第69話 精霊人形殺人事件

「アキト~! ヒサシブリダナ!」


「私モ! 私モ~!」


 ヒナタとフウカが抱きついてくる。もっとも相変わらず俺は触れることができないので、抱きついているという気分を味わっているだけなのだが。


 それよりも気になるのは、二人の精霊の後ろにちょこんと立っている女の子だ。

 こちらをじっと見つめている物静かな少女は、どことなく二人に似ている。


「アキト、今ハオレノ番ダゾ。チーチャンヨリオレニカマエ」


 触れられないのをいいことに、ヒナタが行ったり来たりして俺の顔をすり抜ける。

 目の前で燃えている火のせいで、視界がさえぎられるため、わりとうっとうしい。


「わかった。わかった」


 一旦ちーちゃんのことは忘れて、俺はヒナタの話を聞くことにした。

 ドワーフたちに協力したら、とんでもない剣ができた話やら、火竜が襲ってきたので、より強い炎で撃退したら舎弟になったやら、フウカと違ってあまり行動範囲が広くないわりには、ずいぶんと冒険しているようだ。


「ドウダ! オレスゴイダロ?」


「そうだなあ。思ってたよりも、すごいことしてるんだなヒナタって」


 ヒナタは満足したのか、無邪気に笑う。

 そろそろ聞いてもいいかな。


「それで、この子がちーちゃん?」


「ソウダ。土ノ精霊ノチーチャンダ。アキトノ話シタラツイテキタゾ」


 どんな話をされたのか気になるところだな。

 ただ、会いにきてくれたってことは、悪い印象を抱かれてはいないと思いたい。


「えっと、よろしくちーちゃん」


「……」


 反応がない。まさか、嫌われてる?


「アキト、チーチャンノ名前ツケテヨ」


 フウカの言葉を聞いて、なんとなく無視された理由がわかった気がする。

 ちーちゃんはあだ名だから、まずはそれに合った名前をつけてくれってことか。


「えっと、俺が名前つけていいの?」


「……」


 やはり無言だけど、今度はわずかにうなずいて肯定された。

 きっと無口な子なんだろうな。


 だが、もう精霊の名前も問題ない。

 なぜなら、ヒナタに頼まれてから、ちゃんと残りの二人の名前も考えていたのだから。


「チサトって名前はどうかな?」


「チサト……アリガトウ」


 気に入ってくれたのか、何度か自分の名前を反芻している。

 動きがのんびりしているし、無口だから、かなりマイペースな子だ。


「……怒ラナイ」


「えっ? どういうこと?」


「ホラナ! ダカラ言ッタンダ。アキトハ他ノヤツラト違ウッテナ」


 言葉が少ないから、彼女の考えていることを理解するのは、まだ難しいみたいだ。

 だが、ヒナタは自慢げにしているので、彼女の言いたいことがわかったらしい。

 この辺は付き合いの長さの違いかな?


「私、動クノ遅イカラ……人間ノ男ニ、ノロマッテ怒ラレタ」


 まあ、多少はのんびり屋っぽいところはあるけど、それで怒る必要があるほど急いじゃいない。

 というか、この世界にきてから、せかせかとした生き方をしなくなったなあ。


「チサトはマイペースなだけだから、気にすることはないよ」


 これじゃフォローにならないか? まあ、俺は気にしてないということが伝わればそれでいい。

 相変わらず触れないけど、チサトの頭の手を乗せてなでる動作をとる。

 返事はないけど、目を細めてうれしそうにしているので、しばらくそのまま続けてみた。


「オレモ!」


 ヒナタが乱入することで、ヒナタをなでて、フウカも最後になでておく。

 ソラやアリシアなら、実際になでているからわかるけど、接触していないのに嬉しいものなんだろうか?

