第53話 考察「ガラクタの付加価値について」
「なんじゃ、この大量の食糧やら薬草やら魔導具は」
「なんか、どうしても受け取ってくれって、ルチアさんに頼まれて。あと、なんかソフィアちゃんとミーナさんが土下座してた」
「どういうことじゃ?」
「なんか、俺が作ったお守りもどきを売ったとか言ってたけど……あれ、言っちゃ悪いけど、なんの役にも立たないし、売れると思わないんだけどなあ……」
最近ミーナさんにお守りを作るための木と小刀をもらった。
ミーナさんにもしも削り終わったお守りもどきがいらないなら、後で使うので譲ってくれないかと頼まれたので、どうせエルフの村には定期的に通っているし、そのついでに毎回渡すことにしていた。
俺としては、不要な物なのでどう扱おうと勝手だし、そんなに謝るようなことではないと思うので、穏便にすませてくれとルチアさんにお願いしておいた。
でも、ルチアさん珍しくすごい怒ってたしなあ。きっと今もあの二人はルチアさんにお説教されているんだろうな。
「むう……主様が許しておるのなら妾が口出しすることではないが、それならこの貢ぎ物はもらって当然じゃと思うぞ」
いいのかなあ……
なんか、ゴミを騙して売ったみたいで気が引けるんだが。
◇
「聖女様。王女様がいらしてますが」
「もう少し待たせておきなさい」
きっと私の顔は苦虫を噛み潰したようになっている。
あの精霊騒動で、私と王女の意見は一致していたはずよね? 緊急事態だからこその共同戦線であって、それ以上の干渉はしないって思ってたはずよね? あんたも。
それなのに……どうして、定期的に訪れてはお茶を飲みましょうとか、ふざけたこと言ってんのよ!
こっちは暇じゃないのよ。今日という今日は仕事が終わるまで待たせてやるわ。それで、一応仕事の後に会いに行ってもまだいるのなら、まあ……お茶ぐらいは一緒に飲んでやるけど。
自分の脳裏に浮かんだ、ありえない過程に思わず自嘲してしまう。
「なんでまだいるのよ!」
ありえないことが起きていた。本当に意味がわからないわこの王女。
「なんでって、待っていてもいいと言われましたよ?」
だからってふつうこんな何時間も待つ? 暇なのこいつ?
「王女の仕事ってよっぽどやることないのね。うらやましいわ」
なんだかもう疲れてしまったので、私も席につくと礼儀も作法もなく、お茶を飲み干した。
……おいしいわね。高い茶葉でも持参したのかしら。
「それで、なにしにきたのよ?」
「お茶を飲みにきたんですよ?」
図々しい女がしれっとそんなことを言ってのける。あんた、もしかして第二王女に似てきたんじゃないの?
「ここは飲食店じゃないんだけど」
「ええ、存じております」
皮肉が通じない。いや、これは通じてるけどわからないふりしてるだけね。
もう面倒だから、適当に茶を飲んでから追い返すことにしましょう。
「それと、ついでにちょっと自慢をしにきました」
「あっそう……」
なによ自慢って、本当に妹に似てきたんじゃないのあんた。
…………うざい! そわそわしてんじゃないわよ! こっちが聞くまで待つつもりなの!?
「はあ……それで? なにを自慢するって?」
「はい! 実はこのアミュレットなのですが」
見せられたのは木製の首飾り。
でもおかしいわね。護符というわりには、なんの魔力もこもってないじゃない。
これじゃあ、なんの効力もないただの手作りのアクセサリーでしかないわ。
「ねえ、それってなんの効果もないわよ?」
あまりにもうれしそうに見せてきたため、自慢されたことへの嫉妬とかではなく、本心から忠告してしまった。
これだけ大切にしているのだから、余計なことを言ったかもしれないと、わずかに後悔する。
だけど、そんな心配はいらなかった。ええ、本当に! 心配なんてするだけ損なのよ。この女は!
