第47話 あの日のハリケーンをもう一度

「来たようじゃな」


「やっぱりルピナスの友達だった?」


「それはわからんが、ルピナスとソフィア、それにアリシアの後任の聖女が精霊と共に森に入った」


 予定と違うな。フィルさんや勇者はどうした? なにか不測の事態でもあったんだろうか。


「すぐに精霊を止めに行こう。ソラ頼んだ。シルビアはアリシアを運んでくれ」


 ソラにまたがり思い切り抱きしめて振り落とされないようにする。いつもと違って今は火急の事態なので、可能な限り急いでもらうためだ。

 ソラも断りなく抱きついたからか、一瞬だけ驚いていたようだが、すぐにこちらの意図を察して俺が落とされないギリギリの速度で走ってくれた。


 シルビアとアリシアすら置き去りにしてソラが精霊目指して駆けていくと、森の入り口の方からけたたましい風の音が聞こえてきた。それに、風によって薙ぎ倒されていく巨木が倒れる音。

 これが暴走した精霊による騒動なのか。たしかに、自然災害となんら遜色ない被害が発生しそうだ。


「アハハハハハ!!」


 すぐ横にものすごい突風が吹き荒れる。攻撃された方を見ると、そこには風をまとって飛行している精霊の姿が見えた。

 あれが直撃したらひとたまりもないんだけど、ソラに乗っている以上そこは一切心配していない。

 だから、驚いたのは精霊の攻撃じゃなくて、精霊の姿にだ。

 ルピナスと違って人間の少女ほどの大きさで、白目の部分は真っ黒で身体には風を纏っている。

 だから一目で人間じゃないとわかるのだが……上半身に何も着ていない。


「また半裸かよ……」


 身に纏っている風と魔力が銀色の一枚の布のようになっているけど、本人が発している風のせいで体を隠しきれてない。

 つまり、チラチラと見えるのだ。


「これは、一刻も早く止めないといけないな」


 相手は精霊。羞恥心があるかどうかわからない。

 だけど、少なくとも俺には羞恥心がある。だから、そのような半裸で暴れまわられると非常に困るのだ。

 こっちはただでさえ普段から無防備な美女たちと暮らしているんだ。これ以上下手に刺激しないでほしい。


「アソボウ。アソボウ」


 どうやら向こうも俺たちに気がついたようで、さっきまで追いかけていたソフィアちゃんたちを無視して、こちらへと近づいてきた。

 まずい、こちらを向いたせいで胸が丸見えになっているぞ。


「ソラ。回り込んで後ろから押さえてくれ」


 ソラはすぐに俺の指示どおりに精霊の背後に移動して、背中に飛びかかった。

 精霊はあっさりと地面に落とされて取り押さえられる。

 そういえば、実体を持たないって話じゃなかったっけ? もしかして、ソラも魔力を使ってうまいこと触れるようにしてるのかな?


「ふう……ありがとうソラ。なんとか被害が大きくなる前に止められたな」


 あれ以上暴れられると、多分胸が完全に丸見えになっていた。ギリギリのところで止められてよかったな。


「アハハ……アハハハハハ!!」


 壊れたように笑い続ける精霊に視線を向けると、銀色の布がどんどん周囲に広がっていく。

 あれ、なんかまずそうじゃないこれ?


