第48話 持たざる者の方法

 その後、アリシアとシルビア、それにフィルさんたちもこちらへ到着した。

 なので、シルビアに頼んで家まで服を取りに行ってもらって、今に至る。


「まずは服を着てくれない?」


「エ~イラナイノニ」


 渋々といった感じではあるが、なんとか風の精霊に服を着てもらう。

 エルフの村で普段着る以外の服も物々交換しておいてよかった。


 実体がないから服を着られなかったらどうしようかと思ったが、普通に着ることができているみたいでよかった。

 実体がないというか、魔力の塊だから触ることができないってことみたいだな。

 エルフたちが作った服は、魔力が込められていて丈夫に作られているらしいけど、そのおかげでこの子も問題なく着られる服になっているようだ。


 つまり、魔力なんてない俺だけが触れないだけで、この世界の人たちはみんな精霊に触れるってことなのかもしれない。


「ンン? ドウシタノ?」


 精霊のお腹に腕を伸ばすと、そのまま貫いたかのように通過してしまう。

 やっぱり、俺が触ることはできないみたいだ。

 ……なんか、また気持ち悪くなってきた。もしかして、体の中に変なものが流れ込んできている?


「それで、どうやって暴走していた精霊を元に戻したのよ?」


「いや、俺にもまったくわからないんだけど。なんかお願いしたら戻ってくれたよ?」


 本当にそれしかしていないのだから、そうとしか言いようがない。


「そんなはずないでしょ……もっと詳しく話しなさいよ」


 詳しくって言われてもなあ……


「ソラに頼んで竜巻の内側に入ったら、その子が遊ぼうって言ってたから、遊ぶ前にこの竜巻を止めてくれってお願いしただけだぞ?」


「……いや、やっぱりおかしいわよ。正気がなくなってたのよ? そんなお願い一つで元に戻るなら誰も苦労しないわ」


 あとは、あの気持ち悪い感じの変な感覚か?


「お願いするときにこう抱きしめたような姿勢だったよ。触れないからあくまでも見た目だけだったけど」


「また、そんな軽々しく女相手に軽率なことを……」


 だめだったかな。女とはいうけど少女だし、子供相手だからそこまで気にすることもないと思うんだけど。


「それで抱きしめてたら、なんか変な気持ちが悪いものが、体の中を通り過ぎて外に出ていった気がする」


「それって……もしかして……」


 なにか思い当たることがあったのか、アリシアが呟く。

 そして、俺の手を両手で握ってきた。


「ちょっと失礼しますね?」


 うえっ、さっきとはちょっと違うけどなんか気持ち悪いものが通り抜けていった。


「どうでしたか?」


「どうって……なんか変なものが体の中を通っていった気がする」


 するとアリシアだけでなく、この場のみんなが納得したような様子を見せた。

 あれ、俺だけついていけてないのか?


「なにかわかったの?」


「ええと、ですね……アキト様は魔力を体内を通して、排出することができるみたいなんです」


 どういうことだ? つまり、今感じた気持ち悪いのってアリシアの魔力?

 なんか、散々気持ち悪いとか言ってしまって、アリシアや精霊に失礼な気がしてきた。


「でもそんなの、魔力があって魔法を使えるんだから、みんなできるでしょ?」


「そう簡単なことじゃないわよ。というか無理。魔力は自然と体内に溜まっていって、時間が経てば消えていくし、魔法を使うことで消耗するの。魔法に変換せずに、魔力そのものを体外に排出するなんて聞いたことがないわ」


