第68話 アリシア・コレクション

 アリシアが布をもって鼻歌を歌っている。ずいぶんと機嫌がよさそうだな。


「えへへ、これでアキト様もいちころです」


 どうやら俺はアリシアに殺されるらしい。


「どうしたんだ? そんなにうれしそうに」


「ほわあっ!!」


 すごい悲鳴をあげられて、思わずこちらも驚き硬直する。

 なにか俺に内緒にしたいことがあったのだろうか?


「あ、アキト様。いらっしゃったんですね。ちょうどよかったです」


「あれ、俺に隠したいことがあったんじゃなかったの?」


 驚きこそしたようだけど、いつものように満面の笑みでこちらに近づいてくるアリシア。

 う~む。ますます犬っぽさが増している。

 きっと、しっぽがあったらソラみたいに、全力で嬉しそうに振ってるんだろうなあ。


「じつは、イオさんにこ~んなに服をいただいたんですよ!」


 イオというのは、あのアラクネたちの代表の女性の名前だ。

 あれから、アラクネたちとも交流を深め、名前を教えてもらったのだが、面白いことにアラクネたちは、群れの中で力のある者以外は名前がないらしい。

 それだと名前を呼びにくいので、イオさんから許可をもらって全員に名前をつけたら、非常に感謝された。

 そのお礼としてなのか、彼女たちは俺たちにも、服や布地や寝具までも提供してくれているのだ。


 ……正直いまだに名前を覚えきれていないので、メモは手放せないんだけどね。


「それ、全部服なのか。ずいぶんと作ってもらったんだね」


「はい! せっかくなので試着したところ見たくありませんか? 見たいですよね?」


 毎日同じ修道服を着ているし、特に服装に興味がないのかと思っていたけど、そこはやっぱり女の子なんだなあ。

 いつも以上にぐいぐいとくるのは、相当喜んでいるからだろう。


「そうだね。それじゃあ、いろんなアリシアを見せてほしいな」


「はい!」


 元気に返事をして、いそいそと服を脱ぐアリシアを俺は取り押さえた。


「中で着替えようね」


「いじわる……」


 これは俺のせいじゃないと思うぞ。

 というか、顔を赤らめるなんて芸当どこで覚えた。アリシアのくせに。

 いつものような、小動物のような反応じゃないせいで、不覚にもドキドキしてしまった。


「どうですか? かわいいですか?」


 最初に見せてくれたのは、ワンピースを着た姿だった。

 修道服に似ているものの、いつもの黒とは正反対の明るい色に、頭巾をとって髪をさらけ出しているので、まったく異なる印象を受ける。


「あれ? もしかして、私のことわかりませんか? 私ですよ~。アリシアですよ~」


「ああ、うん……それはわかってる」


「えっ……それじゃあ、もしかして似合ってませんか?」


「ええと……馬子にも衣裳」


 言えない。わずかな時間見惚れてしまっただなんて。


「マゴ? ……そ、そんな、まだ早いと言いますか……でも、アキト様がお望みであれば」


 ん、もしかして伝わってないか?

 なんか、しどろもどろになっているぞ。


「それなら、私の服を見せるのは後にして、私たちの子供を作りましょう!」


 ああ……孫ね? 違うからね?


「ごめん。今のアリシア相手に耐えられる自信ないから、他の服を着たところを見せてくれ」


「……そ、そうですか……それって……」


 今回は興奮状態が、簡単におさまってくれたようでよかった。

 アリシアは、みょうに静かになって次の服を着に行った。


「な、なんか短いですけど、ふしだらじゃないですか?」


 今度は、水色のパーカーとものすごく丈の短いホットパンツだ。

 いつもの見た目だけはおしとやかな印象とは打って変わり、とても活発的な姿に見える。

 アリシアの本性を考えると、こっちのほうが似合っているのかもしれないな。


 ……そして、問題の丈の短すぎるホットパンツだ。

 アリシアって、思ったよりむちむちしてるんだな。

 イオさん、なんてものを作るんだ……


「え、エッチ……」


「ご、ごめん」


 思わず謝ってしまったが、さっきまで子づくりがどうとか言ってたやつに言われたくないぞ!

 アリシアは顔を赤くして家の中に走っていった。

 次の服を着に行っただけだよな? 俺にセクハラされたとか、みんなに告げ口しないよな?


