第72話 ダイナミック姉妹喧嘩

「地下になにかいるっていうのなら、まずは地下に潜らないとな」


 しかし、そんな浅い場所にいるんだろうか?

 ひび割れた地面を見下ろす。

 その隙間からは、暗闇が広がることしか確認ができない。

 姿も、音も、匂いもない。

 およそ俺が知覚できるような、浅い場所にはいないってことになる。


「骨が折れそうだな。これは」


 この小さな隙間からじゃ、俺はもちろんのこと、ルピナスすら入れないだろう。

 ならば、ただでさえ死にゆくこの大地に、大きな穴を開けて潜っていくってことになる。

 そんなトドメを刺すような真似ができるだろうか?


「任セテ」


 俺の悩みを解決してくれるのは、やはり土のスペシャリストだった。

 いつものようにのんびりとした様子は微塵も感じさせず、地面になにか魔力を込めていたかと思うと、地面が噴火した。

 ――いや、噴火を彷彿させるほどの勢いで、地中から土やら石やらが噴き出したのだ。


「そういえば、ヒナタがちーちゃんも似たことできるって言ってたっけ」


 思い出すのは、火の精霊の自慢げな表情。

 彼女が温泉を作り上げたときに、この光景はよく似ているのだ。

 もっとも、中からあふれ出ているのは、水でもお湯でもなく、純然たる大地そのものであるが。


「ああ、匂う。あのものぐさの匂いが、ここまで匂ってきておるわ」


 眉間にしわをよせて、そうこぼしたのは、シルビアだった。

 さっき匂うって言ってたけど、彼女は地中にいる者を知っているんだろうか?


「すまんのう主様。そして、アルラウネたちよ。元凶は妾が関係しておったようじゃ」


 怒り、というよりは不機嫌という表現が正しい。

 いつものおおらかな彼女とは違う。

 おそらく、これは竜の女王としての顔だ。


「無礼者が! 私を地上へと押し上げる者は誰だ!」


 チサトに力によって、土の間欠泉のようになっていた地面の中から、声が聞こえた。

 傲慢であり、しかし威厳もあるようなそんな声。

 自身こそが絶対だと思って疑っていない、そんな者が発したであろう声は、いつかのシルビアを思い出させる。


「なんだ? 花人族に人間の……オスだと?」


 まるで岩盤のような固い鱗に覆われた巨体が、土の中から現れる。

 岩の塊がそのまま動きだしたと錯覚してしまうほど、堅牢なごつごつとした体。

 それは、俺がこの世界で遭う二人目の竜だった。


「そ、そんな……地竜だなんて……」


 エルマさんや他のアルラウネたちが、ひどく緊張した様子を見せる。

 その姿を一瞥するも、竜は俺に語りかけてきた。


「ふん……花人族などどうでもよい。だが人間のオス、貴様は別だ。私の物となれ。ともに地中で生きることを許す」


 いや、死にます。

 あなたが生きることを許しても、生き埋めになって死にます。


「なんじゃ、結局オスに執心しとるんじゃないか」


 俺の埋葬を止めたのはシルビアだった。

 彼女の言葉を聞く限りでは、どうやら二人は見知った仲ということになるらしい。


「じょ、女王様!? い、いや、シルビア……なぜ、あなた……貴様がここにいる」


「妾はとうの昔にこの森の住人じゃからな。そして、今は身内の不始末を片付けにきたところじゃ」


 身内。もしかして、家族なのか?

