第66話 産めよ、増えよ、蜘に満ちよ

「情けってことは、その子を嫌ってるわけじゃないでしょ? なにか理由でもあるの?」


「……そうですね。ですが、これは私たちアラクネの問題なので、他人に話すようなことでは」


 たしかに急に現れた部外者がずけずけと図々しかったか。

 だけど、なんとかしたいと思うのも事実。

 俺のことをじっと見つめるアラクネの幼女と目が合ってしまうと、はいそうですかと立ち去る気にはなれなかった。


 ソラやシルビアはなにも言わない。

 きっと彼女たちが頼めば、このアラクネは強者である彼女たちに従わざるをえないだろう。

 無理やり聞き出すことを、俺がよしとしないと理解しているからこそ、彼女たちはなにもしない。


「よかったら、一緒に解決策を探させてほしいんだ」


「……なぜそこまでするんですか? 会ったばかりの、ましてや男であるあなたが私たちを気にかける理由がわかりません。」


 アラクネの幼女がトコトコと、こちらに近づいてきた。

 俺はその子を抱きかかえてみる。小さくて軽い。軽々と持ち上げることができる。

 正直言って、蜘蛛の部分が不気味だと思っていた。

 だけど、こうしてみると存外に気にならないものだ。


「やっぱり、処分されるっていうのは……ちょっとかわいそうで」


 事情も知らないやつが勝手なことを言っているんだろうなあ。

 きっとやむを得ない事情があるはずなのに、こんな偽善を振りかざされては彼女もたまったものではないだろう。

 だけど、やっぱり黙って見過ごすわけにはいかない。


「……はあ、変な人ね。あなた」


 根負けしたのか、アラクネは思わず敬語を忘れてため息をついた。

 きっと、こちらが彼女の本来の話し方なんだろう。


「降りてきなさい」


 アラクネの女性の声は、天井まで届くほどによく通るらしく、他のアラクネたちが次々と地面へと降りてきた。

 ずいぶんと多いな……

 大人のアラクネだけでも百は超えている。広い洞窟とはいえ急に手狭に感じる。

 そのうえ、俺がだっこしているアラクネの幼女と同じような子たちは、百どころではない。

 こんなにいたのか。


「見てのとおり、私たちはこれだけの大所帯なんです」


 再び敬語に戻ったアラクネがそう告げる。

 たしかにオーガやハーピーたちよりも数が多い。よくもまあこんな大人数で暮らせているものだ。

 いや、もしかしてもう限界を超えているんじゃないか?


「間引き……?」


「そういうことです……育てきれないなら産むべきではないはずですが、ここ数年で魔力が過剰に反応して、私たちの意思とは無関係に大量の子が産まれるのです」


 蜘蛛って一度に大量の卵を産卵するんだっけ、だとしたらこのアラクネたちが同時に産卵したらかなりのこどもができそうだな。

 それも、本人たちの意思ではなく魔力が過剰に……あれ、これも魔力の暴走じゃないのか?


 大人のアラクネたちはみんな痩せこけてるな。

 増えすぎたこどもに喰わせるために、もしかして本人たちはなにも食べてないんじゃないか?

 エルフたちと同じように、ここも食糧難なのか。


「まずはその過剰な魔力ってのをどうにかしよう」


「そ、そんなことができるんですか!?」


 大丈夫だよな?

 勝手に魔力の暴走と判断してしまったけど、これでなにもできなかったらぬか喜びさせるだけになるし早計だったか?


「わからないけど、試すだけ試してみよう。ちょっと触るけど我慢して魔力を流してみてくれる?」


「え、あ……」


「ママてれてる~」


 やっぱこのアラクネが母親だったのか、しかしついさっき殺されそうになっても懐いてるな。

 この世界にきて、種族による文化の違いというものを一番実感したかもしれない。


 そんなことを考えていたら、いつもの気分の悪さが込み上げてきた。

 ああ、やっぱり不快感はあるけど、この子たちのためなら我慢しよう。

 俺の気分の悪さ程度で、アラクネの抱える問題が解決するのなら安いものだ。


「魔力が……流れている?」


「そうみたいだね。とりあえず過剰な分は全部流してしまおう」


 そのままアラクネと両手をつないで魔力を放出し続けると、アラクネは体を蝕んでいた魔力が消え去ったからか、脱力して頬を赤く染めていた。

 ひとまずこれで、アラクネの意思を無視して繁殖することはなくなったのかな?


「ありがとうございます。おかげでろくに育てられもしない子が増えることはなくなりそうです……」


「わかるの?」


「ええ、先ほどまでとは明らかに違います。不必要に溜め込まれた魔力が暴発する気配がまったくなくなりましたから」


 自覚しているってパターンは初めてだな。魔力の暴走と一言で言っても種族ごとに全然違う症状なんだと改めて実感した。


「それじゃあ、他のアラクネたちも治療しちゃおう」


 俺の発言にアラクネたちは目を丸くして驚いていた。

 いや、さすがに一人治して終わりじゃないからね? 全員治さないと状況が改善しないでしょ。


    ◇


 疲れた……

 というかさすがに気分が悪い。


「あ~、ソラありがと~」


 横になった俺の下でソラがクッション代わりになってくれている。

 ぞんざいな扱いで申し訳ないと思うが、今はありがたく寝かせてもらおう。


「やっぱり、アキト様はすごいですよ。私との約束忘れないでくださいね?」


「なんじゃ? また煩悩まみれの約束でもしたのか?」


「ないしょです。ねえ?」


 言っちゃだめだというように、しーと指を立てるアリシア。

 たまにアリシアがする大げさなポーズだが、相変わらず様になっててかわいい。


「ふむ、それじゃあ聞かないでおこうかのう。しかし、この数のアラクネを治療するとは、たしかに大したものじゃ」


 がんばった。俺超がんばったよ。

 途中で吐くかと思ったけど、さすがにこの密集状態でそんなことしたら大惨事だし、なんとかこらえた。

 ご褒美に思う存分ソラの気持ちよさを堪能している。


「人間さんが溶けてるみたいです」


 ルピナスの言うとおり、気分は液体だ。

 しばらくソラと溶け合っておこう。


「すみません。私たちのために……」


「気にしないでくれ~」


 俺がやりたいからやったことだしな。

 これでアラクネの幼女が助かるのなら……本当に助かるのか?

 たしかにこれ以上増えることはなくなったけど、現時点で食糧難で苦しんでいるんじゃないだろうか。

 だとしたら、これはまだ解決になっていない。


「あとは食料の問題を解決しないと」


 乗り掛かった舟だ。最後までちゃんと面倒を見るべきなんだが、急に大量の食糧といってもなあ。

 大量に作られた俺のつたない作品をミーナさんに引き渡したら、また食料と交換してくれないだろうか。

 いや、彼女の厚意を利用して、実質無料で食材を提供してもらうのは、さすがに人としてどうなんだ。


「念のため聞いてみるけど、この人数が食べていける分の食料を確保するのって難しそう?」


「そうですね……私たちは糸にかかった獲物を捕食していましたが、いまの大所帯ではそれだけではどうしても食料としては足りません。自ら獲物を求めて狩りに行く技術も知識もありませんし……」


 だめか。エルフの村の食糧問題が解決したときのように、アラクネたちも狩りで自給自足の生活にできればよかったんだけど。

 そうか、狩りか。狩りといえばウルシュラさんたちだし、一度相談してみるか。


「それじゃあ、その狩りが得意な種族に一回相談してみようか」


 俺たちは代表であるアラクネと共に、ハーピーの巣へと向かうことにした。

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