第46話 生きる災害
「申し訳ありませんが私たちも魔力の暴走を対処することはできません」
「そうですか……」
困ったな。いよいよ当てがなくなってしまった。
ソラとシルビアなら暴走する精霊の動きを止めることもできるかもしれない。
だけど、その先をどうにかする手段がない。ルピナスの友達を元に戻す手段が見つからないのだ。
「アキト様。私も力になる?」
「いいの? 一時的にエルフの村を離れてしまうことになるけど」
「今は蓄えも十分で狩りの予定もないので問題ありません。ソフィアさん、すみませんがアキトさんのお力になってもらえますか」
「任された」
ソフィアちゃんが加勢を申し出てくれたのでありがたく受けることにする。
戦力はもはや十分すぎるほどにあるのだが、暴走を止められる者がいない。
さすがに暴走する精霊と何日も戦い続けるなんて無茶なお願いはできないし、本当にどうしたものか。
この場で考えても仕方がないので、ひとまずソラに乗せてもらい我が家に帰ることにした。
ソラに頼んでソフィアちゃんも乗せてもらったが、なんだか遠慮がちに後ろに座られた。
このままではソラが走っている途中で落ちそうだったので、もっと俺の方に寄ってもらうようにお願いする。
「もっとこっちにきて、俺の後ろのほう」
というか、俺に抱きつくぐらいしないと落ちるんじゃないか?
「ごめんソフィアちゃん。家に着くまでは俺に思い切り抱きついて、そうしないと途中で落ちちゃうから」
「え、ええ!? わ、わかった……」
あ、やっぱり嫌そう。
まあ、急に男に抱きつけとか普通は嫌だよな。
それでも、ソフィアちゃんは我慢してくれたらしく、俺の胸に手を回して振り落とされないようにぎゅっと抱きついた。
……なにがとは言わないがそれなりに大きい。いや、やめよう。こんなこと考えちゃだめだ。
「ソラ? 速くない? なんか機嫌悪くない? ソラ?」
なんか珍しくソラが機嫌が悪そうに走っている。
そのためソフィアちゃんどころか、俺もバランスを崩してソラの背に伏せる体勢を取ってしまう。
このままじゃ俺ごとソフィアちゃんが落ちそうなので、機嫌が悪いところ申し訳ないけど、俺は俺でソラの体に力いっぱい抱きついた。
あれ? 機嫌が良くなったな。
もしかして走ってるうちに気分が良くなったのだろうか。
すごい子らしいけど、わりとアホな子だからソラは。
そのあたりはアリシアと似ている。
「早かったのう。つまり、妙案は授かることができなかったか」
「そうだね。残念ながらエルフのみんなも魔力の暴走を止める手段は知らないみたいだ。だけど、ソフィアちゃんが暴走する精霊を止めるのを手伝ってくれるってさ」
俺の言葉にうなずき気合を入れるソフィアちゃん。表情が変化していないが、きっとやる気はあるはずだ。
「アリシアの話だとそろそろルピナスたちが精霊をここに誘導してくれるはずだけど……その前にソフィアちゃん、一つお願いしてもいい?」
ソフィアちゃんはこくりと頷いて、俺の頼みを聞いてくれた。これでこちらが今やれることはやり終えた。
しかし、無力化したとして、その後どうすればいいんだろう。
不安を抱えながらも解決策は思い浮かばず、俺たちはその時を待ち続けた。
◇
「精霊さん! いつもの精霊さんに戻ってほしいです!」
「アハハハハハ、タノシイ。タノシイ。タノシイ!」
暴風の中心にルピナスよりも大きい人間の少女のような姿が見える。
あれが精霊ね。初めて見るわ。
それよりも厄介なのは、本当にルピナスの友人だったってこと。
無関係の精霊だったら人間への度が過ぎた嫌がらせの可能性もあって、話し合いで解決できたかもしれない。
でも、あれは見るからに会話なんてできそうもない。
魔力の暴走で本能だけで行動する精霊が、ここまで危険な存在だなんて知らなかったわ。
「あ~! だめです! 精霊さん、そこはみんなが住んでるところですよ!」
「アハハハハハハ!」
ああ、もう! 人が必死に張った障壁を簡単に壊すんじゃないわよ!
