第51話 クレイジー・ホーリーガール

「く、くそっ! 殺すがいい! あ、嘘です……できれば命は助けてください」


 いち早く目を覚ましたのは、本日二度目の敗北を喫したオーガの少女だった。

 他のオーガたちが女性なのに対して、このオーガだけまだ少女であり手加減されたから、目が覚めるのが早かったんだろうな。

 まだ好戦的だったオーガの少女も、ソラとシルビアに睨まれると、あっさりと降伏した。

 ……最初からそうしてくれたら楽だったのに。


「それじゃあ、ちょっと俺の言うこと聞いてくれる?」


「ま、負けたのだから仕方がない。あれか? 脱げばいいのか?」


 違う。大体お前俺のこと襲おうとしてたくせに、負けたんだから諦めてくれよ。


「ちょっと手をつなぐから、俺の方に魔力を流してみてくれ」


「ふっ、お前知らないのか? そんなことでは子供はできないんだぞ? いいか、子供というのは男が女に」


「いいから!」


 どや顔で何言おうとしてんだこいつ。

 アリシアみたいなやつめ。いや、アリシアはかわいげがあるからこいつと比べるのはかわいそうか。


「仕方ない。言うとおりにしてやるが、わからなくなったら教えてやるから聞くといい」


「聞かねえよ」


 ああ、だんだんとイライラしてつい口調が乱暴になった。

 ソラとシルビアも普段より乱暴な俺を見て引いてる。


「そうじゃな……いつものやさしいのも良いが、攻撃的なのも好ましい……」


 小声で話しているソラとシルビアにはあとで弁解するとして、まずはこいつの魔力の暴走を治療できるか試さないとな。


「こんな感じか?」


「ああ、気持ち悪いのが流れてきてるからそれでいい」


「失礼じゃないか!?」


 うるさいな。お前なんてそれで十分だ。

 まあ、こいつに限らずフウカやアリシアのときでさえ気持ち悪く感じたけど、そのことは黙っておこう。

 でも、とりあえず成功しそうだな。フウカの暴走を治したときと同じなので、俺は一安心した。


 しばらくの間、オーガの手を握って俺の体を通して魔力を排出していく。

 しかし、大人しいな。こいつのことだから、うるさく騒ぎ立てるか、うっとうしく動きだすかと思ったのだが。


「あ……あの……」


「なに?」


 だめだ。ついぶっきらぼうに返事をしてしまう。

 ――あれ? なんか弱々しい話し方じゃなかったか? もしかして、魔力流しすぎて衰弱させてしまったか?


「す、すみません……もう治ったので、あの……手を、離していただけると」


「え、誰?」


 なんだこの儚げな少女は、さっきまでのアホで下品な女はどこにいった。


「す、すみません! さきほどまでは、なんだか頭に血が上っていたと言いますか……」


 もしかして、今までは暴走によって本能のまま、理性がない状態で行動や発言をしていたせいか?

 フウカはそもそも話が通じなくなっていたけど、なまじ会話が成立するので気がつかなかった。

 オーガたちもしっかりと暴走状態になっていたんだ。


「ああ、そのことならいいよ別に。というか俺も悪かった」


「い、いえ! あなたが謝ることなんてなにも!」


 本当に別人じゃないだろうか。戦闘大好きでうざいあの少女の面影がどこにもないぞ。

 あらためて暴走状態の危険性を垣間見た気がする。

 そして、それを治療することは役に立てるのだと実感した。

 いつまでも、みんなの世話になるだけのヒモ生活っていうのも嫌だったからな……


「とりあえず君はもう大丈夫そうだな。他のオーガたちも治すから一人ずつ起こしていこう」


「もしかして、あなたが治してくれたんですか?」


「そうだね。他のオーガたちも治せるなら、俺なら治せるってことでいいと思う」


「あ、ありがとうございます! それに、仲間たちまで治してもらえるなんて……」


 調子が狂いそうだと頭をかいていたら、ソラがオーガを運んできてくれた。


「ありがとう。じゃあ、この人から治そう」


 頬を軽くたたくと、オーガの女性は目を覚ました。


「ん……ここは……そうか、負けたのか。殺すがいい」


 それさっきも聞いた。


「殺さないけど、ちょっと言うこと聞いてくれ」


「いいだろう。敗者である以上は勝者の命令に従おう」


 こっちはオーガの少女よりも多少理知的でやりやすいな。

 この違いはなんだろう。暴走状態の進行度合いによるものか?


