大きいって……ああ、たしかに私のほうが姉さまより背が高いね」


 そういうことにしておこう。

 俺の本音がばれると、なんかトラブルが起きる気がする。


「そ、そうだな。思い返せば、竜の姿もシルビアよりテルラのほうが大きかったし、それが身長に反映されたってわけだ」


「食っちゃ寝ばかりしてたから無駄に育ちすぎたんじゃろ」


「む、無駄じゃないもん。体が大きい方が戦うときにも有利だもん」


 よし、ごまかせた。

 しかし、よく言い争うような姉妹だけど、よく見ると二人ともとても楽しそうだ。仲が良い姉妹なんだな。

 こちらも、家族のことを思い出してしまい、わずかな悲しさが去来する。


 そんな望郷の念にかられていると、テルラはこちらに近づきしゃがんだ。

 すごいゆれる。無防備すぎる。


「どうしたの?」


「あれ? さっきの続きは?」


 続き……もしかしてなでろと?


「いやあ、さすがにその姿をなでるのは、ちょっと恥ずかしい」


 アリシア? あれは別だ。なんかもう、あの子は動物みたいなものだと思っている。

 ――だからこそ、たまに見せる女の子らしいところには、不覚にもどきどきさせられるけど。


「えっ……だって、姉さまが」


 テルラは話が違うというように、シルビアの方を見ると、そこには笑いをこらえのに必死な様子のシルビアがいた。


「ね、姉さま! 嘘ついたでしょ!」


「嘘など言っておらんわ。妾はただ、竜の姿じゃと巨大すぎて、頭をなでられぬと言っただけじゃ」


 ああ、そういうこと。

 たしかに、あのサイズの巨体の頭をなでにいくとなると、ちょっとしたロッククライミングみたいな真似をしないといけない。

 ……でも、シルビアに騙されて涙目になってる姿はかわいそうだな。


「ほらほら、喧嘩しない」


 だから、俺が少し照れくさいのを我慢するくらいはいいだろう。


「あ……主様~。好き~」


「ず、ずるくないか!? 妾はそんな簡単になでてもらえなかったではないか!」


 テルラは、まだ見た目は美女でも中身が子供っぽいから大丈夫だけど、シルビアはなあ……

 美人すぎる自分を恨んでくれ。


 音もなく乱入して、当然のようになでられたわんこも含めて、俺は遺憾なくゴッドハンドで彼女たちをなで回すのだった。

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