第58話 湯けむりに隠された愛犬の本心

「マタ来タゾ!」


「うわっ、びっくりした」


 手の甲の赤い模様が光ったかと思ったら、模様が火に変わりそこからヒナタが出てきた。

 フウカは普通に風の中から出てくるから試してなかったけど、この模様から出るときそうなるのか。

 というか、急に火から精霊が出てくると驚くな。アリシアが声を上げたのもうなずける。


「アレ、フーチャンイナイノカ?」


 もしかして、フウカに会いにきたのか?

 なら、残念ながらすれ違いになってしまっているぞ。


「ん? ああ、フウカならしばらく一緒に遊んでから、またどこかに行ったよ」


「ソッカ、ジャアフーチャンハ今度来タトキデイイヤ」


 しかし、ヒナタの要件はフウカに対してではないようだ。

 なにかこの森でやり残したことでもあるのだろうか。

 なんせ、急に出てきて急に帰っていったからな。

 火のようにすごい勢いで、移り変わりが激しい子だ。


「オレ、アキトノコト好キダカラ、特別ニドワーフタチニアゲタモノヲ、アキトニモヤル」


「それはありがとう。でも、なにをくれるんだ? 俺、ドワーフみたいに鍛冶とかできないぞ」


 ハンマーとかもらっても使いこなせる気がしない。その場合はアリシアの武器にしよう。なんか相性が良さそうだ。

 そう考えるとハンマーならまだいいか、鍛冶場で使う炉だったりしたらどうしようもないけど。


「鍛冶ハシナクテモ風呂ハ入ルダロ?」


「入るけど、もしかして浴槽でもくれるのか?」


「入ルナラ問題ナイナ。チョット場所探スカラ待ッテロ」


 あ、また話の途中でどこかに行ってしまった。

 自由だ。どことなく俺が想像している妖精っぽい。

 本来はルピナスが妖精なんだけど、あの子はふつうに良い子だからな。


「なんだかせわしない精霊さんですね」


「そうだなあ。まあ、とりあえずついていってみようか」


 俺たちはヒナタの後を追いかけて、森の中を歩いていった。

 ヒナタは時折方向を変えて、あちらへこちらへとフラフラと飛んでいく。

 その姿はなにかを探しているようにも見える。


「ヒナタ~! なにか探してるなら手伝おうか~?」


「大丈夫ダ! オレニシカ探セナイカラナ。アキトタチハ、ナニモシナクテイイゾ」


 戦力外だったらしい、ならば大人しく彼女についていくことにしよう。

 それにしても俺たちの家の周囲ばかりを探しているな。いったい何を探しているんだろうか。


「俺たちの家のそばにあるものなのか?」


「ン~? イヤ、ソウイウワケジャナイケド、近クニアッタホウガ便利ダロ?」


 便利と言われても、なにを探してるのかわからないので、適当に返事を濁すしかなかった。

 そんな俺の様子に気にすることもなく、なおも探し続けるヒナタは、ついになにかを発見したらしい。


「オッ、ココナラ大丈夫ダ」


 結局、家からは歩いて十分ほどかかるところまで捜索範囲を広げてしまったが、たどり着いた先はただの開けただけの何もない場所だ。


「チョット離レテナ」


 ヒナタがそう言って俺を下がらせると、全身が暖色でほんのりと光だした。

 フウカは風の魔法を使うときに銀色に光っていたから、この子も魔法を使用する準備をしているようだ。


「オラア!」


 なんとも男らしいかけ声とともに、地震が発生する。

 え? ヒナタって火の精霊であって、土の精霊じゃないはずだよな。

 地震はおさまることなく、地面がひび割れると、中から蒸気が噴き出してきた。


「な、なんだこれ?」


 明かな異常事態に、さすがに焦るがソラたちはその様子を見守っている。

 ソラが俺を助けるために動いていないのなら、多分安全なんだろう。

 気を取り直して、俺もヒナタのやることを見ていると、地面のひびは広がりついに大穴が開く。


「うわあ! すごいです!」


 穴の中から水の柱が天へと伸びる。いや、この湯気を見るに水ではなくお湯か。

 もしかして温泉か!?


