第71話 Ein Loch ist im Eimer
チサトに案内された場所は、大小さまざまな花が咲き乱れた美しい場所だった。
たしかに、これだけ巨大な花まで咲いているなら、アルラウネとかいそうな雰囲気だ。
しかし、あたりを見回してみると、そこにはただの花が咲いているだけで、肝心のアルラウネは見当たらない。
「チサト、道間違えた?」
「……」
首を左右にふるチサト。どうやら、ここで合っていると主張しているようだ。
「エルマ、アキトさんを連れてきたわよ。起きられそう?」
イオさんは巨大な花に話しかけたかと思うと、その花はもぞもぞと動きだし、花の上に緑の肌の女性の上半身が現れた。
「あ、ありがとうイオ」
エルマと呼ばれたアルラウネは、寝起きの人のように目を二、三、またたかせると、俺とソラのほうを向いた。
「はじめまして、神狼様、神狼様のつがい様。私はアルラウネのリーダーのエルマと申します」
神狼様はソラだけど、つがいって俺のことか?
なんか勘違いされてるけど、いまにも倒れそうな弱々しいアルラウネに対して、わざわざ訂正するのもかわいそうだな。
「俺は秋人で、こっちはソラ。よろしく」
必要以上に恐縮されそうだし、無駄な問答が発生するため、敬語は使わずに簡単に名乗っておく。
「あつかましいお願いなのですが……イオたちのように、私たちもお救いいただけないでしょうか」
ほら、きた。
やっぱり、もういっぱいいっぱいになってるから、俺たちに助けてくれって用事じゃないか。
なんの解決策もないまま来ちゃったけど、本当に大丈夫なんだろうか。
「……」
チサトを見ると、チサトは親指を立てて任せろと言わんばかりの態度で答えた。
いいんだよな? もうなんとかするって答えちゃうよ?
「えっと、俺たちにはエルマさんたちを助ける方法がわからないけど、このチサトがなんとかできるかもしれない」
「え、その方は……土の精霊様!?」
ああ、そんな急に大声を出すから、むせちゃってるじゃないか。
とりあえず背中をさすってあげると、楽になったのかなんとか落ち着いたようだ。
「あ、あの……すみません。私なんかに触れさせてしまって」
申し訳なさそうにするが、気にしないでもらいたい。
というか、裸の女性の背をさするって、俺の方が悪いことしてる気がするし。
動くたびにゆれるから、落ち着いてほしい……
「いてっ」
「……」
ソラに甘噛みされて、チサトにすねを軽く蹴られる。
ソラのほうは痛みはないし、チサトもかなり加減してるので痛みはほとんどない。
だけど、二人がご立腹なのは言葉がなくても理解できる。
そうだね。こんなときに変なこと考える俺が悪かった。
「ごめんごめん。チサト、アルラウネを助けることはできる?」
チサトはしかたないというように、ため息をついてから地面を手で触る。
ペタペタと触ってわずかに移動し、また地面を触ってと繰り返す。
地質の調査でもしているのか?
あたりをうろうろと動き回っていたチサトは、元の場所へと戻ったかと思うと、しゃがんで両手を地面につけた。
うちの畑の土をよくしてくれたときのあれと同じだ。
チサトの手のひらから地面へと、光が流れていく。
さすがに畑よりも広範囲だからか、あるいは畑以上に土の魔力が枯渇していたのか、たっぷりと時間をかけて土に光を注いでいく。
「終ワッタ」
「そっか、お疲れ様」
チサトは何事もなかったかのように、こちらにトコトコと歩いてきた。
ちょうどいい高さに頭があったので、思わずなでてしまう。
はいはい。わかってる。お前もなでてほしいんだな。
もうセットでなでるのにも慣れてきた。
ソラとチサトをなでながら、エルマさんに伝える。
「土の状態を改善したみたいですよ」
「す、すごい。こんなに魔力に満ちたおいしそうな土、初めて見た」
土においしそうという感想をつけるのは、彼女たちぐらいだろうな。
だけど、お気に召したようでなによりだ。
もしかして、これでアルラウネたちの飢餓問題も解決するのか?
だとしたら、あっさりと解決したチサトってすごいんだなあ。
さすがは精霊といったところか。
「みんな、精霊様が土壌を改善してくれたわよ。起きて食事にしましょう」
エルマさんの声を聞き、そこら中の花々から女性の裸体が上半身だけ生えてくる。
すごい人数だ。ここにある花のほとんどが眠っているアルラウネだったのか。
「あっ……すみません。お客様の前で急に食事なんて初めて」
なにも食べているように見えないんだけど。
もしかして、もう土から栄養とか魔力とかを吸い取り始めているのか?
まあ、なんにせよ。俺たちのことなんて気にしてる場合ではない。
「気にしないで。というか、死にそうなほどお腹空いてる人たちに、食事をするなとか言わないから」
「すみません。ありがとうございます……」
普通に会話しながらも食事してるのか、便利だな。
でも、食事をするのなら、やはりちゃんと口から味わいたいし、うらやましいとは思わない。
「……匂うのう」
「えっ、なにが?」
黙って俺とエルマさんの会話を聞いていたシルビアが、ぽつりとつぶやいた。
なにか変な匂いでもするのか?
俺の鼻には、アルラウネたちの良い香りしか感じないんだけど。
シルビアくらい鼻がいいと、別の匂いがわかるようだ。
「あれ、エルマ様……おかしいです」
「どうして……だって、さっきまであんなに」
「土に魔力がありません」
食事をしていたはずのアルラウネたちがざわめく。
魔力がない? それはおかしくないか?
俺にはわからないけど、エルマさんがついさっきまで、土に魔力が満ちていると言ってたじゃないか。
足りなかったのか?
アルラウネたち全員が食事をするには。
「チサト、悪いんだけどもう一度」
「……!? ナンデ? 土ガ、枯レテイク……」
チサトにもう一度、魔力を土に補充してもらおうとしたのだが、チサトはやけに狼狽した様子だった。
土が枯れてるだって?
たしかに、土の様子がなにかおかしい。
俺たちが見ている前で、みるみるうちに土から水分が失われていく。
うるおいを失った土は、ついにはヒビが入り、不毛の土地のようになってしまった。
「……そんな。私たちの土が」
エルマさんたちが、体から力が抜け落ちたように落ち込んでしまった。
素人目の俺にすらわかる。こんな場所で植物のような彼女たちが生きていくことはできない。
その様子を見ていたチサトは、めずらしく感情を表に出していた。
怒っている。だけど、なにに対して?
「ナニカガ地下ニイル。枯レタ土ヲ戻スコトハデキルケド、コノママダト、マタソイツノセイデ枯レチャウ」
「地下になにかが? そいつがアルラウネたちより先に、土の魔力を喰い尽くしたってことか」
だとしたら、ずいぶんと大食漢がいたものだ。
そもそも、アルラウネたちが栄養失調気味だったのも、その何者かが先に土を貪っていたせいってことか。
「あれっ? この状態からでも土を戻せるの?」
聞き間違いじゃなければ、チサトはたしかにそう言ったよな?
こんな完全に枯れてしまった土を、元に戻せるっていうのか?
本当にすごいな精霊。
俺が確認すると、力強くチサトはうなずいた。なんとも頼もしい。
それなら、地下にいるという元凶をなんとかすれば、アルラウネたちの問題が今度こそ解決できるかもしれない。
今回は魔力の暴走は無関係なので、残念ながら俺は役には立てないが、チサトを含めた頼りになる仲間たちがこれだけいる。
きっと、アルラウネたちを救えるはずだ。
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