第61話 バッドメモリーに誘われて

「どちらさまって……三日前に会った秋人だけど」


 ヴィエラだよな? もしかして双子だったりする? いや、あの場に集まっていたハーピーたちの中にヴィエラと同じ容姿の子はいなかったな。


「ヴィエラだよね?」


「ええ? なんで私の名前を知っているんですか?」


 心底不思議そうにするヴィエラ。不思議そうというか、もはや不審に思われているみたいだ。


「えっと……神狼様とちょっと前にこの森にきた男の人ですよね? なんのご用でしょうか……」


「なんのって、約束したから食事に……」


「誰かと約束したんですか? それじゃあ、みんなに確認してきますね」


 話が噛み合わない。だが、ヴィエラは早々に立ち去ってしまった。


「なにか……おかしくない?」


「ええ、私たちに初めて会ったかのようでした」


 ヴィエラの様子を不気味だと感じつつも、俺たちは彼女が戻ってくるのを待つしかなかった。

 明らかに異常な様子にみな一様に無言になる。

 理由はわからないがヴィエラは、俺たちのことを完全に忘れてしまっているようだ。


「……お待たせしました」


 戻ってきたヴィエラは、さっきよりも目元を釣り上げてこちらを見ている。

 どうやら完全に警戒されてしまっているようだ。


「女王様に確認しましたが、誰もあなたたちと会った者はいませんでした。あなたたちは、なんの目的でここにきたんですか?」


「だから、三日前に約束を」


「誰とですか?」


「ウルシュラさんやヴィエラとだよ」


 嘘ではない。たしかにハーピーたちと会って話をしたはずなのだが、ヴィエラのあまりにも堂々とした態度に不安になってくる。


「お引き取りください。あなたたちを信用することはできません」


 前に会った友好的な様子など、もはや微塵も感じさせない敵意がそこにはあった。

 いったいなにが起きているのかはわからないが、ここで無理に残るとそれこそ心証が悪くなりそうだな。


「それじゃあ、今日のところは帰るよ」


「よいのか? 約束を反故にされてるのじゃぞ?」


「なんだか様子がおかしいからね。争うためにきたわけじゃないし、これ以上ここで問答しないほうがいい」


 ヴィエラたちの様子は気になるが、ここはいったん引き返すことにしよう。

 立ち去る俺たちのことを、ヴィエラは警戒しつつも不思議そうに見つめていた。


    ◇


「そんなことがあったのですね」


 言葉や動作の一つ一つがいちいち艶やかな女性が、俺の話を聞いて考えを巡らせる。

 たまたま帰り道で出会った彼女は、オーガの族長であるアカネさんだ。

 オーガは集団で行動するものかと思っていたが、あれはあくまで魔力の暴走中だったためらしく、彼女は森の中を一人で散歩していたようだ。


「こうして正気に戻った今思い返すと、たしかにウルシュラたちの行動はおかしいですね」


「アカネさんもウルシュラさんたちに忘れられたってこと?」


 どうやら旧知の仲らしいが、俺たちのように知らない相手として扱われたんだろうか。


「いえ、何度か会話もしましたが私のことは覚えていました。それよりも、狩りの頻度がおかしいのです」


「狩りの頻度?」


 そういえば、三日前も俺たちのために狩りに行くと言って、その後ヴィエラとおそらくウルシュラさんもおかしくなってしまった。


「ハーピーたちは一度の狩りで数十日分の食料を調達するのですが、ここ最近のウルシュラたちはどうやらほぼ毎日狩りに出ているようなのです」


 そういえばシルビアもそんなこと言ってたな。ハーピーたちは毎日狩りに出るような種族じゃないって。

 それに、あのときはまだ食料が大量に残っているのも確認したし。


「前にハーピーたちの家にお邪魔した時、食料がまだ大量にあるのに狩りに出かけてたな……」


「やはりおかしいですね。アキトさん、よかったら私と一緒にウルシュラに会いに行きませんか? 元々ちょうどその予定でしたので」


 アカネさんは酒瓶を見せるようにしながらそう言った。

 酒盛りでも約束してたんだろうか。


「そうだね。アカネさんがよかったら一緒についていかせてもらうよ」


    ◇


 再びやってきたハーピーの巨木。応対するのはやはりヴィエラだ。

 俺がいることに気がついたヴィエラは、不信感を隠そうとしない目でこちらを見るが、客であるアカネさんのことを優先したようだ。


「ひさしぶりですねアカネ」


「ええ、ひさしぶりねウルシュラ」


 三日前に出会ったクイーンハーピーが、あのときと変わらない姿で俺たちの前に現れる。

 一瞬こちらと目が合ったかと思うと、ウルシュラさんはアカネさんに尋ねた。


「ところでどうして男の人がここにいるのですか? アカネ、あなたまさか神狼様のものに手を出そうとしているんじゃ……」


「そんなはずないでしょ。前に縁があって私たちを救ってくれたのよ、アキトさんは」


 アカネさんの言葉に納得した様子のウルシュラさんだが、会話の内容を聞くにやはり俺とは初対面であるかのようにふるまっている。

 まいったな。完全にハーピーたちの記憶から抜け落ちているみたいだ。


「な、なにをするんですかアカネ!」


「いいから、ちょっとじっとしていなさい」


 アカネさんがおもむろにウルシュラさんの顔を両手でおさえると、じっと見つめだした。

 そういう関係なのだろうか……

 気を遣ってこの場から立ち去ろうと考えると、アカネさんから声をかけられた。


「アキトさん、やはりウルシュラは私たちのように暴走状態のようです」


「えっ!? だって、会話もまともだし暴れたりしてないよ?」


 しまった。過去の事例を言っただけだが、アカネさんは暴走状態のことを思い出したのか恥ずかしそうに、申し訳なさそうにしている。

 責めるつもりで言ったわけじゃないのに、悪いことをしたな……


「その説は申し訳ございません……暴走といっても、ひとえに暴れる症状ばかりではないのです。私たちと違って」


 魔力が暴走すると本能によせられるとかだっけ?

 精霊は魔力をまき散らしながら遊ぼうとしていた。

 オーガは魔力で身体能力を強化したまま、強い相手との戦闘や繁殖を行おうとしていた。

 じゃあ、ハーピーの本能って……狩りか?


「そのせいで毎日のように狩りに出かけていたってこと?」


「それもあります。そしてなによりも、鳥に近づいたことで馬鹿になっていたようですね。具体的には暴走してからのできごとは、すぐに忘れてしまっていたのではないでしょうか?」


 たしかに鳥頭って言葉はあるけど……別に鳥が本当に何も覚えられないってわけじゃないと思うんだが。

 いや、俺の世界の常識に当てはめてもしょうがない。ハーピーとはそういうものなんだと思っておこう。


「なるほど、いくら狩りが本能と言っても、狩った獲物を消費する前に次の狩りに行くなんておかしいですからね。もしかしてウルシュラさんたちは、狩りに行ったことすら忘れてたってことですか」


 納得したようなアリシアの言葉に、アカネさんはうなずいた。

 え、そこまでのことなのか。暴走中のハーピーの記憶力とんでもないな。


「そんな状態なら妾たちのこと忘れても仕方がないのう」


「私の友人が申し訳ございません」


 シルビアのつぶやきに、アカネさんは深々と頭を下げた。

 だけど、これでわかった。魔力の暴走ってことなら俺がどうにかできるし、もう一度はじめからハーピーたちと仲良くなればいい。

 まずは、ただ一人事態を飲み込めていない様子のウルシュラさんから治療しないとな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る