「うふふ、話の途中ですよ。実はこのアミュレットなのですが――アキト様の手作りなんです」
「は?」
なにそれ、私もらってないわよ。
まさかこいつ私たちにばれないように、こっそりとあの森に通っているんじゃないでしょうね。
うわっ、うざい。自慢げなその笑みやめなさいよ。
「森に行ったの?」
「いいえ。精霊の騒動以来行ってませんよ?」
「なら、アキトが作ったアミュレットなんて、どうやって手に入れたのよ」
「ソフィアさんが売りにきたんです」
ソフィアが? たしかにあいつは禁域の森に住むことになったとは聞いたけど……
だめ、意味が分からないわ。なにを考えたら、男の手作りの品を売るなんてとんでもないことを思いつくのよ。
「なんでも大量に作ったはいいけど、今のところ用途がないということで、私たちのところに売りにきたみたいですよ?」
大量に? もしかして、こいつが身に着けている一つだけじゃないの?
「ソフィアはどこにいるの?」
「すぐに在庫がなくなったので、売り上げで村への物資を購入してから、森に帰りましたよ?」
ちっ……遅かったみたいね。
「はあ……次は私にも知らせなさいよ」
ないものをねだっても仕方がない。なら、次に備えるほうが賢明ね。
諦めてそう念を押すと、フィルはにやにやと笑ってきた。
「なによ?」
「実は、ちゃんとあなたの分も買っておきましたよ。お友達としてプレゼントしようかと」
うざい……
私の反応を見て楽しんでるだけじゃない。ほんと良い性格になったわね。
それに、お友達? このお茶会とやらにつきあってやるたびに、散々言われてるけど否定してきた関係じゃない。
「ああ、でも私たちお友達じゃないんでしたっけ?」
友達っていうのなら、こんなことしないと思うんだけど?
まあ、いいわ。どうせ本心じゃないし、いまだけはなってあげるわよ。あんたのお友達にね。
「はいはい。お友達よ。お友達。だから、さっさと確保した分を私に売りなさい」
「売りはしませんよ。ゆずります。お友達ですから」
こうして私はお友達により、どの店にも売っていない貴重な魔導具を手に入れることになった。
◇
「なあ、君たち知ってるかい?」
かつての禁域の森の噂もなりを潜め、冒険者たちが集う酒場はすっかりいつもの日々に戻っていた。
冒険者たちが各々の戦果や今後の予定を話す中、魔女プリシラは見知った冒険者たちへと話しかける。
「あら、プリシラ。久しぶりね。なにか面白い話でもあった?」
「ああ、じつは面白いものを手に入れてね」
そう言ってプリシラが見せたのは、首にかけていた木製の護符。
手作りのそれは、はっきり言ってみすぼらしくもあり、上位の装備の中でやけに浮いて見えた。
「なんだそのアミュレット。見た目で判断するつもりはねえが、魔力もまったく感じねえぞ?」
「うん……そもそも、効果がないように見える」
一流の冒険者である、ジャニスとシーラが見れば一目でわかるが、プリシラが大切そうに身に着けていたそれは、何の役にも立たない身を飾るだけの品だった。
「そう思うかい? 私はこれを身に着けているだけで、とても幸福なんだがね」
「もしかして私たちにはわからないけど、特別な効力を発揮しているのかしら?」
うっとりするようなプリシラの言葉を聞いて、リサが尋ねる。
「いや、効力はないよ? 本当になんの魔力も効果もないアミュレットさ」
「どういうこと? おしゃれでつけてるの?」
要領を得ないプリシラの発言に、三人は不思議そうに顔を見合わせた。
「じつはこれ――禁域の森の男の手作りなのさ」
「なんですって!!」
椅子をひっくり返しそうになるほど大きな音を立てて、リサが驚き立ち上がる。
リサだけでなく、残りの二人も同じようにプリシラの首から下げられたアミュレットに近づき凝視していた。
「そんなものどこで手に入れたんだよ。いや、そもそも本物か? 騙されたんじゃねえのか?」
リサたちの大声に驚いて、会話に耳を傾けていた周囲の客たちも、無言でうなずいた。
