第50話 触るな危険×2

「君、オーガだよね?」


「そうだ、それがどうした」


 困った。特徴が一致するしそうだろうとは思ってたけど、彼女がオーガだというのなら、万に一つも俺に勝ち目なんかない。

 というか、なんで俺なんだ。前にシルビアがオーガは強い相手と戦うのが好きって言ってたじゃないか。

 ……いや、違うか? 戦うのが好きとだけ言ってたかもしれない。

 てっきり、強者との戦闘を望む種族かと思ってたんだけど、もしかして戦えればなんでもいいとかそういうことなのか?


「俺は弱いんで、他の二人と戦ったほうがいいと思うよ」


「むむ……それは、わかるが。今はお前と戦う」


 なんだよそれ。弱いものいじめだぞ。


「戦いにならないから、やめたほうがいいって。多分一発殴られたら負けるから、君も楽しめないと思うよ」


「それはわかっている……だが、今は強い相手との戦いよりも、繁殖が優先だ」


 なんて? 繁殖って……


 前にアリシアに聞いたことがある。男がほとんどいないこの世界でどうやって子供が産まれてるのか。

 ルピナスやフウカのように、魔力の塊から産まれる者はいいが、人間なんてどうやっても増えようがないと疑問に思ったのだ。

 その疑問の答えとして生物の肉体に魔力が宿り子を生すのだと、アリシアは顔を赤らめながらそう説明してくれた。

 なるほど、それならば男がいなくても子供は産まれるのかと納得したが、実は俺たちの世界と同じ方法で子を増やすという手段もあるらしい。

 きっと、元々は俺たちの世界と同じ手段しかなかったが、男の減少により単一で子を生せるように女性が進化したといったところだろう。


 そこで話が戻るが、目の前の少女は繁殖とか言ってた。その前に俺と戦うとも言ってた。

 これってつまり……俺を使って子ども作ろうとしてないか?


 そこまで考えがまとまり、やばいと思ったときにはもう遅かった。


「ぎゃあ!! ま、まて。今はお前たちと戦う気は……ぐわあっ!!」


「黙れ小娘。妾たちを差し置いて主様と繁殖するなどと戯けたことをぬかすな」


 ああ……シルビアとソラがめちゃくちゃ怒ってる。炎が直撃したり、噛みついてから投げ飛ばされてる。

 俺を守るためなんだけど、この二人もアリシアもこの手の冗談は本気にとらえるようなので、オーガの少女の発言は意図はどうあれ、洒落になってないのだ。


「えっと、二人ともありがとう。でも、そのくらいにしないとその子が危険だから」


「かまわんじゃろう。妾たちに喧嘩を売ったんじゃから、買ってやっただけじゃ。のう小娘?」


 いつもの親しみやすいシルビアと違って、怒っている姿は威厳があって、そういえば女王様だったなあと思わせる。


「い、いや……私は……」


「なんじゃ。まだ立場がわかっておらんようじゃな」


 あ、ソラが俺になでられにやってきた。

 多分怒ってる二人に少しびくついていたことを察してきたんだろう。

 そうだよなあ……お前もシルビアも俺のために怒ってるんだから、怖がっちゃだめだな。


「シルビア。俺のことなら二人が守ってくれるから大丈夫だよ。とりあえず、そのオーガに話を聞いてみよう」

「……主様に感謝することじゃな」


 不満そうだったが、なんとか俺の言うことを聞いてくれた。

 いやあ、シルビア怒ると怖いなあ。

 怖いので気分を落ち着けるために、俺の手はフル稼働でソラをなで続けている。


「それで、君のさっきの言葉を鵜呑みにすると、なんか俺と、その……性行為しようとしてなかった?」


 オーガめ、俺になんてセクハラ発言させるんだ。


「ああ、最近やけに戦いたいと気持ちが高ぶっていたのだが、その思いが高まりすぎると今度は別の欲求が頭を埋め尽くした。それが繁殖だ。さあ、話したぞ。私に負けたら私たちの婿となり繁殖に協力し……ろ」


