第54話 頭をなでられたいお年頃

「あんたは本当にだめね……」


 そう……わたしはいつもだめなんだ。


「才能は誰よりもあるんだけどね」


 ほんとうかなあ……こんなに心が弱いわたしに?


「もうすぐ成長期になっちゃうんだよ? その時にしっかりと強くならないと……私たちの一生はそこで決まるんだよ?」


 それがよけいにわたしをあせらせる。成長期はまってくれない。

 そのときに心が弱かったら、きっとみんなが言う才能を


「戦いたくないなら無理に戦わせちゃ、かわいそうでしょ。戦う以外の道だってあるからね」


 そのきづかいはとてもうれしいです。

 でも、わたしも弱いじぶんのままでいたいわけじゃないんです。

 だから……わたしはみんなにめいわくをかけないように、あのばしょにいかないと……


「あの子本当に禁域の森に行っちゃったの!?」


「ええ、臆病なのを治すって言ってたわ……」


「フィオちゃん……だいじょうぶかな……」


 獣王国プリズイコスの冒険者ギルドで猫獣人たちが話し合う。

 大人たちは自分たちも、すぐに禁域の森へ向かうべきではないかと思うのだが、森に向かった幼い少女であるフィオと同い年の子たちまで、連れていくわけにはいかない。

 しかし、下手に子供たちだけをここに預けていると、ただでさえ粗暴な者が多い冒険者たちとのトラブルになりかねない。

 そのため、彼女たちが禁域の森に向かったのは、信用できる知人がギルドに訪れるのを待ってからになった。

 ――すでに、フィオが禁域の森に到着してから、数時間後のことだった。


    ◇


「ここならきっと……」


 おくびょうなわたしは、これくらいしないとだめだから……

 みんなは止めてくれたけど、ぜったいに禁域の森にいるという男のひとにあうんだ。


「でも……こわいよう……」


 森のなかにはいったら、神さまのような気配がした。

 たぶんわたしのことを観察している。これが森の王さまなんだと思う……

 戦ったらぜったいにかてない。いまのわたしじゃむり。未来のわたしなら……どうだろう?

 そのまえにわたしに未来はあるのかなあ……この森から生きて帰れるかなあ……

 いやなことを考えると、そればかりが頭のなかにうかんでしまう。


「ひっ!」


 ガサガサとしげみから音がなった。

 そこから出てきたのは、犬みたいなかおをしたひとたち。コボルトだ。


「ご、ごめんなさ~い!」


 よかった。わたしのほうが足がはやいから、なんとかにげられた。

 ほんとうなら、このまま帰りたいんだけど、それじゃあいみがない。

 わたしはみんなみたいな、りっぱな猫獣人として強くなりたいんだ……


「あ……ご、ごめんなさい……」


 こんどはクマの魔獣がでてきた。逃げないと……

 ちがう。戦うんだ。わたしはおくびょうな自分を変えるために、ここにきたんだから。


「えいっ!」


 うわあああ……ぐちゃっていった! ぐちゃっていった! こわいよう……

 どうして、こんなにかんたんにつぶれちゃうの……こわい……


 どうしよう……森の王さまがさっきよりこわくなってるよ……

 なんで? わたしはこんなにおくびょうで弱いのに……


 とにかくさきにすすもう。いやだなあ……

 男のひとはやく出てきてくれないかなあ……


    ◇


「ソラ? なんか落ち着きがないな」


 俺の膝の上にいるのはいつものことだけど、なんだかモゾモゾと動き続けている。

 なでるか? なでておくか。


「まあ、別にいいんだけど。なんかあったのなら、言ってくれ。俺には伝わらないから、まずは俺以外に」


 愛犬の声が俺にだけ聞こえないのが悲しい。

 だけど、アリシアかシルビアかルピナスがいるから、通訳には困りはしないしいいんだ。俺だけ聞こえないからといって、どうということもないんだ。


「それじゃあ私がお伝えしますね。なんでも森を訪れた人が気になっているようですよ?」


 アリシアがソラの気持ちを伝えてくれた。

 また侵入者かと思うが、実は侵入者自体はかなりの頻度と数であり、ほぼ毎日数人がこの森にきているらしい。

 そんな侵入者たちをソラがわざわざ気にするなんて珍しいな。フィルの妹やリティアのとき以来かもしれない。


「なんだかちぐはぐしているみたいですよ? 臆病なくせに、私やシルビアさんくらい強いとか……ええ!? そんな人がきたんですか?」


 通訳中に自分の発言に驚くアリシア。でも、正直言って俺もびっくりしている。

 この世界にきてもう随分と時間が経過しているのでわかるけど、アリシアとシルビアってめちゃくちゃ強いんだよな?

