第60話 転落するバードストライク

「今までどおりかあ……でも、これ以上こっちができることないんだよなあ」


 もとより噂を流してもらって、それを信じてもらうという受動的な手段しかとれないのだから、行動によりどうにかできることなんてない。


「あとは、エルフやオーガみたいに信仰してくれる人たちが増えれば……」


 いや、やれることあるんじゃないか?

 ルチアさんやアカネさんが、エルフとオーガの人たちに女神様を信仰させてくれたように、この森の種族のまとめ役と親しくなれば、森の中だけでも信仰心を増やせないだろうか。


「というわけで、前みたいに森に住んでる人たちに会いに行こうと思うんだ」


「みんな会ってくれるです?」


 前回は結局エルフ以外と会うことはできなかった。

 だから、ルピナスはまた空振りに終わるんじゃないかと、純粋に疑問に思ったようだ。

 実際、俺もそう思う。


「無駄足になるかもしれないけど、なにもせずに待つよりはいいかなと思ってね」


「神狼様が命令すれば姿を現すのではないか?」


「いやあ、さすがに無理強いはしたくないな」


 行ってみてだめなら諦めよう。みんなと散歩をするだけでも楽しめるから、そのときはそのときだ。


    ◇


 そうしてやってきたハーピーが住んでいると言われていた巨木。

 改めて見ると、樹齢何年だってほどに立派な木だな。

 見上げていると、白い鳥の羽がひらひらと落ちてきた。


「へえ、綺麗な羽だな」


 ガタガタと上の方が揺れたような気がする。

 なにかあったのかと身構えるも、またすぐに静まり返り、特になにかが起こるでもなかった。


「なんだったんだ?」


 手慰みに、持っていた羽をひらひらと動かす。

 ソラの毛皮ほどではないが、触り心地がいいな。これが、ハーピーの羽毛なんだろうか?