 そういうものなのか。だから魔力が溜まりすぎると暴走してしまうんだな。


「まして、他人の魔力を吸い取って放出するなんて、そんなことができる人は私も聞いたことがありません」


「魔力をまったく持たぬからこそ、できる芸当なのかもしれんな」


 普通は魔力を溜め込んでも制御しきれるから問題がない。

 だけど、精霊みたいに許容量をはるかに超えるほど魔力が溜まっていくと、暴走をしてしまううえ魔力を外に出すこともできない。

 そこで、俺という魔力のはけ口をつなげることで、魔力を体外へと排出できるようになったということらしい。


「へえ、よくわかんないけど、誰かが暴走しそうになったら、俺が手をつないどけばいいんだな」


 魔力が扱えないことが役に立つというのならなによりだ。


「あ……私、魔力が溜まりすぎてこのままだと暴走するかもしれません。アキト様。やさしく抱きしめて魔力を受け取ってください」


「え、そうなの?」


 これはどっちだ。魔力のことと言われると判断できないから困る。

 見た感じだといつもの暴走状態のアリシアってだけで、魔力の暴走は関係なさそうなんだけど。


「お主のそれは魔力とは無関係の暴走じゃろうが」


 シルビアに引きずられていくアリシア。

 よかった。やっぱり精霊みたいに苦しんでたわけじゃないみたいだな。


「シルビアさん邪魔しないでください~。アキト様なら抱きしめてくれるはずなんです~」


「お主、そろそろ神狼様に噛みつかれるぞ」


 アリシアのことはひとまずシルビアに任せるか。

 今はとりあえず精霊との約束を守らないとな。


「だいぶ待たせて悪かったね。それじゃあ、遊ぼうか」


「良イノ?」


「約束したからね。ルピナスも一緒にいつもやってるっていう遊びを始めよう」


 すっかりまともな子になった精霊は、小さな竜巻を作って俺とルピナスを浮遊させたり飛ばしてくれた。

 遊びに付き合ってあげるという気持ちから始めたことだったが、ぶっちゃけめちゃくちゃ楽しい。

 ソラやシルビアに乗ってるときとはまた別の爽快感。

 わが身一つで空に浮いて飛んでいる。元の世界で体験できないようなすごい体験をしているな俺。


「でも、これって俺たちは楽しいけど。君は魔法を使ってるだけじゃないの? 楽しい?」


「ウン! トッテモ楽シイ!」


「精霊さんは風魔法を使うのが大好きです」


 まあ、本人が楽しいのならそれでいいか。

 俺たちはしばらくの間、風魔法による空中浮遊を楽しむことにした。


    ◇


「アア、楽シカッタ。私アナタノコト気ニイッタ、ダカラコレアゲルネ」


 ひとしきり遊んで満足した精霊は、俺の手に触れるような動作を取ると、手の甲に精霊と同じく銀色の入れ墨のような物が浮かび上がった。


「これは?」


「ソレガアッタライツデモ私ト会エル」


「精霊さんは風と魔力から生まれたから、世界中のどこにでもいるです。人間さんの手に精霊さんの印がついたから、どこにいても精霊さんを呼んで遊べるですよ」


 ほう、なんか聞く限りではすごそうな代物だ。


「じゃあ、もしもまた暴走しそうになったときはいつでもおいで。多分、俺ならなんとかできるらしいから」


「ウン。アリガトウ……人間サン?」


 少し悩んだ様子で俺をそう呼んだのは、きっとルピナスが俺のことを人間さんと呼んでいるからだろう。

 そういえば俺はこの子の名前知らないし、この子も俺の名前知らなかったな。


「いまさらだけど、俺の名前はアキトだ。よろしくね」


「アキト……アキト! ヨロシクアキト!」


 やっぱり、名前がわからなくて困っていたようだ。


「それで、君はなんていう名前なの?」


「ウ~ン。私名前ナイヨ? アキトガツケテ」


 げっ、苦手なことを頼まれてしまった。

 俺は、森の王様であって立派な神の獣を安易に毛の色だけで、ソラと名付ける男だぞ。


「えっと……風だから……フウ」


 だから、俺に名付けを頼んだ自分を呪ってほしい。

 いや、まて。もう少しなんかあるはずだ。えっと……


「いや……フウカで」


「私ノ名前フウカ?」


「嫌だったらやっぱり別の人が考えたほうが……」


 俺にはこれが限界なんだ。今からでも遅くないから、俺に名前をつけさせるなんてやめたほうがいい。


「フウカ! ルピナスチャン! 私フウカッテ名前ニナッタ!」


「良い名前ですね。よろしくです。精霊さん」


 決まってしまった。本当にこれでよかったんだろうか。本人は喜んでるからいいのかもしれない。

 しかし、ルピナス。薄々は気づいていたけど、この子名前覚えるのが苦手なんだな。


「なんだか音の響きがアキト様の名前のようですね」


「まあね。俺が住んでいた国でつけられるような名前だから、アリシアの考えは正しいよ」


 とっさに一音つけくわえることで、なんとかそれらしい名前にできてよかった。


「ソラって名前も俺の国ではそれなりにある名前だし」


「私もアキト様に名前をつけてほしいです!」


 ええ……もう立派な名前あるでしょ君。


「さあ、どうぞ! どんな名前にしますか?」


「じゃあ、アリシアで……」


 もう散々呼び慣れてるし、それ以外の名前だとしっくりこないぞ。


「じゃあこれからはアリシアと名乗りますね! ……あれっ?」


「よかったわね……名付けてもらえて」


 リティアが不憫そうな目でアリシアを見ているが、俺が悪いわけじゃないと思う。

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