「これは、なんだかできる女に見えませんか?」


 ああよかった。いつものちょっとお馬鹿なアリシアに戻ってくれた。

 なんでだろう。スーツ姿でキリっとしてるはずなのに、アリシアがやったら背伸びしてる子供にしか見えない。

 ……この子、俺より年上のはずだよな?


「ああ、かわいいかわいい。」


「え~、かわいいよりかっこいいじゃないんですか? かわいいでも嬉しいですけど……」


 しかし、この格好が今のところ一番無難だな。

 変にドキドキしないから、今までどおり接することができる。


「申し訳ありませんが、これはだめですね」


 不満そうな顔で、アリシアはそう言った。

 ええ、なんでだよ。よく似合っているのに。


「他の服みたいに、私に劣情を催してくれませんから!」


 いつもなら言い返せるのだが、今回は思い当たることがあるだけに、強く否定できない。

 だけど、女の子がそんなこと言うんじゃない!


「わかった。俺が悪かったからもう許してくれ、アリシア」


「ふっふっふ、今日は私が優勢ですからね。このまま、私の魅力に溺れさせてあげますよ~!」


 ああ、走るな。転ぶぞ。

 なんだか今日は、アリシアに振り回されてばかりだな。


 こうなったら、とことんつきあってやろうじゃないか。

 学生服のようなブレザー、カジュアルなシャツとズボン、フリルがついたドレス、果てはメイド服まで、アラクネの服を作る能力がとんでもない。

 そして、素材がいいから、どんな服でも着こなすアリシアもあらためてすごいと思う。


 だんだんと、普通にアリシアのファッションショーを楽しんでしまっている自分がいる。

 むこうも純粋に楽しくなってきているのか、初めのころのようなおかしな発言が、なりを潜めてくれたので実に楽しい時間だ。


「……遅いな?」


 さっき家に入ったアリシアだが、なかなか出てこない。

 着るのが大変な服でもあったのかな?


 ……まだこない。家に入ってから、三十分ほどたった。

 さすがに、心配するようなことは起きてないと思うが、なにかあったんだろうか。

 困った。様子を見に行きたいけど、着替えの真っ最中だとしたら覗いてしまうことになる。

 まさか、それが目的じゃないだろうな?

 いや、アリシアにそんな知恵はないはずだ。


「どうしたんじゃ。主様?」


 そこに頼りになる助っ人があらわれた。


「シルビア、ちょうどいいところにきてくれた。アリシアが家の中に着替えに行って、もう三十分ほどたつけど出てこないんだ。様子を見てきてくれないか?」


「かまわんが、着替えじゃと? まさか、妾たちがおらぬところで交わったのか?」


 わずかに不機嫌そうな顔でシルビアに目を見られる。


「違う違う! イオさんが作った服を着た姿を見せてくれていたんだよ」


「なんじゃ、それならばよい」


 シルビアは納得した様子で、家の中の様子を見に行ってくれた。


    ◇


「さ、さすがに私にも恥じらいというものがあるんですよ……?」


 なかなか決心がつきません。

 イオさん……なにを考えたらこんなもの作るんでしょうか?

 さすがにこれを着ることができるような蛮勇を、私は持ち合わせていないのです。


「お~い、アリシア」


「ひええっ! な、なんでしょうかシルビアさん」


 迷い続けていたところ、突然シルビアさんから声をかけられました。

 そっか……戻られたんですね。

 それじゃあ、二人きりの時間は名残惜しいですがおしまいです。

 シルビアさんが帰ってきて、よかったような、残念なような、自分でもどちらかわからないという、不思議な気持ちでした。


「主様が気にしておったぞ。お主がなかなか出てこぬと」


「そ、そうですか。それではアキト様のもとへ行きましょうか」


 結局、私はいつも着ている修道服を身にまとい、アキト様のところへ向かいました。


「のう?」


「なんでしょう?」


「さっきまで、お主が持っていた紐はなんだったんじゃ?」


「えっと……水着らしいです……」


「正気か!? ほとんど隠れんじゃろうが! あんなもの!」


 そうなんですよねえ。あれは服とか水着じゃないです。ただの紐でした。

 あの姿をアキト様に見せる……いつかはきっと、そんな関係に?


「アラクネ変態すぎるじゃろう……」


「ですよねえ!?」


 裸の方がまだ恥ずかしくないんじゃないでしょうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る