町を守るために何度も障壁を張っては、風の塊の一撃をもってたやすく割られてしまう。
それの繰り返しで徐々にこちらの魔力が削られていく。このままだと私の魔力はそう遠くないうちに底を尽きてしまう。それに対して向こうはまるで疲れ知らずのようで、まだまだ魔力は残っているようね。
まったく、魔力の塊のような存在とはいえ、厄介にも程があるわよ。
「こんなの禁域の森に誘導するだけでも大変じゃない!」
「あと少しだけがんばってください! 町民の避難が終わったら勇者のみなさんも戦線に立ちますから!」
まったく、なんで今になって町に直接出向いて襲いかかってくるのよ。
今までみたいに、適当に風魔法一発で終わりにしなさいよ!
私が防いでいるから直撃こそしないものの、度重なる暴風の余波で町の中はもうめちゃくちゃ。
これ、復興にかかる時間も労力も費用も今までの比じゃないわね……
そんな余計なことを考えていたら、風の精霊の魔法が同時に時間差で放たれた。
まずい。一撃で障壁が壊される。壊された障壁を張り直す間も無く二撃目が……
「危ない」
風の塊が私に直撃する寸前で斬り裂かれた。
「なんでここにいるのよソフィア」
私を助けたのは、かつて私が勇者だったころの同僚。馬鹿正直に王女と契約を結んで、使い勝手の良い労働力になったにもかかわらず、最後まで国のために身を粉にして働き続けた馬鹿な勇者だった。
「って! 全身傷だらけ! すぐ治すから動くんじゃないわよ!」
あの暴風の塊を斬り裂いたはいいが、さすがに無傷でというわけにはいかなかったらしい。
全身が切り刻まれたような傷で、平然と立っているのがおかしいほどだった。
本当に……相変わらず自分のことには無頓着。死ぬまで誰かのために働き続けるつもりかしら。
「治った。次がくる」
「ああ、もう! 少しは疲れなさいよ!」
ケタケタと壊れたように笑いながら、友人であるはずのルピナスの声にも耳を傾けず、ただ人間たちを襲うだけの存在。
……きっと、もう助けることなんてできない。
だから、私たちにできることはせめてこの精霊が生まれ育った場所に送って、その森の支配者たちに処遇を任せることだけ。
「そのためには、あいつを森に連れて行かないとね」
幸いソフィアがきたことにより、こちらにもほんの少しだけ余裕ができた。
「ほら、強化したわよ。さっさとあの聖霊をなんとかしなさい。勇者なんでしょ?」
「? リティアも勇者」
私はもう辞めたの、そんなくだらない役職。
ソフィアは不思議そうにしながらも、迫りくる暴風を斬り裂きながら精霊に接近した。
まったく、一人で戦えるやつはいいわよね。
こっちは誰かを守るか強化するしかできないというのに……うらやましい。
「イタイ。イタイ? イタイ! イタイ! アハハハハハ!!」
一閃。ソフィアの剣により精霊に傷がつけられる。
ああ、そうか。魔力をまとってるから精霊にも効くのね。本当に便利なものね。
とにかく、これで精霊の意識はソフィアへと向かった。ソフィアもそれがわかっているためか、追撃はせずにすでに逃走を開始している。
逃走先は当然禁域の森。このまま精霊を誘導させてそこまで逃げることができれば……
ちょっと待ちなさい! なんで走って逃げてるのよ! 馬用意したんだから使いなさいって!
脳筋な勇者の後を私も急いで追って、執拗に攻撃を続ける精霊からソフィアを守りながら禁域の森へと向かった。
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