第59話 コモンセンスの神触れ

「最近いろんなところから、信仰が少しずつ増えてるみたいだけど心当たりある?」


「なんでしょうね。リティアががんばってるからでしょうか?」


「オーガどもも一応女神様を信仰しておらんかったか?」


「ドワーフノヤツラ、アキトノ話シタラ、イマノトコロハ女神ニ祈ッテオクッテ言ッテタゾ」


 フィルさんたちを会ったとき以来に女神様の声を聞いた。

 そっか、増えてるのか信仰。それはなによりだ。


「一応とか、いまのところとか、そんな腰かけみたいな信仰だらけなの? 私。」


「大丈夫です女神様。私と違ってリティアはしっかり者なので、これからもぐんぐんと教会からの信仰が増えていくはずですよ」


 他人事だなあなんて考えていたら、女神様もそう思ったのか、アリシアのほおがぐに~と引っぱられていく。


「ああ、なんふぇすか!? とれひゃいます」


「あんたじゃなくて、リティアに声が届いていたら楽なんだけどねえ……」


 お疲れ様です。心の中でそうつぶやいて、アリシアに苦労する女神様をねぎらった。

 どうやら女神様も多少は気がすんだようで、見えない何かにつねられていたアリシアのほおが元に戻った。

 ちょっと赤くなっていてかわいそうだ。


「痛かったです……」


 すりすりとほっぺたをさするアリシア。

 よくよく考えると、かわいい見た目だけど、中身はこの世界で有数の実力者なのだが、そんなアリシアに痛みを与える女神様ってすごいのかもしれない。


「アキト様、女神様が私のことをいじめてきます」


 俺に泣きつくアリシアだが、俺はどちらかというと女神様の苦労に共感しているぞ。

 だけど、痛そうでかわいそうだから、なぐさめておこう。


「よしよし痛かったな」


「はうあっ!」


 ほおをさすってあげると、奇声を発して静かになった。

 うん。いつものアリシアだから大丈夫だ。


「あんたはアリシアを甘やかしすぎよ」


「でも、これだけ赤くなるほど、つねられたらかわいそうですよ」


 見るとさっきよりも赤みが増してる。あとから腫れてきたのだろうか。


「それ多分別の……もういいわ。アリシアのことはあんたに任せてるし」


「それって、私は女神様公認でアキト様の物になったってことでいいんですね?」


「よくない」


 ああ、ほら。よけいなことを言うからまたほっぺたが面白いことになってるぞ。

 そして、また泣きついても今度は知らん。


「聖女じゃなくなったらみなさんが冷たくなりました……」


「聖女のときにかぶっていた猫が消えたからじゃと思うぞ」


 不思議そうに首をかしげているが無自覚なのだろうか。


「ところで、信仰が増えたというのなら女神様の力も戻ったんですか?」


「そう、そのことよ。これだけ信仰されているんだから、もっと力が戻ってきてもおかしくないんだけど、どうも思ったより少ないのよね」


 なんだろう。予想よりも信仰心が足りていないんだろうか。


「つまり、もっと真剣に祈ってもらわないといけないと?」


「さすがに、それを無理強いするわけにもいかないわ。結局のところ信仰してくれる子を増やすしかないわね」


 つまり今までどおりということか。

 リティアにがんばってもらう。俺の存在を女神様のおかげだと思ってもらう。俺を信仰しそうになったら女神様に押し付ける。

 この三つの方法でこれからも女神様の力を取り戻していくしかない。


「それでも少しは力が戻ったのじゃろう? なにかできるようになったことはないのか?」


「そうねえ。せいぜいアリシアの周りでなら姿も現せるようになったくらいよ」


 何もなかったはずの空間にもやのようなものが浮かんでくる。

 そのもやはだんだんと濃くなっていき、人の姿を象るとウェーブがかかった金髪を肩まで垂らした美女が現れた。


「でも、相変わらずアリシアの近くじゃないと、姿も見えないし声も届かないから、あまり意味ないわね。なんかあんたの力が強すぎるせいで、あんたに縛られてる気がするわ」


「そ、そんなこと言われても、私だって女神様が急に現れて邪魔してくるから迷惑してるんですよ?」


「あんたが、アキトの寝床に侵入しようとしたり、風呂場に突っ込もうとするから、止めてあげてるんでしょうが! しかも、風呂にいたっては全裸で!」


 え、そんなことしてたのかアリシア。人知れずアリシアを止めてくれた女神様に感謝しないとな。


「だって、お風呂では裸になるものじゃないですか。あっ、いひゃいです!」


 白い綺麗な指が、ぎりぎりと力強くアリシアのほおをつねった。

 しかし――


「女神様、美人ですね」


 髪や肌の色が同じなので、今の様子も相まってアリシアとは姉と妹のように見える。


「あら、私も口説こうとしてるの? 残念ながら、私は男に幻想を抱くほど若くないの。そこの狼と違ってね」


 口説いたつもりはないんだけどね。女神様もからかうように笑っているのでそれは承知のようだし、あえて訂正することもないか。


「ソラと女神様って知り合いなんですか?」


 さっきの口ぶりだと、なんとなく既知の間柄っぽかったので、気になって尋ねてみる。


「まあ……昔からの知り合いではあるわね。そいつがやんちゃだったときに神々が何柱も怪我させられたし――わかってるわよ。あれはあんたじゃなくて、神のほうが悪いって」


 うちの犬が神を怪我させるほどの猛犬だった。

 こんなに大人しくて良い子なのに、それほど暴れるってことは女神様が言うとおり、神側に非があったのだろう。


「ソラって何歳なの?」


 首をなでながらソラに思わずそんなことを聞いてしまう。

 俺が思ってたよりもかなり長生きしているんだなこの子。


「あら、女性に年齢を聞くなんて、あなたの世界では失礼なことなんじゃないの?」


 それもそうか。ソラが何歳でも関係ないしな。


「そうですね。ソラごめん。やっぱ今のなし」


 謝りながら首に顔をうずめると、ソラも抵抗なく受け入れてくれた。


「いちゃつくなら、せめて自分たちの部屋に行ったら?」


 愛犬とのスキンシップなのでおかまいなく。

 俺たちの様子に女神様のため息が聞こえてきた。


「まあいいわ。その狼の手綱しっかり握っておきなさいよ」


「首輪するんですか? 私にもしてほしいです」


 あ……またつねられるなこれは。


「いふぁい」


 雉も鳴かずばってやつだ。この世界にもこの言葉があるのか知らないけど、きっとアリシアはこの言葉を知らないんだろうなあ……


「なんかもう疲れたから帰るけど、アリシア、本当にほどほどにしないと嫌われても知らないわよ」


「そ、それは困ります……」


「えっと、俺がアリシアを嫌うことはないから大丈夫だよ」


 そんな悲しそうにこちらを見られると、そう言っておきたくなる。


「そこで甘やかすからつけあがるんだってば……まあ、自分が蒔いた種なんだから、責任とってあげるのもいいかもね」


 女神様は疲れたように眉間に手を当てながら消えていった。

 ……ん? アリシアがもじもじしながらこっちを見てるな。


「あの……責任、とってくれますか?」


「なんの責任だ……」


 妙に艶っぽいアリシアを前に、俺は消えたばかりの女神様に戻ってきてほしいと思うのだった。

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