 しかし、これ以上ここで待っててもしょうがないか。


「主様、なぜ最初にここを選んだのじゃ? 前回と同じルートなら、アラクネの巣からかと思ったのじゃが」


 言えない……

 ハーピーが前回の紹介で数少ない半裸じゃない種族だからなんて。


「えっと、なんとなく一番気になったからかな。でも、ハーピーには会えないみたいだし、次に行こうか」


「そうですね。きっといつか会えますよ」


 アリシアの励ましの言葉を受けながら、俺たちは踵を返した。

 次はコボルトか? いや、森の入り口は止めるだろうし、昆虫娘のほうが先か。


「ま、待ってくださ~い!」


 突如頭上に振ってきたのは、大量の羽と大きな声。

 一寸遅れてから見上げるとそこには、桃色の髪の少女の顔のドアップが目の前に迫っていた。


「そ、ソラ……ありがとう」


 しかしそこはさすがのソラ様様である。俺と少女の顔が激突する前に、俺を咥えて安全な場所まで移動してくれた。

 だが当然、少女はそのまま落下していく。

 森の中に大きな落下音が響く。その音の大きさだけで、一瞬見えた少女の痛ましい姿が想像できた。


「い、痛いです……」


 顔に大小さまざまな擦り傷を作るも、少女は思ったよりも元気そうだった。

 そして、今は怪我したばかりの顔よりも、その四肢に注目してしまう。

 腕はなく代わりに巨大な鳥の翼があり、足はこれまた鳥と同じく細く鋭い形状をしている。


「これがハーピーか」


 元の世界でも有名な存在であるため、思わず感動してしまう。

 この気持ちは竜の姿のシルビア以来だ。


「な、なんか。思ったより好感触? や、やっぱりいい人っぽいです」


「いかん。主様が妾を見たときのような童の目になっておる」


 ハーピーの様子を見る限りでは、こちらに友好的な種族のようだ。

 よかった。これなら、エルフやオーガみたいに良い関係を築けるかもしれない。


「えと、お客様ですよね? よかったら中で話しませんか? 女王様もあなたたちとお話したいそうです」


 渡りに船の提案に俺たちが拒否する理由などなく、ハーピーに案内されて巨木の内部へと入っていった。


「そういえば、さっき思いっきり顔ぶつけてたけど大丈夫?」


「えっと……なんのことですか?」


 照れ隠しかわからないが、ごまかされてしまった。

 本人が触れてほしくないというのなら、ここは忘れることにしよう。


    ◇


「ずいぶんと広いんだな」


「みんなが住む場所ですからね。協力して居心地のいい場所にしたんですよ?」


 それはたいしたものだ。俺たちはルピナスの魔法のおかげで一瞬で洞穴が住居になったが、ハーピーたちは魔法を使わずにこれを作り上げたのか。


「うん。いい家だね」


「えへへへ」


 はにかむハーピーは、うれしそうに尾羽をふりながら前を歩いた。


「ここがみんなで話をする場所です」


「お帰りなさいヴィエラ、案内ご苦労様です」


 ヴィエラと呼ばれたハーピーの少女は役目を果たしたことで、他のハーピーたちと同じく席についた。

 そして中央にいた、ひときわ美しいハーピーの女性がこちらを向く。


「神狼様御一行様、ようこそおこしくださいました。私はクイーンハーピーのウルシュラです」


「この子はソラで俺は秋人です」


 ソラと自分の紹介をし、それに続きアリシアたちも名前を名乗る。

 クイーンハーピーってことは女王様か、どおりでアカネさんに似た雰囲気なはずだ。

 シルビアも一族をたばねていたころは、こんな感じだったんだろうか。


「驚きました……本当に、神狼様が名をつけることを許すほどに、心を許しているのですね」


 ソラの名前を聞いて驚いていたのはそれだったか。

 相変わらずこの森の中で語られるソラが、俺の知ってるソラからかけ離れている。

 初対面で人懐っこくて、少しお馬鹿だったソラを思い出して楽しくなる。


「まあ、大切な相棒ですよ。この子は」


 返事はないが、俺のそばに寄り添ってくれるので、きっとソラも俺のことをそう思ってくれている。


「仲がよろしいのですね」


 そんな俺たちを見て、ウルシュラさんはやさしく笑った。


「できればハーピーのみんなとも仲良くなりたくて、今日は訪ねさせてもらいました」


「それはそれは、私たちも神狼様や男性の方と交流を持つことができるのなら、嬉しい限りです」


 握手――はできないな。

 差し出した手を引っ込めると、ウルシュラさんはこちらの手に翼を重ねてくれた。


「歩み寄るのであれば、そちらの文化にもあわせませんとね」


「ありがとうございます……」


 ハーピーたちにそういう文化があるってわけではないな。

 これは、俺に恥をかかせないためにやってくれたのか。


「そうだ。せっかくなので一緒に食事をしませんか?」


 それはありがたい提案だ。俺はウルシュラさんの提案にうなずいた。


「では、食料を狩りに行ってまいりますね? アキトさんたちは、三日ほどしたらまた来てください」


 手伝おうとしたが、ウルシュラさんたちはそう言い残すと、次々と飛び立っていってしまった。

 だけど三日って、そんなにかかるのか?


「……おかしいのう」


「なにがですか?」


 飛んでいったハーピーたちを見送ると、シルビアが怪訝そうに声を出し、アリシアが反応を返す。


「たしかにハーピーは数日かけて大量の獲物を持ち帰る。じゃが、貯蔵した食料ならまだそこにあるようじゃが」


 シルビアが指を指した先には、魔法で作ったのか凍らせた肉や野菜、果物が大量にあった。


「新鮮な食べ物をごちそうしてくれるとか?」


「そうなのかのう……う~む、わからん」


 考えても答えはでないので、俺たちは一度自宅へと帰ることにした。

 今日のところは、ハーピーたちと交流できたので上出来だしな。


    ◇


 三日後、あらためてハーピーの住居を訪ねる。

 そこで俺たちを出迎えたのは、三日前と同じくヴィエラだった。


「ひさしぶりヴィエラ。約束どおりまたきたよ」


「え……どちらさまですか?」

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