第70話 土まみれのこどもの手
フウカとヒナタは、また森の外に行ってしまった。あいかわらず自由な子たちだ。
しかし、チサトだけは二人と違い、俺の後ろをついて回っている。
「アキト様、チサトさんに気に入られたみたいですね」
「全然しゃべらんのう、そいつ」
無言だが一応表情が変わるので、意思疎通自体はそこまで苦労していない。
だけど、ここに一人残った理由だけは、聞いても教えてくれなかった。
というよりは、聞いても首をかしげているので、本人にもよくわかっていない様子だ。
「土の精霊さん、この森の土が気に入ったです?」
「……?」
やっぱり首をかしげている。
まあ、本人が納得するまでは、ここに滞在してもらっても問題ないだろう。
外に出て畑の様子を見ていると、チサトが静かに近づいてきた。
俺の横でしゃがんだかと思うと、土を指でいじって観察している。
「どうした? なんかおかしかったか?」
「……魔力ガ足リナイ」
栄養とか有機物とか、そういうものならわかるけど、魔力ときたか。
それは俺にはどうしようもない。
魔力を感じることができるのなんて、魔力暴走の治療中だけなんだから。
だけど、土の専門家ともいえるチサトが言うからには、うちの畑に魔力が足りていないのは、確かなことなんだろう。
「もしかして、そのせいで作物があまり育たないのか」
「ナントカシヨウカ……?」
なんとかできるのならありがたい。
食料に困らなくなってきているとはいえ、せっかく育てたものが実らないっていうのも悲しいからな。
「そうだね。なんとかしてくれるのなら助かる」
「……」
チサトはゆっくりとうなずいてから、手のひらを土にかざした。
すると、全身がオレンジ色に光り、その光が畑にむかって広がっていく。
「デキタ」
「見た目はあまり変わらないんだな」
劇的に作物が成長するわけでもなく、土の色や見た目が大きく変わったわけでもない。
よくよく目をこらせば、わずかに土がふっくらとしている?
今までは固そうだったけど、どことなくやわらかそうだ。
「次カラハ、チャント育ツハズ」
「それは楽しみだ。ありがとうチサト」
頭をなでると目を閉じて、満足そうに黙ってしまった。
やはり、触ることができるというのは便利だ。
……便利ではあるのだが、やはりそこは土で作られた人形ということなので、触り心地は土そのものだな。
ひんやりしているのはいいのだが、やわらかい毛並みを欲してしまう。
ということで、俺は左手でチサトを右手でソラをなでることにした。
左右から冷たさと温かさが、同時に補給されてわりといいアイディアだった。
ぼけーっとしながら、畑を前に二人を堪能していたら、珍しい客がやってきた。
「ええ……なんで、外でそんなにいちゃついてるのよ……」
「イオさん、ひさしぶり。いちゃついてないよ。かわいがってるだけで」
「なにが違うの……?」
けっして、やましい気持ちはないから。
そもそも、愛犬と人形にやましい気持ちってなんだ。
「えっと、ちょっと相談がありまして」
言葉遣いを直してから、改めて用件を伝えようとするイオさん。
別にさっきの言葉遣いでいいんだけどなあ。
「アキトさんのおかげで、私たちも他者を気にかける余裕ができまして」
それはいいことだ。
出会ったばかりのイオさんたち、下手したら種族ごと滅びそうだったし。
「かつて友好的な関係を築いていた、アルラウネたちに会いに行ったのですが……私たちのように飢餓状態に苦しんでいまして」
イオさんの表情が曇る。
エルフもアラクネもそうだったけど、この森で暮らしている種族ってわりとギリギリで生きているんだな。
「ちなみに、森の外に出て食料問題を解決することはできないの?」
アルラウネたちに食料を分けるのが嫌だというわけではないのだが、自分たちで食べ物を確保できないのであれば、そもそもここで生きていけないんじゃないかという心配から尋ねた。
「彼女たちは、私たちのような食事は必要としていません。土から必要な魔力と栄養を吸収するので、これまでは森のどこにいようと、必要な養分は得ることができていたのです」
そっか、植物に近い種族らしいから、食べ物はいらないのか。
だけど、それならどうして急に土から栄養を補給できなくなったんだろうか。
森の中にはたくさんの植物が生えているし、同じように元気に育ってもいいと思うのだが。
「土に栄養がないなら、他の木や花も枯れそうだし、おかしいな……」
「いえ、そちらはアルラウネたちほど魔力を必要としていませんので……彼女たちは強くなりすぎた変異種のため、魔力も豊富に含んだ土を求めて、この森に住むようになったのです」
あいかわらず、魔力が多いっていいことばかりじゃないなあ……
というか、だいたいのトラブルの原因が魔力にある気がする。
なんというか、正当な進化とかじゃなくて、急激に無理な進化をして苦しんでいる生物のようだ。
「……アキト、助ケタイ?」
服をひっぱられたのでそちらを見ると、チサトにそう尋ねられた。
「そりゃあ、助けられるなら助けたいけど、食べ物をわたしても解決しないとなると、俺にできることってあるのかな?」
まずは、エルフたちに聞いてみるか? 土を耕しているし、長生きだし、なにかいい知恵を授けてもらえるかもしれない。
「ワカッタ。行コウ」
「え? おい、ちょっと」
手をつないでぐいぐいと引っぱられる。
もしかして、アルラウネを助けようとしてくれてるのか?
「えっと、場所わかってるの?」
イオさんをおいて進もうとするチサトに聞くと、無言でうなずかれる。
それだけか。本当にわかってるのか不安になってくるけど、大丈夫かこの子。
「あれ、人間さんどこ行くです?」
「あ、ルピナスちょうどいいところに、アリシアとシルビアに、ちょっとアルラウネを見に行ってくるって伝えてくれ」
「え~、ルピナスも行きたいです。聖女さんと竜王さん連れてくるです」
ルピナスはすぐに飛んでいってしまった。
チサトはそれを気にすることもなく、俺の手を引いてどんどん進んでいく。
隣にいるソラも、後ろからついてくるイオさんも、チサトに何も言わないので、おそらく道は合っているようだ。
なんの情報もないまま行って、本当に大丈夫なんだろうか。
不安ではあるが、土の専門家であるチサトなら、なんとかできるのかもしれないか。
出たとこ勝負みたいな状況で申し訳ないが、俺たちはアルラウネたちに会いに行くことにした。
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