 その二人と同じくらい強いとなると、ソラが警戒するのもしかたないな。


「そっか、俺たちのために警戒してくれてありがとうな」


 そこそこになでておく。あまり本気でなでるとソラの集中の邪魔になりそうだからな。

 物足りそうにしないでくれ。お前の邪魔をしないためなんだ。俺だって辛い。


「神狼様がいるので心配はありませんが、アキト様は私の後ろにいてくださいね」


 なんか懐かしいな。シルビアが襲撃してきたときも、ソラが戦ってアリシアが俺を守ってくれたっけ。

 あの時と違って、今は二人の他にシルビアとルピナスもいるので、心配することはなにもない。


「……ぇぇ」


「なんか聞こえたな。もしかしてかなり近くまできてる?」


「そのようじゃな。しかし、本当にわからん。強さと性格がまるであっておらんのう」


 そんなにおかしな人なのか。大丈夫かな、できれば穏便にすませたいんだけど、話が通じるだろうか。

 ふとアリシアの顔を見て落ち着く。まあ、多少はおかしな人でも大丈夫だろう。慣れてるし。


「ひええ……ごめんなさい。ごめんなさい」


 小さな女の子がぺこぺこと頭を下げながら、すごい勢いでこっちに走ってきた。

 どうしよう。思ってたより変な子がきた。

 でも、少なくとも危険な相手ではなさそうなので、そこは一安心かな。


「おい、そこの。止まれ」


「ひ、ひえぇ……ご、ごめんなさい。わたしはフィオといって、猫獣人です。おくびょうですみません。あ、ちがいます。勝手に森に入ってすみません。でも、わたしはおくびょうなのをなんとかしたくて、この森に入ったらそれをましにできると思いまして、みんなにないしょでここまできたんですけど、森のなかでいろんな生き物におそわれてしまって、にげたり戦ったりしてここまできたんです。あれ、そこにいるのが男のひとですか!? わたし、あなたにあいにきたんです。あなたにあえばきっと、こんなわたしでもまともに……」


「待って待って待って、いったん落ち着こう? 多分君はすごく混乱してるみたいだから」


 怯えながら早口でまくしたてられて圧倒されたのか、シルビアもたじろいでいる。


「あ……ご、ごめんなさい。わたしはよわくてだめな猫獣人のフィオです」


「俺は人間で男の秋人です。君は弱くないし、多分駄目でもないから、そんなに悲観しないでね」


 なんでこの森の奥までくるのは、こんな子ばかりなんだろう。

 フィルさんとリティアを思い出す。とくに出会ったばかりのフィルさんに似てるな。名前も近いし。


「や、やさしい……お、おにいちゃんってよんでいいですか。あ、やっぱりやめます。ごめんなさい」


「別にそれくらい好きにしていいよ」


 ミーナさんとか年齢がわかった今でもお兄さんって呼んでるし、それに比べたらまだ幼い少女がそう呼ぶくらいなにも問題ないだろう。

 あれ? もしかしてミーナさんみたいに、実は年上だったりするのだろうか?


「フィオちゃんっていったね。君何歳?」


「は、はい。十歳になります。もうすぐ、成長期になるので、強くなるためにここにきました」


 見た目相応の若さだった。それなら成長期ってのもわからなくはない。あくまでも人間を基準に考えるならだけど。


「そっか偉いんだね。でも、あまり無理しすぎないように気をつけてね」


「や、やさしい……男のひとなのに……あ、はい! き、きをつけます……」


 あ、やべっ、自然と頭なでてる。


「ああぁぁぁ……お、おにいちゃん。い、いえ、なんでもないです。つづけてください」


 危なかった。本人が嫌がってないから、ぎりぎりのところで不審者にならずにすんだ。

 フィオちゃんは小さな両手で俺の手をつかむと、自分の頭にこすりつけた。猫耳がときおりピクッと動いてなんだかかわいらしい。


「うわぁぁ……おにいちゃんの手きもちいいです……」


 段々と元気になってきたようでよかった。

 しかし、なんだか俺の手をつかむ力が少しずつ強くなっているような……


「ふわぁぁ……もっと、なでてほしいです……」


 気のせいじゃないなこれ。もしかして、獣人って人間より力が強いのか。いや、そもそもアリシアとシルビアぐらい強いって話だったじゃないか。

 そんなフィオちゃんが、自分の力を制御できてないのだとしたら……


「きゃあっ!」


 ソラが軽く尻尾を振るうと、俺の手をつかんでいたフィオちゃんの両手がはじかれる。

 よかった……あのままにしていたら、俺の手が潰されていたかもしれない。


「えっと、フィオちゃん。もしかして力の制御苦手?」


「は、はいぃ……わたしが力をいれたらみんなこわれちゃうんです……あの……また、なでてくれますか?」


 ソラ、ありがとう……もう少しで俺の手がみんなの仲間入りするところだった。


「そっか。俺はフィオちゃんより、ものすご~く弱いから、この続きはフィオちゃんが自分の力をコントロールできるようになってからにしようね」


「つまり……わたしが強くなったら、またなでてくれるんですね。わかりました。わたしいっぱいがんばります!」


 あれ、なんか違うぞ。


「強くなるだけじゃなくて、力を制御できるようにね」


「はい。強くなれば、それもかいけつするからだいじょうぶです」


 そういうものか? でも、猫獣人なんて初めて見るし、何も知らない俺よりは当人の判断を信じるか。


「おにいちゃん。わたしがんばれそうです。おにいちゃんのために、いっぱい強くなりますから、またなでてくださいね」


「えっと、俺でよければ」


「おにいちゃんがいいです!」


 懐かれた? みんなが反応しないってことは、多分悪意はないし、別にいいか。


「それじゃあ、またあいにきますからね~」


 来たときと同じように、フィオちゃんは走りながら帰っていった。

 成長期とか言ってたし、次に会うとしたら成長期が終わって、力も制御できるようになってからだろうか。

 だとしたら、五年後くらいになるのかな? フィオちゃんには悪いけど、その前には日本に帰りたいなあ。


    ◇


「フィオ! 無事だったのね!」


「はい!かってに出てきてしまってごめんなさい!」


「あれ……あなた、なんかハキハキと喋るようになったわね」


「はい。おにいちゃんとやくそくしたんです。強くなるって」


「そう……? まあ、あなたにやる気が出たのは良いことね。これから、あなたたちは成長期に入るのだから、きちんと訓練したら強くなれるわ。あなたは特にね」


「はい! がんばります!」


「……本当になにがあったのかしら? よくわからないけど、フィオに良い影響を与えてくれた人に感謝しないとね」

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