「はい。それじゃあ魔力流してくれ」


「む、変なことを頼むのだな。まあいいだろう」


 気持ち悪い。

 これもいずれどうにかならないものか。でも、俺に魔力がないからこその気持ち悪さなのだとしたら、これがどうにかなったら魔力の暴走を治すこともできなくなりそうだな。

 なら、多少の気持ち悪さぐらいは我慢するか。

 暴走している人たちと違って、こっちは我慢できる程度の不快感だしな。


「なんだ……? 気分が晴れていく……」


「そのまま魔力を流し続けてくれ。いずれ魔力の暴走状態が治るはずだから」


 治療中も会話ができている。治療……でいいんだよな?

 こうして会話できるってことは、やっぱりこの女性はそこまでの暴走状態ではないってことか。


「う……えと……あの……手を、あの……恥ずかしいので、離していただけると」


「ああ、はい。これで治ったみたいだね」


 さっきと同じだ。なんかやけに恥ずかしがり屋になる。

 ……大丈夫だよな? これ、俺のせいで人格が書き換わってるとかじゃないよな?


「なあ、君らさっきまでと別人みたいだけど、俺のせいで性格変わっちゃったりしてない?」


「いえ! 私たちは元はこうでした。みんな徐々におかしくなっていったのですが……魔力の暴走のせいだったんですね」


 不安になったので聞いてみるが、オーガたちは今の性格こそが本来のものだったようだ。

 なら、遠慮することもない。どんどん治してしまおう。


    ◇


「本当にありがとうございました」


 ひときわ立派な着物のような服装の美しい女性が深々と頭を下げる。

 この人がオーガたちの族長で名前はアカネさんというらしい。

 ソラとシルビア相手に最後までめちゃくちゃ楽しそうに戦ってた人だ。

 それがいまやおしとやかな礼儀正しい美人になっているのだから、魔力の暴走って恐ろしい。


「あ~、俺も実験みたいな真似してしまったわけだし、そこまで恩義を感じないでいいからね」


「いえ、理由はどうあれ我々があなた様に救われたことは事実です。これからは、あなた様を神と崇め信仰する所存でございます」


「それはやめて」


 このままでは第二のエルフたちが生まれてしまう。なので、俺はまたもや女神様にすべてを押しつけることにする。


「えっと……あなたたちを救ったのは女神様の意思なので、信仰するのは女神様にしてくれ」


「――そういうことにしておきます。ですが、信仰まではしないにしても、あなた様への感謝は忘れません」


 なんか見透かされてる感じだなあ。多分俺のような若造の嘘なんて通じないような相手なんだろう。


「それじゃあ俺たちはこれで。もしも魔力の暴走の兆候があったら、俺たちのところを訪ねてくれ」


 そう伝えて俺たちは家に帰ることにした。

 思いつきでやってみたことだが、想像以上にうまくいってよかった。

 この分だと他の種族を助けることもできそうだな。

 そして、その恩義はすべて女神様に押しつければ、俺が元の世界に帰れる日がくるかもしれない。


 当てもなかった道に光明が見えた気がして、俺は気分よく帰路につくのだった。


    ◇


「あの~、まだ流した方がいいですか? いえ、嫌だとかじゃないですよ? むしろ、このままずっと手をつなぎたいくらいですから。やっぱり、まだ流し続けますね。どうか納得いくまで私の手を握り続けてください」


「やっぱりだめみたいだな」


 家に戻って初めに試したのは、アリシアと手をつないで魔力を流してもらうことだった。

 あのオーガの少女に少し言動が似ているし、いまみたいに暴走気味の思考に至るし、アリシアも魔力の暴走をしているんじゃないかと思ったのだが……

 アリシアはこれが素なんだな……


 きょとんとするアリシアにごまかすように頭をなでておいた。

 まあ、あの少女と違ってこういうところがかわいいから、今のままのアリシアでいいんだろうなきっと。

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