「地下ニ溜マッテル水ヲ、私ノ火デツツイテ押シ出シテヤッタンダ。コレ、温泉ッテ言ウンダロ? ドワーフタチハ気ニ入ッテタゼ」


 これはものすごくありがたい。

 徒歩十分程度の場所に温泉とは、最高じゃないか。


「いや、まじでうれしい。ありがとうなヒナタ」


 頭をなでる。実体がないので透けて通り抜けるだけだが、そうしたかったのだ。

 俺の行動に、ヒナタは不思議そうな顔をしていた。


「アキト、ウレシイカ? ナラヨカッタ。水ダケナラスーチャント、チーチャンニモデキルケド、コレハオレニシカデキナインダゼ」


 似たことはできるのか。すごいな精霊。

 フウカも人間を軽々浮遊させる風を出せるし、ルーツが同じルピナスも簡単に家を作れるし、精霊と妖精が魔法の扱いに長けるというのもうなずける。


「ジャア入ロウゼ」


「そうだな。それじゃあ、先にみんなで入ってくれ。俺はあとで使わせてもらうからさ」


 温泉なんてひさしぶりだ。一度家に帰って、みんなが戻ってきたら俺も入ろう。

 わくわくしながら帰宅しようとするが、ヒナタが俺のことを呼び止めた。


「ドコイクンダヨアキト。早ク一緒ニ入ロウゼ?」


「いや、それはまずい」


 そうきたか。渡した服は着てくれているから、裸体をさらすのはやめてくれたと思ったが、ヒナタはいまだにその辺に無頓着なままだった。

 この分だとヒナタだけでなく、フウカも俺が止めないと半裸をさらすんだろうなあ……


「マズイッテ、ナニガダ? 一緒ニ入レルダケノ大キサニハシテアルゾ?」


「いやあ……前も言ったけど、女の子がそう簡単に肌を見せるっていうのはね……」


「エ~嫌ダ! オレアキトト温泉入ルカラナ!」


 ヒナタを纏う炎がメラメラと燃え盛るように大きくなった。

 感情が高ぶって魔力が増したっぽいな。つまり、彼女はいまご機嫌ななめなのだ。


 ぶすっと不貞腐れた様子のヒナタ。

 ヒナタのおかげで温泉ができたわけだしなあ……


「しかたない……今回だけだぞ」


 大丈夫。さすがにこれがアリシアとかシルビアだったら絶対だめだけど、ヒナタの見た目ならギリギリ問題ないはずだ。


「えっ、それじゃあ私たちも」


「アリシアとシルビアはだめって言ったでしょ!」


「言っておらんぞ……」


 ショックが半分、呆れが半分といった風にシルビアに指摘される。

 だが、とにかくだめだ。それだけは譲れない。

 男女の関係でもない異性なのに、君ら簡単に肌をさらそうとしすぎだぞ。


「ええと、それじゃあヒナタと俺とソラで入るから。アリシアとシルビアとルピナスは別で入浴してもらえる?」


「それはかまわんが……いや、待て。なんで神狼様だけ許されておるのじゃ!」


 ええ……そこ気にする?


「だってソラだしなあ……」


「くうっ……神狼様はやはり特別なのか。なぜじゃ、毛皮か。妾には毛皮が足りぬか」


「毛は……さすがに全身には無理ですが、一部なら大丈夫ですよ私!」


 待って。シルビアまでおかしくなったら、そこで大暴走してる聖女誰が止めるの。


「二人には二人の良いところがあるから、よくわからない答えに至ろうとしないで」


「むう……その良いところあとでゆっくり聞かせてもらうからの」


「私も聞きたいです!」


 なんか余計な約束を取り告げてしまった気がするが、なんとか場が収まったから良しとしよう。


    ◇


「ウン。ヨクワカンネエ」


 ケラケラと笑うヒナタ。ああもう! ちゃんと肩まで浸かれ! 見えるだろうが!

 だけど、精霊にはやっぱりお湯に浸かるなんて行為は不要だし、温泉の良さもわからないのか。


 そもそも、そんなに風呂を気にするのって日本人くらいか?

 この世界の人たちにとて風呂ってどうなんだろう?

 ルピナスの魔法では普通に風呂場まで作ってもらえたし、アリシアもシルビアも利用してるから、入浴するのはこの世界でも常識かと思っていた。

 もしかして、あれは俺につきあってくれてただけか?


「そういえば、ソラは温泉平気なんだな」


 犬ってシャワーとか苦手って印象だったけど、そのへんはソラには適用されないのか、シャワーのときもいつもいい子だ。

 ――と思っていたのだが、シャワーのときと違って、なんか完全に固まってしまっているな。

 温泉に浸かるのは無理だったのか?


「大丈夫かソラ?」


 不安になって、ソラのほうまで近づくと抱きあげて確認してみた。

 なんだか息が荒いな。やっぱり無理させてしまっていたか。


「ごめんな。温泉苦手だったか」


 俺は一度温泉からあがると、ソラを抱えて温泉から出してやった。

 う~ん。まだ心ここにあらずって感じだ。のぼせたってわけでもないし、やっぱり温泉が苦手なんだな。


「そこで、しばらく横になっててくれ」


 具合が悪いというわけでもなさそうなので、正気に戻るまでは休んでいてもらおう。

 残念だな。これからは毎日ソラと一緒に温泉に入ろうと思っていたけど、この分だと一人で入ることになりそうだ。


    ◇


『全裸のご主人様に抱いてもらいました……全裸のご主人様に抱いてもらいました……』


「神狼様!? 無事か? いや、その発言どういうことじゃ!? 神狼様、神狼様!?」

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