第67話 捕食者の戯れは生きた心地がしない

「あ、アキトさん……おひさしぶりです」


「ひいっ!!」


 はにかみながらヴィエラが俺たちを出迎えてくれた。

 この子、前はもっと元気な子だった気がするけど、最近は大人しくもじもじとした様子だ。

 やっぱり、俺たちのことを忘れたことを気にしているんだろうか、気にしないでくれとは言ったんだけどな。


「ひさしぶりヴィエラ。ウルシュラさんに話があって来たんだけど、ウルシュラさんはいる?」


「それはよかったです。女王様もちょうどアキトさんに用件があるみたいなので」


 なんだろう。またルチアさんをいじめすぎたから、仲を取り持てばいいんだろうか。


「じつは……狩りをしすぎてしまって……」


 そう言いながら通されたハーピーの住処は、以前彼女たちが記憶を失い何度も狩りに行っていたとき以上に、食料で溢れていた。


「これは……すごいのう」


「あ、アキトさん。申し訳ありませんが……助けていただけないでしょうか」


 ウルシュラさんは、ばつが悪そうな顔でこちらに助けを求めた。

 もしかして、また記憶がなくなって、毎日狩りに行ってしまっているのだろうか。


「魔力が暴走しましたか? それなら、すぐに」


「いえ、違うんです」


 ウルシュラさんが恥ずかしそうにこちらの発言をさえぎる。

 なんだ? もじもじして恥ずかしがっているけど、どうしたんだろう。


「私たち、記憶を失っていたときは、ほとんど毎日狩りに行ってたのですが……そのせいで、狩りへの欲求が高まりすぎまして……」


 そう言いながら翼の先が、大量に積んである食料に向けられる。

 そっかあ……本能が呼び起こされて、本格的に狩猟民族になっちゃったかあ。

 魔力の暴走で記憶が消えるようになっていたけど、毎日狩りに出ていたのも本能で行動していたせいなんじゃないか?


「こんなに大量に生き物を狩ってしまって、この森の生態系大丈夫なんだろうか」


「それは問題あるまい。たしかに狩りすぎではあるが、たかだか数十人で生態系が乱れるようなら、人間たちもこの森を恐れたりしないじゃろうな」


 そういうものかね?

 まあ、本能のままに行動するのが問題なら、魔力暴走の治療を一度試してもいいだろう。


「それなら、やっぱり流しとく? 魔力」


「い、いえ。さすがにそこまでしてもらうわけには」


「気軽にいいますねえ……すごいことなんですよ本当に」


 アリシアが引くほどのこと言ったか俺? なんか心外だな。


「狩りをすること自体はいいんですが、処理しきれないほどとなると獲物に失礼でして……アキトさんたちで召し上がっていただけませんか?」


 ありがたい提案だけど、それは俺たちよりも必要としている者に与えてほしい。

 ということで、なんとも良いタイミングで訪れたらしく、俺はアラクネを紹介することとした。


「それなら、ちょうどいいからこのアラクネに……あれっ?」


 いない。なんで? どこにいった?


「アラクネ? 姿が見えませんが」


 おかしいな。はぐれるほど複雑な家じゃないんだけど。


「ちょっと探してくるね」


「それなら、私もお供しましょう」


 結局みんなでアラクネを探すことにして、ウルシュラさんの部屋を後にした。

 ――のだが、探すまでもなくアラクネはすぐに発見できた。

 大量のハーピーに囲まれて、怯えて震える姿をだ。


「なにこれ?」


「あ、アキト様。たすけてください……」


 ハーピーたちに敵意はなさそうだ。ただアラクネが怯えているだけに見えるのだが、もしかして種族同士で仲が悪かったりするのか?