「タノシイネエ!!」


 次の瞬間。音が爆発したかと思うと、俺の体が一瞬で後方へと引き寄せられた。


「あぶなっ! ソラありがとう!」


 精霊を中心に巨大な竜巻が発生している。あのまま精霊の近くにいたら、今ごろ俺たちは吹き飛ばされて無事ではすまなかっただろう。

 危険を察知したソラが俺を咥えて運んでくれなかったら危なかった。


「ああ、もう! 完全に半裸じゃん! ちゃんと服を着なさい!」


 さっきまで肩にかけていた布状の風やら魔力やらでかろうじて隠していた体だったが、その魔力を爆発させて竜巻を発生させたせいか、布はどこにもなくなっていた。

 竜巻の中央に浮かぶ上半身裸の少女。なんともよくわからない光景だ。


「アソボウ! ネエ、アソボウ!」


「精霊さん! もうやめてください!」


 まただ。ここにくるまでにしつこく追い続けていたソフィアちゃんでもない。ずっと声をかけ続けているルピナスでもない。

 なぜか、この精霊は俺とソラを狙っている。

 というか、俺だよな? なんかずっと俺と目が合ってるし。


 ずっと遊ぼうって言ってるけど、もしかしてこの子遊びたいだけなのか?

 たしか暴走したら本能のままに行動するんだったよな?


「ルピナス! この子普段はどんな子なんだ!」


「えっ!? えっと、精霊さんはいつもルピナスと遊んでくれます。遊ぶのが大好きです」


 やっぱり、この子暴走してるけど遊びたいだけなんだ。


「どんな遊び!?」


「精霊さんが風をぐるぐる~ってしてから、びゅ~んって飛ばしてルピナスたちを風で飛ばして遊ぶです!」


 ぐるぐるって、もしかしてこの竜巻のことかよ。

 もちろん、正気ならもっと安全な小さい竜巻なんだろうけど、今の竜巻で飛んだら絶対死ぬぞ。


「アソボウ!」


 げっ! 竜巻がどんどん大きくなってる。

 これ、放っておいたら周囲の木を根こそぎへし折っていくんじゃないか。


「それは止めないとやばいよな……ソラ。あの竜巻の中に入れたりする?」


 頼もしいことに、ソラは俺の質問への答えを行動で示すように跳躍した。

 うっわ、高い。竜巻飛び越すほどのジャンプってすごいな。

 正直言うと怖いが、シルビアに乗って飛んだ時よりは低いからと自分をごまかす。


 ソラが竜巻を飛び越えて荒れ狂う風の内側に入ると、意外なことに精霊の周囲は無風で穏やかだった。

 落下しながら精霊に迫ると、精霊はやっぱり楽しそうに笑い続けていた。


「アソボウ?」


「後でいくらでも遊んであげるから、まずはこれ止めてくれないかな?」


 小さい子をあやすように抱きしめながらお願いしてみる。

 もちろん触れることはできないから、あくまでも抱きしめているような姿勢というだけだが、なんとなくこの方が話が通じる気がしたのだ。

 その瞬間、体の中を得体の知れない何かが通り過ぎて全身から外へと放出されるような不思議な感覚に襲われた。


「うわあ……なんだ今の気持ち悪い」


 時間にしてほんの数秒ほどにすぎなかったが、これまでに感じたことのない妙な感触に気持ち悪がっていると、いつのまにか竜巻が消え去っており、森の中はさっきまでの暴風が嘘のように静かになっていた。


「あれ? 止まった?」


「エッ? 私ドウシテ? ア、男ノ人? ナンデ?」


 これはもしや、正気に戻ったのか?


「精霊さ~ん!!」


「アッ! ルピナスチャン!」


 心配そうにルピナスが飛んでくる。

 さっきまでと違って精霊はちゃんとルピナスを認識して、ルピナスの名前を呼んだ。


「なんかよくわかんないけど、元に戻ったのかな?」


 ソラも警戒する様子が薄れている。どうやら危険な状態は去ったと判断しているようだ。


「アキト、なにしたのよあんた」


 遠巻きに俺たちを心配そうにしていたリティアとソフィアちゃんもこちらにきたかと思うと、リティアが怪訝な目をしてこちらに尋ねてきた。


「えっと……説得?」


「意味わかんない。あとでちゃんと聞かせてもらうからね」


 そうは言うが、俺だってわからないのだ。

 呆れた様子のリティアは話はそれで終わりだと言わんばかりに、楽しそうに精霊に笑いかけるルピナスを見守っていた。

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