 それにしてはやけに不機嫌そうな顔をする。アルラウネたちに迷惑をかけたのが身内となると、無理もないのかもしれない。


「ふ、ふん。私は長い時間をかけて、この土地の潤沢な魔力を吸収してきた。たったいま、これまで以上に膨大な魔力もだ。もはや、貴様に後れを取る私だと思うなよ!」


「やれやれ、オスに媚び売る姉さまなんて見たくないと言って出て行ったというのに、嫌われたものじゃな」


「だ、黙れ! もはや、貴様など私の憧れでもなんでもないわ! オスなど私に支配されるだけの生き物だとわからせてくれる!」


 しかも、随分と仲が良かったらしい。

 だが、そんな大好きなシルビアが、男たちに媚びへつらう姿を見るのが耐えられなかったようだ。

 さようなら地竜の威厳。

 もはや君は、大好きなお姉さんに、ちょっと反発してるだけの女の子にしか見えない。


「ほう……素直に謝るのであれば、妾も一緒に頭を下げてやったのじゃが、どうやら灸を据えてやらねばならんようじゃのう……」


 灸あるのかな? ありそうだな。米も味噌もある世界だし。

 ヒナタあたりが、鍛冶で疲労したドワーフのこりを、お灸で治療してあげたりしていそうだ。


 あ、まずいなこれ。

 目の前の岩盤が震えだした。まるで地震でも起きたかのような風景だが恐怖はない。

 むしろ、恐怖しているのは岩盤自身だからこそ、これほどの振動を発しているのだ。

 ようは、怯えてるのだ。この子。


「お、オスにうつつを抜かしていた貴様ごときに、膨大な魔力を蓄えた私が負けるものか!」


「アキト様。どうぞ」


 やはりいつかのように、アリシアが俺の前に出て守ってくれる。

 だが、そのポーズはなんだ。

 誰かをおぶるような、その体勢でこちらを見ないでくれ。さあ、じゃない。

 おぶられろというのか、アリシアに。


「ありがとう。アルラウネたちも守ることはできる?」


「ええ、みなさんに被害がいかないように、結界を張っています」


 だが、アルラウネたちはアリシアの後ろにいないぞ?


「もしかして、アリシアの後ろに隠れる必要ないのか?」


「いえ! アキト様がすぐ後ろにいることで、アリシアパワーを遺憾なく発揮することができるのです」


 贅沢は言うまい。守ってくれているのだ。これだけの人数を。

 俺が後ろにいるというだけで、アリシアパワーとやらが高まるのなら、俺はもう何も言わないでおこう。


「あれ~? 背中に乗らないんですか? おかしいですねえ」


 はたしておかしいのはどちらなんだろうか。

 そんな俺たちのくだらないやりとりをよそに、地竜とシルビアは戦いを開始した。


 地面がゆれる。まるで大地震だ。

 ただその巨体がシルビア相手にぶつかっただけ、それだけで直接戦っているわけでもない俺たちに、多大な影響を及ぼす。

 だが、シルビアは巨体の突進をものともしない。

 竜の姿ではなく、人の姿でやすやすとその突撃を受け止めている。

 それも、右手一つでだ。


 それには地竜も大いに驚いたようで、信じられないとばかりに大きく目を見開いた。

 一度後方へと下がって再度の突撃。だが、やはり片手でやすやすと受け止められる。

 地竜とて、これがすべてというわけではなく、ほんの様子見にすぎない攻撃だろう。

 だが、様子見で理解してしまったのだ。

 自分がいま戦っている相手との明確な実力差を。


「そんなことがあるか!」


 頭の中によぎった己と敵の差を打ち消すためか、地竜は咆哮に似た大声をあげて口を開く。

 魔力が見えない俺でもわかる。

 大きく開いた地竜の口に、なにかエネルギーのようなものが収束している。

 限界まで収束したそれは、はじける寸前で前方の敵へと解き放たれ、破壊の塊のような存在が轟音を鳴らしながら放射状に襲いかかる。


 ブレス。俺たちの世界ではそう呼ばれている、ゲームや漫画ではおなじみの、ドラゴンが使う技とされているものだ。

 地竜のそれは、岩や土塊が含まれており、まるで土石流のようでもあった。

 まともに巻き込まれようものなら、脆弱な人間である俺はもちろん、この森に住む種族たちですら、耐えられるかわかったものではない。


「まあ、敢闘賞くらいはくれてやるかのう」


 そんな絶対的な力を前に、シルビアは焦った様子一つ見せることはない。

 やはり、右手だけだ。

 しかし、これまでのように、人間のようなやわらかく小さな手ではなかった。

 地竜とはまた別の、重厚感を思わせる赤い鱗。

 一本一本が俺たちを簡単に斬り裂けそうな、鋭利な爪。

 そんな竜の腕が、人間のときよりも一回りほどの大きさで、地竜の攻撃を迎撃せんと動いた。


 腕をふるっただけ。

 何にも触れていない。空中でただ弧を描いただけだ。

 それだけで、風ではないなにか不自然な力の奔流が発生し、地竜の攻撃は勢いを失う。

 そのまま、完全に推進力がなくなってしまうと、あとはシルビアの腕により発した力に飲み込まれるだけだ。

 地竜のブレスは、シルビアの腕の一振りで押し戻され、自らへと返っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る