「みなさん。そのアラクネはアキトさんのお客様です。狩ってはいけませんよ」


 そういう関係なのか……

 そういえば、ヴィエラに会ったときに悲鳴をあげてたなアラクネ。

 その後もまったく言葉を発しないようにしてたし、アラクネにとってハーピーは天敵のようだ。

 これは、相談相手を間違えたかもしれないな。


「えっと……ちょっと出直すね」


「いえいえ、森に住む仲間なのですから、親睦を深めようではありませんか」


 あっ、だめっぽい。ごめんアラクネ。

 ウルシュラさんの目が、ルチアさんを見るときと同じになってる。

 お気に入りをいじめるときの目だ。


「――あまりいじめないでね?」


「もちろんです」


 どうだか……


    ◇


「なるほど、事情はわかりました。たしかにろくに食べてないようですしね」


 アラクネの痩せた体を見ると、ウルシュラさんは納得したようにそう言った。


「私たちの問題もちょうど解決できそうですね。狩りすぎた獲物をあなたたちに提供いたしましょう」


「あ、ありがとうございます。ですが、無償でいただくというわけにも」


「それでしたら、私たちの狩りの練習にアラクネをいくらか融通していただけますか?」


 いや、それはさすがにやめてほしい。

 両者の話を静観していた俺だったが、その発言につい口をはさんでしまう。


「待った! そもそも、アラクネたちが死なないために助けようとしてるんだけど!?」


 頻度は知らないが、定期的に生贄にすることで、種が存続するのならきっと平気で実行するぞ。

 アラクネって多分そういう種族だ。


「ふふふ、冗談ですよ」


 本当かなあ!?


「えっと……アラクネたちは、食料と交換できるような物持ってない?」


「命以外でですよね? えっと、布とか服とかなら作れますが……」


 なるほど、糸を使ってそんなすごいことできるのか。

 というか、服作れるなら着てくれよ……


「だめですよね? ハーピーの方々は服には興味がないと聞いていますし」


 そうなの? たしかに毎度同じ服を着てるし、頓着してないのか。

 そう考えていたら、ウルシュラさんから視線を感じた。なんだ?


「いえ、定期的に交換していただけると助かります。注文はまたあとで詳しく話しますので」


「そ、そうですか?」


 もしかして、俺に気遣ってくれた?

 服に興味なんてないけど、俺がアラクネを助けてほしいと言ったから、服と交換という名目でアラクネたちに食料を提供する約束をしてくれたんじゃないだろうか。


「なんかごめんね。ウルシュラさん」


「いいえ、私たちにも利がないわけではありませんから」


 にこりと微笑む姿を見ると、やっぱり俺のためにしてくれたんだろうなとわかるが、ここは厚意に甘えさせてもらうことにしよう。

 それと、これだけは言っておきたい。


「アラクネたちに余裕ができたらでいいんだけど、服着ておいてくれない?」


「え? はあ、アキト様のお望みであれば」


 よくわからなさそうだけど、アラクネは承諾してくれた。


    ◇


「う~ん……」


「どうしたのアリシア?」


 めずらしく真剣な表情で、なにかを考えるアリシアに尋ねる。


「アキト様は、あれだけの時間をアラクネたちと会っても平気でしたね?」


「まあとくに、おかしなところはないけど?」


 人間がアラクネといっしょにいたら、問題でもあったんだろうか?


「つまり、アラクネの裸を見慣れたということで、いまさら私一人の裸を見ても平気なんじゃありませんか?」

 いや、それはおかしい。


「どうですか? アキト様! これを機に人間の裸も見慣れてみませんか!」


 近い近い。興奮して鼻息荒くしたアリシアが近づいてきた。

 でも、そろそろ誰かが止めてくれるだろう。


 ……あれ? いつもならシルビアが注意するか、ソラが噛みつくはずなのに。


「みなさんも認めてくれたようですね。さあ、アキト様。これはアキト様が、この世界の者に慣れるためなんです!」


「落ち着いてね。お願いだから」


 いまにも全裸になりそうなアリシアを羽交い締めにして、なんとか止めることに成功した。

 アリシアの力なら一瞬で振りほどけるだろうけど、大人しくしてくれているから、一応俺の言うことを聞いてくれたみたいだ。

 しかたがない。このまま帰ることにしよう。


 俺は興奮したアリシアを捕らえたまま帰路につくのだった。


    ◇


「神狼様、最近アリシアの暴走を止めんのじゃな?」


『いえ、その……彼女が人間の姿のまま愛してもらえるようなら、私も大丈夫かと思い……』


「どういうことじゃ?」


『なんでもありません! とにかく、アリシアにはがんばってもらいたいというだけです』


「う~む、よくわからんが、とにかくアリシアを応援しておるわけか」


 いまいち腑に落ちなさそうに首をかしげるシルビアは、恥ずかしそうな様子のソラに気がつかなった。

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