 ついに俺のなでるスキルは、なんかこうオーラみたいなものでも、出るようになったのだろうか。


「アリシア」


「はい!」


 いそいそと近寄って頭を出したので、ぎりぎり触れない程度にしてなでるふりをする。


「ふぇ、フェイントですか! いじわるです!」


 だめだった。

 どうやらこの技術は、精霊にしか有効ではないみたいだ。


 俺たちの茶番を見ていたチサトは、なにか思いついた様子の後に、軽く地面を踏みつけた。


「うわっ、なにこれ、すごっ」


 すると、突如地面が隆起して、土の塊が徐々に人の姿を象っていく。


「これは……チサト?」


 あれ? チサトがいない。

 さっきまで、たしかにそこにいたはずなのに。

 きょろきょろと探していたら、目の前の土人形が動きだした。


「え?」


 そして、抱擁されてしまった。


「……アキト、スキ」


 口や目は動かないけど、その土人形からはたしかにチサトの声が聞こえてきた。

 ああ、これってもしかして中にチサトが入ったのか。


「ア~! チーチャンズルイ!」


 ヒナタに向けて指を二本立ててピースをするチサト。

 そっかあ、チサトは土の精霊だからこんなことができるのか。

 本人じゃなくて、土の人形を介してであれば、チサトと触れ合えるんだな。


「ナア、チーチャン。オレモ! オレモ!」


 自分も土人形を作ってくれとヒナタがせがむ。

 だけど、火の精霊であるヒナタは、チサトみたいに土人形の中に入れるんだろうか。


「……」


 俺に抱きついたまま、チサトはこくりとうなずき、ヒナタの形の人形を作る。


「アリガト~チーチャン!」


 その人形に飛び込むようにヒナタが突撃すると、意外なことに土人形はぶるぶると震えてから動きだした。

 あれ、これって土の精霊以外も入れるんだ。


「アキト~……ア……キ……」


 うわああぁぁっ!! グロい!!

 ヒナタの炎の熱には耐えられなかったようで、人形がどろどろと溶けていった……

 人形が溶けたせいか、声もなんか途中から途切れてしまったので、目の前でヒナタが溶けて死んだみたいだった。

 まじで怖かった……この世界にきて一番怖かったかもしれない……


「ダメカ~」


 よかった。生きてる……


「ヒナタ、今の禁止ね」


「エ~? ナンデダヨ?」


 なんでって……


「ヒナタが溶けちゃったみたいで、見ていてあまり気分がいい光景じゃない」


 俺の心臓に悪いんだよ。あの光景。こどもだったらトラウマになるぞ。


「……ツマリ、オレガ心配ナンダナ? へへ、ソレナラショウガネエナ」


 まあ、そういうことになるのかな。


「ちなみに、フウカだったらどうなるんだろう」


 チサトのほうを見ると、ゆっくりとうなずいてから、フウカの人形を作ってくれた。


「私モ入ルノ? ソレジャア、チョット離レテテネ」


 そう注意されたので、一度フウカ人形から距離を取る。

 しかし、いまの口ぶりだと、もしかして結果がわかっているのか?


「デキタヨ~、アキ……」


 爆ぜた。

 しゃべってる最中に、フウカの人形が内部から爆発したかと思うと、土の塊がそこらに四散した。

 離れていたことと、チサト人形が守ってくれたから無事だけど、やはり恐ろしい光景だった。


「ごめん。フウカも禁止で」


「ウン。ワカッタ~」


 素直に返事をするフウカ。

 どうやら、チサト以外が土人形に入ったら、中から精霊の力を浴びて壊れるみたいだな。

 ……俺って、そんな精霊たちと触れ合って大丈夫なのか?

 特にヒナタは貫通するからって、平気で俺の体の中に入るぞ。いや、厳密には触れてないから重なってるだけだが。


 きっと、ソラが止めないってことは大丈夫だ。

 俺は先ほど見た泥人形の末路を忘れることにして、新たに懐いたチサトを含めた三人の精霊に群がられるのだった。

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