「ほら、前に私たちが森の中で見失った勇者がいるだろう」
「ええ、たしかに私たちが諦めようとしたときに……男の人に、連れていかれた……まさか!?」
王女と勇者たちが森から帰還したときも、ついぞ戻ることのなかった一人の勇者。
それは、かつて自分たちの目の前で倒れ伏したかと思えば、突如現れた男性に抱きかかえられ連れていかれてしまった勇者だった。
「あの勇者が戻ってきたっていうの? それなら、たしかに男の人の手製の品を持っていたとしてもおかしくない……いや、だったらなんであなたが持ってるのよ……まさか」
奪い取ったんじゃないでしょうねと言いたげな顔に、さしものプリシラも少々焦りつつ否定する。
「いやいや、穏便に受け取ったとも。どうやら、この町には王都にない薬草を探しにきたようでね。当然王都よりも品ぞろえが悪いこの町にあるはずもないが、私が研究に使っていたからいくつか融通したんだよ。その礼としていただいたわけさ」
そんなことありえるだろうか。
プリシラが珍しい薬草をわけたところまではわかる。だが、その礼が男性の手作りの品だなんて、一体どれほど貴重な薬草をわけたというのだろうか。
「どんな貴重なものを分け与えたら、男性の手作りのアミュレットなんてもらえるのよ……」
「いや、たしかに貴重ではあるが、そこまでのものではないよ? ほら、これだ」
そう言って見せられたのは、たしかに入手しづらいといえばしづらいが、ある程度の実力があれば面倒という以外の苦労はなく手に入る薬草だった。
「……本当に男が作ったものなの? 全然釣り合ってないけど」
「そう思うよねえ……私も何度も確認したけど、本当だとさ。どうやら、私のところに来る前に王都の勇者たちがほとんど買い尽くしたようでね。売り物として残ったのはこの一つだけと言われたよ」
勇者たちまで買っているとなると、とたんに信憑性が増してしまう。
なんせ、一目見た自分たちと違って、あの勇者たちは森にいる男と一時期ともに暮らしたのだから、まさか偽物を掴まされることはないだろう。
「ついでに言うと、私にこれをゆずった勇者も大切そうに、これと同じようなアミュレットを身に着けていたよ?」
プリシラはこれが本当に男の手作りだと確信しているようだ。
そして、自分たちももうほぼ真実であると判断している。
だからこそ、うらやましい。
「あの~、そのアミュレット余ってたりは……」
「しないね」
「だよなあ……ちくしょう! なんで、その勇者も私に依頼しないんだよ!」
うんうんと頷いたのは、ジャニスの仲間の二人だけでなく、酒場内で聞き耳を立てていた冒険者たちも一緒だった。
「ははは、それでは失礼するよ。私は男性の加護を思う存分味わいながら、研究を続けなくてはならないからね。」
たしかな実績を持つ一流の冒険者たちは、高笑いしながら去っていくプリシラをうらやましそうに見つめていた。
◇
「やっぱ悪いよ。あんな木片を削っただけで、魔導具ですらない物を渡したからって、あんなに色々もらうなんて」
「いえ、本当に! お願いですから受け取ってください!」
気になってエルフの村に戻ってルチアさんと話したけど、どうにも引いてくれる様子がない。
これってもしかしてあれか? 俺への貢ぎ物なんだけど、ただでもらうと俺が遠慮するから、適当な理由をつけて物々交換にしてしまおうという魂胆だろうか?
なるほど、それならばこちらが渡す物はなんでもいいわけだ。
「そこ! 土下座するのをやめていいと言った覚えはありませんよ!」
いや、それにしてはルチアさんがめちゃくちゃ怒ってる。
足がしびれた様子のミーナさんも、つい頭をあげてしまっていたソフィアちゃんも、再び額を地につけて平伏した。
本当に、なんなんだろうな……
結局、ルチアさんの剣幕に押し切られる形で、俺は様々な献上品を返すことができずに帰還するのだった。
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