 とんでも理論を展開しようとしたけど、ソラとシルビアのほうを見てから言葉がしりすぼみになって消えていった。


「話を聞く限りだと、シルビアの予感が当たってそうだね」


「う~む。戦闘欲求だけかと思っておったが、よりによって発情して主様を狙うとはのう。――絶滅させるか」

「話し合おう」


 まだ怒ってたんだな。怖いよ。


 俺がシルビアにびくついているうちに、オーガの少女はいつのまにか俺たちから距離を取っていた。

 ソラとシルビアなら気がついていそうだし、きっと特に危険ではないから放置してたっぽいな。


「す、すぐに仲間を連れてお前を奪い去ってやる!」


 そう叫んで一目散に逃げていくオーガの少女。

 隣が怖い。絶対シルビア怒ってる。


「えっと……追わないんだね」


「そうじゃな。仲間を連れて戻ってくるというのなら、そのときに絶滅させたほうが手間をはぶける」


「……できれば手加減してあげると助かるんだけど」


 笑った。いつものような楽しそうな笑いじゃなくて、冷たい恐ろしい笑顔だ。なまじ美人なだけに迫力がすごい。

 大丈夫かな。オーガたち無事でいられるだろうか……


    ◇


 仲間の赤い肌の女性たちを連れてきたオーガの少女。

 他の仲間よりかなり若いし、この子下っ端なんだろうか。


「待たせたな! よく逃げずに……って、なにしてるんだお前ら!」


 オーガの少女はソラとシルビアを全力でなで続ける俺を見て大声をあげる。

 いや、これお前らのためだからな。

 ソラとシルビアをあのままにして戦闘なんてさせたら、下手したら取り返しがつかないほど痛めつけられてたぞ。

 こうして、二人の機嫌をとらないと絶対にそうなってたと確信できるほど、二人は怒ってたからな。


「あら、そんな強者もいるなんて面白いわ。それじゃあ、あなたたちを倒してその男を奪おうかしら」


 おいやめろ。そんな三下みたいなセリフ、絶対この後あんたが負けるフラグだぞ。


「それじゃあ、早い者勝ちだな! 最初にあの男の子を授かるのは私だ!」


 ああ……なんでそう二人を的確に怒らせるようなことを……

 ていうか、さっきからそんな発言してるけど、こいつらオーガじゃなくてサキュバスの集団の間違いじゃないのか。


 そこからは、目を閉じたくなるほどの哀れな光景だった。

 ソフィアちゃんを倒したときよりも、明らかに理性がなくなっているオーガたちは、あの時のような連携もできずにソラとシルビアに襲いかかっては撃退されていく。

 戦闘じゃなくて蹂躙だ。こんなものは。


 オーガたちも二人を恐れずに全力で攻撃をしかけるのはすごいことだけど、勝ち目のない戦いだと判断するだけの理性がなくなってるんだろうな。

 あ……最初に会ったオーガの少女だけは泣きそうになってる。

 この子だけ他のオーガよりも理性が残っているように見えるけど、今はそのせいで恐怖の中で戦うことになっているみたいだ。


「く、くそっ! 私だってオーガなんだ! 戦ってやる!」


 徒手空拳によりシルビアに挑むが、カウンター気味の尾の一撃で腹を抑えて崩れ落ちていった。

 気絶したっぽいな。

 ソラは……噛みついたオーガを振り回してる。ソラが野生化してしまった……


 結局五十人ほどいたオーガたちは一矢報いるなんてことは叶わずに、一人残らず気絶させられた。

 死んでいないから、一応二人は手加減はしてくれたみたいだ。

 ――ソラさん? なんで近づいて甘えてきてるの? 俺、この惨状ほめないといけないの?


「つ、次はもうちょっと穏便にすませような~」


 抱きしめるともふもふした気持ちいい感触が返ってくる。よかった、いつものソラだ。

 当たり前のことだけど、こうやって確認したくなるくらいには、俺も混乱しているみたいだ。


 シルビアは……落ち着いたのか腕を組んで俺のそばで立っているけど、尻尾が俺の腕に絡んできた。これは無意識なのだろうか?

 とりあえず、絡まれたほうの手で手を握るように、尻尾の先を握ってみる。


「な!! な、な……え!?」


 あ、いつものシルビアに戻った。よかった~……


「えと、落ち着いた?」


「あ、ああ……すまぬ。無意識に主様の腕に絡ませておったのか」


 いいけどね。なんかちょっと冷たくて気持ちよかったし。

 さて、オーガたちが目を覚ましたら、今度こそ暴走を治せるか試さないとな。

 できれば、これ以上無駄な争いにならなきゃいいんだけど……

 不安を感じて、俺はためいきをこぼして彼女たちの目覚めを待ち続けた。

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